Adulte
おめでとう
episode1 水色タイは五商結び
小鳥のさえずりが聴こえる森の中。
ログハウスのドアノブにかかっている木でできたプレート。私はそれを裏返しにしてかけ直した。
“Closed”
心の中で読み上げて、五商結びにしたセーラー服の水色のタイの下で揺れているネームプレートを軽く叩く。首にかかっているそれには、手書きの“
飛び石、というか一定の間隔で地面に埋めこまれているあまり加工されていない木材をひょいひょいとリズミカルに跳んでいく。これが結構楽しい。横断歩道の白い部分だけを渡っているような気分だ。10mほどの横断歩道――いや、緩やかにカーブしている一本道を歩くと、木々の間から一軒家が現れた。その家の裏口のドアノブを時計回りにひねり、私はローファーのまま踏みこむ。
「こんにちは。失礼します、お疲れ様です」
ここは、
「こんにちは、月凪さん。お仕事お疲れ様」
にこやかな笑顔であいさつを返してくれたのは私の祖母――いえ、マサさん。私がこのネームプレートを首にかけているとき、すなわち代筆屋として働いているときに、マサさんに“おばあちゃん”として接することは断じて許されない。
「先ほどご依頼をいただいたのですが」
この仕事を始めたばかりのとき――約1年前は仕事中に“おばあちゃん”と呼んでしまうこともあったが、今ではもうなくなった。望月さんに“けじめがつけられていない”と叱られたのと、この呼び方に慣れたからだろう。
「お客さまはレジの近くにいるわ。お待たせしないよう、早く行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
その分、おばあちゃんはとっても優しい。私は、優しくも厳しい祖母が好きだ。
そんなことを考えつつ店先に向かって歩いていくと、お客さまがいらっしゃった。
「あ、あのっ! はじめまして、ぼくヤマアラシっていいます……。えと、よろしくお願いします……」
同年代だろうか。軽々しく話してしまいそうだが、マサさんにお客さまにはいかなる時も丁寧な言葉遣いと丁寧な対応をするように教えられている。また、そんな初歩的なミスをするほど私も新米ではない。
「ヤマアラシさま。はじめましてこんにちは。ご依頼ありがとうございます、月凪と申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
二足歩行のハリネズミ。左手に、チェック柄の布がかぶせられている彼と同じくらいの大きさの丸いバスケットを提げている。戸惑っているのか、あるいは緊張しているのか――両方だろう、おどおどしている彼がお客さまだ。
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