第4話 思考あるいは独白的ななにか

で、いいのか?」


 そして、ため息一つ。


 俺は二ノ宮……あ、いや、あきらと別れた後そんなことを考えていた。ってのはもちろん俺とあいつの関係のこと。あいつの言葉を借りるならカレカノ、か。


「2年D組、二ノ宮あきらですっ! 結城ゆうき君のことが好きですっ! カレカノしてくださいっっっ!!」

「……へっ?」


 これがあいつ、あきらと初めて交わした言葉だった。



 あれは一学期の最終日。終業式も終わり、あとは帰宅するだけって時に違うクラスの女子二人組に声をかけられた。同じ学年ってことしか知らない、そんな二人に連れて行かれた先には一人の女子生徒がいた。


 そしてさっきのセリフへとつながるわけだ。


 生まれて初めての異性からの告白は、俺の思考を停止させるのに十分なインパクトを持っていた。心の準備もなしに、いきなりそんなことを言われてパニックにならないほどの経験を俺は積んでない。


 そりゃまぁ、少しくらいはそういう期待がなかったといえばウソになるけど。現実にそんなイベントが起きるなんて思っても見なかったから。


 『なぜ?』とか『なにが?』とか『どうする?』とか。そんなことが頭の中で無限に増えていく。当然、考えなんてまとまるわけもなく。


 俺は完全に機能停止に追い込まれていた。


 そうしている間もあいつは顔を真っ赤にし、すこしうつむいたままきつく目を閉じて、俺の反応を待っている。付き添いの女子生徒二人(メグミとチトセだっけ?)は、この停滞した空間をどうしたものかと……やはり動けない。


 それは次第に気まずいものへと、あたりの空気を変えていった。


 そんな時間に終止符を打ったのは、壁の向こう側から聞こえてきた声だった。


『お前、宿題どうするよ?』

『どうするたって……やるしかないじゃん』

『でもこの量だぜ? まともにやってたんじゃ夏休み終わっちまうって』

『だよなぁ……マジやばいよなぁ……』


 その声に反応した目の前の彼女が、目をきつく閉じ、真っ赤になったまま大声で叫んだ。


「あ、あのっ! 宿題半分、やってください!」


……、……、……。


「「「はぁっ?!」」」


 きっかり3秒後、あいつを除く3人の声が見事にハモった。それぞれの視線は彼女へと注がれる。あいつは真っ赤な顔をさらに赤くしてあわてて言葉を続けた。


「いや、あのね、じゃなくって。その、しゅしゅしゅ宿題大変だし、一緒にできたらいいなって! ほら、二人でやったら半分ずつであの……その……、ね」


 そしてあいつは両手を顔の前で合わせ、上目遣いで俺のほうを見ながら言った。


「だめ……かな?」

「えっと、宿題?」

「うん……宿題」

「カレカノになって?」

「うん」

「宿題を?」

「うん」


 カレカノになって……宿題? え? カレカノってなんだっけ? 彼氏と彼女? で、宿題? あ~、宿題な~、大変だよな。いや、違うだろ、おい。


 俺は心の中でツッコミを入れつつ、体の奥底から湧き出してくる感情をおさえることはできなかった。


「……ぷっ……くっくくく……あは、あはははは! う~、くるし~!! カレカノになって宿題か~~! あははははは!!」


 大爆笑だ。っていうか、普通そんなこと言わないだろ? おもしろすぎるぞ! そんな告白されたやつなんてこの地球上にどれだけいるんだよ! 俺の笑いは止まらない。


 今度は彼女のほうが口をぽかーんとあけて呆然とする番だ。ほかの二人はすでにあきれている。症例から導き出される当然の結果だな。


「な……なによ~っ! そんなに笑わなくったって」

「あはははは……ちょっとまって。う~~だめだ~~! ぷっ……くふふ、ストライク入ってる!」

「も、もう……笑いすぎ~~!」

「あはははは……げほっげほげほっ!」

「だ、大丈夫?! 笑いすぎは体に悪いよ?」

「はぁはぁはぁはぁ……。ふぅ……………わかったよ。了解、かな」

「――えっ?」


 ちょっとすねたような。それでいて心配そうな彼女の顔が、一瞬で驚きへと変わる。俺は一息ついてからもう一度言い直した。


「オッケーだって言ったの。一緒にやろう、宿題」

「それって……カレカノしてくれるってこと?」

「ああ」

「本当に?」

「本当に」

「いいの?」

「ああ」

「宿題だよ?」

「わかってる」

「カレカノ……だよ?」

「そうだな。っていってもまだ君の事……二ノ宮さんだっけ? よく知らないからさ、まずはお友達からってことでよろしく!」


 俺は右手を差し出し、どこかで聞いたことがあるようなフレーズを口にした。



 あれからもう数週間も経ったのか。そしてほとんど毎日、あいつと宿題をやりに図書館へ行ってる。そのおかげで山のようにあった宿題もほとんど片づいた。この分ならあと二日もたたずして終わってしまう、か。


 考えなくていい日が……終わる。


「その後、俺はどうする? 本当につきあう気があるなら答えを出さないとな」


 この季節独特の青い空。そして、空高くのびている真っ白い入道雲を見ながら自分自身に聞いてみる。


 俺はあいつのことが好きなんだろうか?

――嫌いじゃない。


 つきあいたいのか?

――つきあってもいい、かな。


 ならつきあえばいいじゃないか。

――でも。


「でも……?」


 そう、いつもここで何かが引っかかる。


 いったい、何だ? 何が気に入らないんだ? でもってなんだよ?


……。

…………。

………………わかんねぇ。


 とにかく。

 あのとき、つきあうって決めたんだからつきあわないとな。それに……あいつの悲しそうな顔とか見たくないし。それでいいんじゃないか?


 それが俺の結論。少なくてもこの数週間、俺は楽しかった。あいつも悪い気はしてないように思う。


「よしっ、問題なしっと」


 そのうち時間が解決してくれるさ、と…………………………時間?

……時間。

 時間……だな?  そう、日本語で時間、英語でタイム、ドイツ語でツァイトだ。

 たぶん。


 いや、そんなことはどうでもいいんだ。

 今……何時だ?!


 そう、今日は佳乃よしのさんと買い物に行く日だった!


「やっべー、もう4時回ってる! 佳乃さん待ってるだろうな……ダッシュ!」


 俺は音速を超える勢いで、一目散に帰宅した。



「ただいま! 佳乃さん、遅くなってごめん! はぁはぁはぁはぁ……」

「お帰りなさい、拓人さん。どうしたんですか? そんなに息を切らせて」


 奥の部屋から和服姿の女性、佳乃さんが出迎えてくれる。俺は汗だく。息ははぁはぁ。心臓もばくばくだ。


 でも、それはそれで心地よい、そんな気分。高揚感っていうのか? とにかく、そんな感じ。


「待たせちゃ悪いと思って。じゃあ早速買い物に行こう!」

「その前に。シャワーを浴びて服を着替えてくださいな。そのままの格好じゃ身体が冷えて風邪をひいてしまいますよ。そんなになるまで急いで帰ってこなくても良かったのに……」

「いや、いつも佳乃さんには迷惑ばかりかけてるし、さ。もし佳乃さんに愛想を尽かされて面倒を見てもらえなくなったら、俺なんて三日とたたずして死んじまうだろうし……」


 俺は冗談交じりにそんなことを口にした。その瞬間、佳乃さんの表情がこわばる。


「愛想を尽かすことなんてありませんから! 死ぬだなんて……そんなこと二度と口にしないでください」

「えっ、あ、いや……その…………ごめん。冗談、だからさ」

「おねがいですから、死ぬなんて冗談でも言わないでください」

「わかった、わかったからそんな……泣きそうな顔しないで……」

「すみません、取り乱してしまいました。私、どうかしてましたね。……顔を洗ってきます」


 佳乃さんは、本当に今にも泣き出しそうな顔をしていた。俺はこの10年、彼女が泣いているところなんて見たことがない。その彼女がこんな他愛もない一言で、あんな顔をするなんて……。


 とにかく、彼女の前でこの手の冗談は厳禁だ。わかったな?>俺>了解>俺


 それにしても……もう10年か。


 桂木 佳乃かつらぎ よしのさん。


 彼女は半分住み込みで働いてくれている和服の似合う家政婦さんで、かれこれ10年近く面倒を見てもらってる。俺にとっての唯一の家族といっても差し支えがない、そんな人だ。


 俺の母親は10年前の大災害で亡くなったらしいし、父親は生死不明? よくわからない。


 だから彼女は……佳乃さんは俺の唯一の家族だ。家族が悲しむことをしてはいけないって佳乃さんから常日頃言われていたしな! そんなことを考えながら、シャワーを浴び、服を着替えっと。出かける準備完了。佳乃さんも準備は終わってるな。


「お待たせ、佳乃さん。準備オッケーだよ」

「はい。では行きましょうか」


 俺と佳乃さんは隣町の商店街まで買い物に出かけた。

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