episode5 くるみパンのトースト

 なにかに起こされたのでもなく、ふと目が覚める。まだ日が昇っていないので、手探りでアナログ時計を探し出す。5時18分。5時から6時の間に起きることがほとんどだ。


 身支度を整え、ネームプレートのホルダーをくるくる回しながらログハウスへ。薄暗いログハウスの奥の椅子に座る。その目の前の大きな窓からぼんやりと外の景色を眺める。




 徐々に明るくなってきて、日の出の時間になった。こうして、30分ほど森を見ているのが毎朝の楽しみ。今日も一日頑張ろうって思えるから。


 太陽が起きたのを見届けて、席を立つ。行き先は、6時に開店するベーカリー。




「おはようございま~す!」


「月凪ちゃんおはよう! 今日も早いわね」


 ベーカリーを経営しているのは、私よりも早起きのレッサーパンダさん。


 くるみがふんだんに練り込まれた食パンと焼きたてのフランスパンを購入する。


「もうさ、ツキナギ代筆さんの仕事着よね」


 校章をつけていない白襟に紺色のセーラー服をしげしげと見て、レッサーパンダさんは言った。反応に困ったので、とりあえず笑っておいた。このセーラー服に校章をつける日は来るのだろうか。来てほしいような、来てほしくないような。わかんないや。




 のんびりと歩いて家に帰ったら、起床したおばあちゃんと一緒に朝食にする。トーストしたくるみ入りの食パンとカリカリに焼いたベーコンエッグ、ジュリアンスープ。スープはおばあちゃんが作ってくれる。


「手を合わせてください」


 ぱちん。


 私の声を合図にし、同時に手を合わせる。


「「いただきます」」


 この声がそろわなきゃいい日にならない、そんな気がする。




 さて、ここからは時が流れて3日後の同時刻のこと。




「そうだ、凪ちゃん」


 私がスープを飲み終えてベーコンエッグの皿を箸ですすっと引き寄せたとき、おばあちゃんがなにかを思い出したように言った。


「うん?」


 ちなみに、箸で器を引き寄せるのはマナー違反。寄せ箸っていうらしいよ。嫌い箸のひとつなのでお気を付けて。おばあちゃんの前だから許されるけど、“マサさん”の前でやったらなんと言われることか。


「あっ、ごめんね、仕事のことだった」


 なんの話かと思って私は待っていたのに、おばあちゃんはあっけからんと言ってくるみパンにぱくついた。まぁ、おばあちゃんらしいといえばおばあちゃんらしい。仕事の話を持ちこまないのは好きだ。




「「ごちそうさまでした」」


 食器を流れ作業で洗って、洗濯物を干す。そして掃除機をかけていると8時を過ぎる。




 ――先日いらっしゃったヤマアラシさまが月凪さんに話したいことがあるんだって。9時に望月文具店にお見えになるそうよ。


 おばあちゃんが朝食のときに言おうとしていたこと。それがこの伝言だったのだ。ついさっき、マサさんに教えてもらった。


「月凪さん、おはようございます!」


 元気な声が聞こえて、振り返るとヤマアラシさまが立っていた。数日前に会ったときとは全然違う。どこか自信に満ちている。


「ヤマアラシさま、おはようございます! 朝早くからお越しいただきありがとうございます」




 気温が徐々に上がっていくログハウス。原因は、太陽だけではないかもしれない。


「それでっ、おじいちゃんにね!」


 息継ぎを忘れそうになりつつ興奮気味に話すヤマアラシさま。ひとりで代筆依頼に行けたことを、おじいちゃんに褒められたそう。


 そんな彼に相槌を打ちながら話を聞いている今の時間はすごく幸せだ。この仕事をしていてよかったと思えるし、たくさんの人――いや、たくさんの動物の笑顔を見るために仕事をしているのだとも思える。




 彼の話が落ち着いてきたところで、私はベーカリーで買っておいたフランスパンを斜めに切り、ブラックベリージャムをのせてヤマアラシさまに渡した。


「ヤマアラシさまにいただいたブラックベリーで作ったジャムです。お口に合えば」


 彼はきらきらした目でフランスパンをぱくっと口に入れた。


「おいしい!」


 目は細くなって、きらきらが深まる。私の口角は自然と上がり、笑みがこぼれていた。


 それからしばらく話して、ヤマアラシさまはお帰りになった。楽しかったな。




 彼をお見送りしてから森を眺めること十数分――。


 リリリリリリリン。リリリ――カチャッ。


「お電話ありがとうございます、ツキナギ代筆です」

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