episode3 黒きベリーの王様
「遠くに住んでてたまにしか会えないから、お手紙を書いて送りたいんです。でも、ぼくは字がへただから、月凪さんにお願いしようと思って」
動物たちの間では、“代筆は月凪へ”と噂されている、らしい。嬉しく感じるが、私には動物たちの文章を書き写すことしかできないのか、と哀しく思ってしまう。少しだけ。
ヤマアラシさまは2つ折りになっている画用紙を取り出した。クレヨンで虹や太陽が描かれている。きっと、彼が時間をかけて心をこめて描いたものなのだろう。
ここに書いてもらえますか、と言って差し出されたのは2Bの鉛筆。
「承りました」
私は笑顔でそれを受け取る。そして、ヤマアラシさまが話すことを一字一句逃さずに文字に起こしていった。私が丁寧に時間をかけて文字を書いている間、彼はずっと画用紙に刻まれていく黒鉛をじっと見ていた。
どんなことを書いたのかって? それは言えないかな。個人情報なので、あしからず。
「あの、代金って……」
私が最後の1文字を書き終えたとき、不安そうにヤマアラシさまは訊いた。
「必要ありませんよ。私は働いてお給料をいただける年齢ではないし、代筆は望月文具店が行っているサービスのひとつですので」
「えっと、じゃあ、代わりにこれもらってくれませんか」
ずずっと彼が押し出したのは、机の上のバスケット。変わらず甘い香りが
「とんでもないです。受け取りかねます」
「こんなに素敵な手紙を書いてくれたのに。これくらいはお礼しなきゃ」
ほんとに律儀なハリネズミだ。きっと、友達もたくさんいるんだろうな。
いや、仕事中にそんなことを考えている場合ではない。私は冷静に事実を述べる。
「文章を考えたのは私ではありません。ヤマアラシさまが、この素敵な手紙を書いたのですよ」
困ったように笑って彼は言った。
「えー、じゃあ、ぼくの家にたっくさん生えてるんです。おすそわけもらってください」
ヤマアラシさまはチェック柄の布をマジシャンのようにすっと外した。現れたのは、黒光りする木いちご――ブラックベリーだ。
「すみません、ありがたくいただきます」
既に2回断ってしまった。もうこれ以上断ることは失礼にあたるだろう。
「いえ、こちらこそありがとうございます」
彼はほっとしたように笑った。
つやつやしていて、甘酸っぱくジューシーなブラックベリー。それは、古代ギリシャの時代から、人々に愛されてきたベリーだ。
熟した実は、ビタミンCやE、食物繊維などを多く含有している。また、アントシアニンなどのポリフェノールを豊富に含んでいて、高い抗酸化作用がある。さらに、酸味の成分であるクエン酸によっても体内の酸化物質が減り、疲れを癒やす効果もあるのだ。
……そうだ。……というのは、実を言うと途中からおばあちゃんの受け売りだからだ。
バスケットに溢れんばかりのそれは私の幸せをも
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