兄妹の固有スキル②


  両手を後ろに回し、佇むヴィザハールへと、

   俺は歩いていくのだが、なんだろう。


  一歩、また一歩と近づく毎に、汗の量が増えていく。

   一度止まり、深呼吸。油断すると意識が飛びそうだ。


  彼までおよそ5mまだ近づき、再び止まる。

   ヴィザハールは俺を興味深そうにジッと見据えている。


  もう一度深呼吸し、大きく息を吐き出す。

   

    「はは。大した緊張振りですね少年。

      見た所、武器も所持しておらず、何をしに?」


    「あ、ああ。先ずは初めまして。忍と言う一応冒険者です。

      ミステアさんは元気かな? と思って」


    「ほう。新たな主と面識が…、立ち話もなんですし、

      こちらへどうぞ」


  そう言うと、彼は俺をテーブルへと招いた。

   此処は素直に従っておこう。なるべく刺激しないように…。

   慌てずに移動はするが、足元の怪我人に躓き、

   よろけたりしつつも、何とかテーブルの椅子へと着席する。


  それを確認した彼が対面に座り、ティーカップにお茶を入れて

   差し出してきたので、礼を言いつつ両手で受け取った。


    「まぁそう緊張なさらず。我が主の知り合いであるなら、

      滅多な事は出来ませんよ? ははは」


  と、軽く笑いつつも、やはり目つきは鋭い。暗い闇に輝く赤色なので

   尚更恐怖を搔きたててくる。


    「…で、何か御用ですかな?」

「あ、はい。妹のマコトの事なのですが…」


  その言葉に気分を酷く害したのか、彼は立ち上がり、

   苛立ちを全身で現すように体を震わせている。


    「マコト、あの小娘ですか。

      我侭で粗暴で理不尽で食事のマナーもなってない!」

    「うわ…すみません。本当にすみません!!」


  全力で頭を下げて謝る。これについては弁解の余地は皆無だ。


    「まぁ、君に言った所でどうにもですが、

      下手に強いだけに手に負えず、中々苦労してますよ」

    「あー…。ウチの妹がご迷惑おかけしてます」

    「然し、不思議だ」


  軽く首を傾げたヴィザハールが、再び着席し、こちらを見る。


    「君は礼儀正しく、聡明そうだ。なのに…なのに何故、

      妹の方はああなのかね?」

    「末っ子なので、甘やかされてまして…。

      そうだ、それならば一つ交渉をしたいのですが」


  それを聞くとヴィザハールは顎に右手を当てて、

   興味深そうにこちらを見る。


    「ほう、交渉。それが目的でしたか。

      してそれはどのような?」

    「はい。この街を見逃して貰えるなら、

      妹を制御する方法、お教えします」

    「なんと!! アレを御する方法が…」


  彼は暫し考え込む。何を考えているのか皆目検討が

   つかない。だがもし、命令ではなく、

   残党狩りに気分を害した。

  それだけならば、それ以上に彼の気分を良くする

   何かを交渉に出せれば…。


    「伊達に家族をやっているわけではないので、

      他人に知られると、恥ずかしい過去など…」

    「成程成程。この街を見逃す代わりに、

      あの小娘の弱味を教える。そう言う事ですね?」

    「はい、それぐらいしか、今の俺には…」


  彼は幾度か頷く。


    「ふむ。私はあのような小娘は嫌いだ。

      然しミステア様の友人でもある。

     その情報は極めて意味在るものだ」

    「本当にご迷惑を…」

    

  再び頭を下げようとしたが、右手を俺に向けて

   頭を下げないで下さい、と。


    「正直、この街自体はどうでもいいのですよ。

      ただ残党狩りをする程…いや、

      我等と戦える程の者が居るか、それが知りたかった」

    「成程。然し、脅威となる者がいれば、始末しないのですか?

      出る杭は打つみたいな」

    

  その言葉に、彼は首を軽く左右に振り、こちらを見た。


    「貴方達も作物を育て、収穫するでしょう?

      それと、似たような物です」

    「成程。どうせ食べるなら熟した果実を…ですか」

    「左様で御座います」


  そう言うと彼は黙り込み、俺を見ている。

   なんだろうか、急に口元に笑みを浮かべる。


    「この街に強者足るべきは無し。

      そう判断したのは早計でしたか…」

    「へ? あー…まぁ、一人その気になれば、

      無茶苦茶に強い子が一人、確実に」

    「なんと、君以外にも居たのですか!?」


   え? 俺? と、思わず自分を指差した。

    幾度か自分の体を見たり、腕を振り上げたりするが、

    いつもと変わらないこの体。


    「そのご様子だと、あの小娘と同じく、知らないようですね」

    「ええ。存在自体しらなくて」

    「宜しい、ならばこのヴィザハールがお教えしましょう」


   あ、だから俺を見てたのか。と言う事はこの人も魔術師系統か。

    ともあれ、彼から教えられた俺の固有スキルは…。


    「反転。というスキルです。

      自身に起こる全ての事象を反転する力ですよ」

    「おぉ。つまりダメージを回復にしたりとか…」

    「左様。中々楽しめそうですな…」


   近い将来、自身に肉薄し得る者とでも認識されたのか、

    彼の機嫌はすこぶる良く、笑顔で立ち上がる。


    「さて、君の妹の弱味をお教え願えますかな?」

    「え、あ。それは、交渉成立と言う事で?」

    「君と、君が強者と呼ぶ者、それだけで十分な収穫です。

      然し、アレをあのような状態で放置するのはいささか困ります」

    「ですよね。ミステアさんの面子にも関わるでしょうし」

    「そう、そこです! 君は本当に話が早い」


   そう言うのが先か、彼が俺の肩を掴むのが先か、

    一瞬で近づき、そして耳を近くに寄せてきた。

   それに対し、妹の弱味を教えた。


    ほんの二年前まで布団に世界地図を描いていた事。

    暇な時に鼻毛を引っこ抜いて弄ぶ癖がある事。

    少し前まで鳥の雛みたいに俺についてまわってた事。


   その他諸々、あることあること全てを彼に暴露。

    すると、ヴィザハールは目を丸くして…。


    「…これは強力なカードですね。

      これを手に、アレを立派な淑女にしてさしあげても?」

    「むしろ願ったり叶ったりですが…、いいのですか?」

    「ははは。勿論だとも、勿論だとも!!

      立派な淑女に調教して差し上げましょう」


    ふむ。かなりイイ方向に持っていけた。

     街も安泰…と、一つ聞き忘れていた妹の所在。

    これは予想通り、海を隔てた大陸ゼネスレアに居ると。

     転移があるので、用事があれば来るのでは?

     とも言われ、そういえばそうだなと納得。


    そんなこんな気分良く彼を帰す事に成功し、

     俺もホッと胸を撫で下ろしつつ帰るのだが。

    去り際に彼が妹の固有スキルを教えてくれた。


          全習得


     この世界のあらゆる技術を習得出来る。

     それが、妹のスキルだった。


    とんでもねぇな。とも思うが、まぁ妹は敵では無い。

     そう、あらゆる意味で敵では無いので、問題無い。


    などと、たかを括って南門へと戻っていった。

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