episode2 言葉を話すハリネズミ

 この地域に住む動物は少し変わっている。どう変わっているのかって? 人間の言葉、しかも日本語を話せるのだ。私たちが彼らの言葉を理解しているのではない。彼らが特殊なのだ。話せるだけではない。読み書きもできる。


 ではなぜ、代筆屋という仕事があるのか――。その理由のひとつは、ハリネズミが教えてくれるだろう。そして、彼が教えてくれるのはそれだけではないであろう。


「あの、こういうのはじめてで、全然わかんなくて……」


 不安そうに言うヤマアラシさまを連れて、私は望月文具店の裏口へと元来た道を戻る。彼は、人間の年齢に換算すると9歳ほど。頼まれてひとりでお出かけするのははじめてなのだそうだ。


 裏口の扉には小さなセンサーがある。そこに、ネームプレートのホルダーに入れているカードキーをかざした。ピッという電子音がしてキーロックが解除される。ドアを開けると、さっきまでいた森が広がっている。


「こんな場所あったんだ……」


 彼は驚いてつぶらな瞳をキョロキョロと動かした。それもそのはず。この森は存在していないのだ。いや、その言い方にはいささか語弊があるかもしれない。この森は、ここにはないのだ。私の祖父が所有している、隣町の森。このカードキーによって、そこまでテレポートできるのである。


「お荷物、お持ちしましょうか?」


 よいしょ、とヤマアラシさまがバスケットを重そうに持ち直したのを見かねてつい口から出た言葉だった。


「あっ、いや、大丈夫です。ありがとうございます」


 律儀でしっかりしている人――いや、ハリネズミだ。ひとりでここまで来れたのも理解できる。


 ログハウスにたどり着いて、“Closed”のプレートを再び裏返してかけ直した。扉を開けて、外装を見てきらきらした目のヤマアラシさまに入っていただくようにうながす。彼は足を踏み入れ、内装を見てわぁー、と嬉しそうな声をあげた。


 6畳ほどのログハウス。ドアの向かい側には小さめの窓、右側には大きな大きな窓。そこから陽の光と緑が飛び込んでくる。部屋の中心にはバーにありそうな長い机。同じくバーにありそうな脚が長く、くるくる回る椅子が2つ。その椅子に座って机越しに窓の外を見るのは私の日常的な楽しみのひとつだ。


「こちらへどうぞ」


 手前にある背もたれのない椅子をすすめると、ヤマアラシさまは机にバスケットを置き、失礼します、と言いドアの近くの椅子に座った。とんっと置かれたバスケットからは、甘い香りがこぼれている。


「しあさってが、ぼくのおじいちゃんの誕生日なんです」


 私が奥の椅子に腰を下ろしたのを見て、彼は口を開いた。

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