Les enfants
episode8 窓の外のうさぎ
「……
私のことを“凪紗”と呼び捨てにする人はひとりしかいない。それが
「なんで学校来ないの?」
私の質問を無視して彼女は質問した。まぁ、
「なんでって……前にも言ったよね、シックスクールだって」
「そうじゃなくて」
いらついたように彼女は質問を重ねた。
「ほんとはシックスクールじゃないんでしょ? ほんとはもう学校行けるでしょ?」
「え……」
黙りこんでしまった私に
「今からそっちに向かうから。凪紗は文具屋さんの入り口で待ってて」
「おっけ」
時計を見ると、ドヴォルザークの“新世界”より家路が流れようとしていた。
それから二十分ほどして。
望月文具店の入り口で肩を上下させているのは莉玖。ここまで走ってきたのだろう。男の子と見間違えられそうなショートカットで、私と同じ紺色のセーラー服のスカートが似合っているとは言いがたい。そして、私のセーラー服にはない、校章がついている。
「今日学校に来たでしょ。翔唯が会ったって言ってたよ」
息が整ったようで、彼女は私に問うた。私は後ろから彼女がついてくることを確認してログハウスに向かう。
「うん。仕事の用事でね」
私が代筆の仕事をしていることは仕事を始めた頃、一年ほど前に莉玖に話している。そのときに黒電話の番号も教えたけど、まだ覚えてたんだ。仕事で学校に来るのは今回が初めてだから、そのことに関してなにか言われるのだろうか。
「今も学校通えないの? さっきさ、凪紗のお母さんに電話して訊いてみちゃった。そしたら驚くべき情報が手に入ったよ」
ログハウスの手前の椅子に座った彼女は獲物を決めた動物のような目で言った。
「どんな情報?」
完全に莉玖のペースになっていると思いつつも、訊かずにはいられない。
「凪紗はもうシックスクールじゃない。そうでしょ?」
私は彼女と目を合わせないようにしてうなずいた。そのため、莉玖の口が“僕にとって驚くべき情報ね”と動いたことに気が付かなかった。
「それで学校に来ない理由を訊きにきたってことか」
「ご名答。無理に話せとは言わないけど」
さっきとは違い、優しい目で待ってくれている莉玖を信じて私は口を開いた。
「……怖いんだよね、学校に行くのが」
彼女は
「ふぅん」
と小さく呟いたが、“どうして?”と顔に書いてあった。
「入学式は行ったけど、それ以降シックスクールで一年半くらいずっと休んでるじゃん? だから、学校行っても転校生みたいなものなんだよね。それに、今まで不登校だったから転校生ってわけでもなくて、みんなにどう思われてるかわかんないし。学校サボってるって思われてるかもしれない。それが怖いんだ」
「そっか」
誰も咎めない目で莉玖は言った。
「学校に行きたくないけど、行ってみたい。っていう状況かな」
「お、行ってみたいとは思ってるの?」
一瞬、彼女の瞳がきらっと輝いた。
「うん、まぁ。中学は義務教育だし、単純に愉しい中学生活を送ってみたいし。あと、一年前に他界したおじいちゃんが、元気に学校通ってほしいって言ってたからそれが心に引っかかっててさ。でも、この仕事も続けたいなって思ってるんだ」
「じゃ行こうよ。学校行きながら代筆依頼も受ければいいじゃん」
「たしかに。行ってみようかな」
ログハウスの窓の外のうさぎがぴょこんっと跳ねた。
「手続きとか大変だろうけど、僕は凪紗に学校来てほしいな」
笑顔で言った彼女に
「頑張ります」
と私も笑顔で返した。
そうは言ったものの、すぐに学校に行ける気はしなかった。“学校が怖い”という問題は解決していないのだ。クラスのみんなが自分のことをどう思っているかということはわからないままだ。これに関してはどうしようもない気がする。
それから数日後。
「おはよー、凪紗! 学校行こ!」
「ごめんっ、ほんとごめん! やっぱ怖くて行けないよ……」
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