episode10 新品の校章

「おばあちゃん。もしも明日、私がログハウスに行こうとしてたら引き留めて」


 お店のシャッターをカラカラと音を立てて閉めているおばあちゃんに私は頼んだ。


「ひょっとして……凪ちゃん、学校に通うの?」


 おばあちゃんは一瞬驚いて、そう訊いた。


「うん、通いたい! 明日こそは学校行くよ」


「そうかいそうかい。おじいちゃんも喜ぶよ。お仕事は続けられないかな?」


「ううん。お仕事も続けるし、学校も行く」


 自身に満ちた私の表情を見たおばあちゃんは優しくこう言った。


「学校と仕事の両立は大変だろうけど、おばあちゃんは凪ちゃんのこと、ずっとずっと応援してるからね。困ったこととかあったらいつでも相談してね」


 自分には、いつでも応援してくれる人がいる。そのことが嬉しくて、“ありがとう”とだけ言っておばあちゃんには見つからないようにこっそり両目を押さえた。




「おはよっ莉玖!」


「おはよう。……校章なんか変になってるよ。向きが逆かな」


 翌日。


 着慣れた紺色のセーラー服に五商結びの水色タイ、履き慣れたローファー。ただひとつ違っているのは、新品の校章がついていること。向きが変になっていたそれは、莉玖が直してくれた。


「ありがと。――いってきまーす!」


「いってらっしゃい!」


 おばあちゃんの声を背中で受け止めて、私はリュックサックを背負いなおした。




「今日からこの学校に通うことになりました、望月もちづき凪紗なぎさです。今までずっとお休みしていたので、はじめましての人やおひさしぶりですって人がほとんどだと思います。わからないこともたくさんあるのでいろいろ教えてください。あっ、あと文字を書くことが好きなので、代筆依頼とかあったら気軽に頼んでください! これからよろしくお願いします!」


 教卓の前で一礼した私に、大きな拍手とたくさんの笑顔が向けられた。


 私の中学校生活は、まだ始まったばかりだ。これから、どのような日々が待ち受けているのだろうか。私は、どのような日々を創っていくのだろうか。


 ……それは全て、自分次第だ。最高の日々にしようじゃないか。

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