ありがとう

episode6 おさがりの万年筆

「ミケさま、ですか?」


 グレー、というよりは薄汚れた色のねこに私は多少の驚きを隠しつつ確認した。




 ここは、私の職場――森の中のログハウス。扉側の椅子に座っているのは灰色の野良猫、ミケさま。三毛猫に憧れているからそう名乗っているらしい。さきほど電話をかけてくださったのが、今、右の前足をかばっている彼女だ。


「ひとつ訊いてもいいかしら?」


「どうぞ。可能な範囲内でお答えします」


 料金のことだろうか。望月文具店に貼っているポスターには、“代金は不要です”と書いてあるはずなんだけどな。しかし、私よりも遥かに人生経験が豊富そうなミケさまの口をついて出たのは予想していない質問だった。


「今日は平日よね。月凪さんは、どうして学校に行っていないの?」


 いや、全く予想していなかったわけじゃない。心の底ではわかってる。実際、まれに同じ質問をするお客さまもいらっしゃる。


「シックスクールで、学校に行けないからです」


 そう訊かれたとき、私は決まってそう答える。お客さまによって対応を変えるということはしたくないし、嘘もつきたくないからだ。


「シックスクール?」


 彼女は首をひねり、ごめんなさいね私の好奇心で訊いてしまって。いまさらだけど話したくなかったら無理に話さないでいいのよ、と付け加えた。


「建物の建材が原因で、健康障害を引き起こすものです。私の場合、通うはずだった学校の校舎が新しかったので、入るとめまいや頭痛がしてしまいまして……」


 ミケさまはかわいそうに、と同情するような目で言った。


「それは大変ねえ。それでこのお仕事を始めたの?」


 ここだけの話、“かわいそう”と言われることが好きじゃない。自分が不幸だなんて思っていないのに、不幸な目に遭っているという扱いを受けるから。


「えぇ、まぁ。寝たきりにならないようにってとこですかね」


 笑って言った私を見た彼女は我に返ったのか、


「そうだ、月凪さんにお手紙書いてもらわなくちゃ」


 と言った。


 ミケさまの荷物はない。ということは、筆記用具も私が好きなものを使っていいということだろう。そこまで考えて、私は祖母のおさがりの万年筆を取り出した。

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