episode9 正方形の色紙

 朝の望月文具店の入り口にはセーラー服の影がふたつ。


「そっ……か。今日の放課後もここ来ていい?」


 私の判断に莉玖は怒るのではないかと思ったが、少し残念そうに言っただけだった。


「うん、いいよー。電話くれると助かるかも」


「りょーかい。あ、今ってお店開いてないよな?」


 彼女はシャッターが閉まっているお店を見た。


「開いてないけど、莉玖のためなら開けるよ。なんか買うの?」


「うん、ちょっとね」


 言葉を濁した莉玖のためにシャッターを開ける。彼女が店の奥の方から取ってきたのは正方形の色紙。なにに使うんだろうとか余計なことは考えず、それをバーコードリーダーで読み取って品物をビニール袋に入れる。


「はい」


 学校を怖がっている自分が哀しくて、ぽいっと品物を莉玖に渡すと、代金を受け取るときに「ありがと」と一緒にこう言われた。


「あのさ、凪紗は今、学校怖いって思ってる自分が嫌になってるかもしれないけど。凪紗が学校に行きたいって思うように僕たちがしてみせるから。それまではお仕事頑張ってなよ。自分に誇りをもって。ね、月凪さん?」


 ほんとは学校に行かなくてはならない。でも、行けなくて、友達を頼ってしまった。


「迷惑かけてごめん……」


「かかってないから。僕は凪紗と学校行きたいだけなの」


 間髪入れずに否定された。


「そっか。ごめんねありがと」


「だからもう謝るの禁止。学校行く時間だ、またあとでな」


 そう言って彼女は走り出した。


「いってらっしゃい」


 私は遠ざかる背中が見えなくなるまで見送った。




 そして、夕刻になった。黒電話から連絡を受けて文具店の入り口へ向かう。


「よっ」


 片手をあげた莉玖の手首には望月文具店のビニール袋。


「よっ。学校お疲れさま」


「凪紗も仕事お疲れ。はい、これ」


 袋から出されたのは朝買っていった正方形の色紙だ。しかし、それは新品ではない。


「え、これって――」


「クラスのみんなから寄せ書きしてもらってきた」


 色紙の中心に「なぎさちゃんへ」の文字。その周りにたくさんのメッセージが、感情のにじんだ手書きで書かれている。


「病気治るまで学校で待ってるね」「なぎさちゃんが学校来てくれるの楽しみにしてるよ!」「一緒に学校行こ~」「元気になりますよーに!」


 目頭が熱くなってくるのを感じて、それを隠すように私は言った。


「ありがと。――申し訳ないんだけどさ、明日からも朝迎えに来てもらっていい? 一緒に学校行こ」


 莉玖は満面の笑みを浮かべて敬礼した。


「りょーかいっ。じゃあ、また明日な」


 今まで、代筆ということをこなす上で、丁寧な字で書くことを一番に心がけていた。でもきっと、本質はそれじゃない。心をこめて、感情が伝わるように書くことが最も大切なんだ。丁寧な字で書くことと、感情が伝わるように書くことは似ているようで少し違う。私は今日まで、お客さまの役に立ちたくて字を書いてきた。でも、彼らがしていることはそうじゃない。宛てた人に自分の感情が伝わるように字を書いている。


 私が知らないことを、彼らは知っている。そう感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る