第250話

 遠くで金属を叩く音がする。

 ゆっくりと目を開けると、視線の先で暗闇のなかで鉄を打ち続けるカリスとオスカーの姿が目に入った。

 その姿にリゼは一気に目が覚めた。

 知らぬ間に寝てしまったようで、ナングウたちも既に帰ったようでリゼには布がかけられていた。

 そして目の前に現れた表示が、リゼを絶望へと落とす。

 『メインクエスト失敗』『罰則:防御(三減少)、魔法耐性(三減少)、魅力(三減少)、運(三減少)』


(そんな……)


 寝てしまったことで、カリスとオスカーの作業に立ち会っていないと判断された。

 アルコール入りの飲み物を口にしたことで眠気に襲われたのかも知れないが、口にしたのは自分だ。

 強くなるための二年という期間を無駄にしてしまったと……そして、以前よりも格段に弱くなってしまったことで、申し訳ないという思いからアンジュとジェイドの顔が浮かんだ。

 防御と魔法耐性に運が減少したということは、魔物の攻撃によるダメージが大きくなるということ。

 武器が新しく変わったところで、この大きく減少した能力値を埋められるとは、到底考えられない。

 一刻も早く体を動かしたいと思いながらも、自分から武器の製作に立ち会いたいといったのに、途中で抜け出すのはカリスとオスカーに失礼だ。

 リゼは製作作業を見るため、立ち上がろうとすると目の前に飲み物が置かれていることに気付く。

 下には”水”と書かれていた。

 ナングウが用意してくれたのだと思い、感謝しながら手に取って移動する。

 汗を流しながら、飛び散る火の粉を気にすることなく、ひたすら打ち続ける姿を目に焼き付ける。

 その姿に自分の武器を製作して貰っているのに、寝てしまった体たらくな自分を恥じていた。

 鉄を熱している時、初めてカリスとオスカーが交代で短い休憩を取る。

 休憩と言っても作業場所から離れて十分程度で戻って来る。

 以降も、何回かに一度は交代で休憩をしていた。  


 陽が昇り、周りの工房からも次々と作業する音が増え始めた。

 リズミカルな音が町中に響き渡る頃になると、往来する人も増え始めた。

 オスカーが久しぶりに仕事をしているという噂が広まっていたのか、何人ものドワーフたちが工房を訪れて、作業の様子を覗きに来ていた。

 視線は二人を見ているが、頭の中ではクエストを失敗したことで一杯だった。

 後悔したところで、時間が戻るわけではない

 時々、飲み物を口にしてアイテムバッグから干し肉と取り出して腹を満たす。

 そのまま何も変わることなく二日目の夜が明け、三日目の朝を迎える。

 そして――四日目の朝になり陽が昇り切る前、カリスとオスカーの手が止まった。


「ふぅ~」


 精魂尽きたのか、オスカーは大きく息を吐くと同時に、その場に座り込んだ。


「お疲れ」


 オスカーに労いの言葉を掛けると、カリスは飲み物を一気に飲み干す。

 そして、腰を下ろしているオスカーの肩を軽くたたいた後、腕を持ち立ち上がるのを手伝っていた。


「頑張ったな。だが、本番はこれからだぞ」


 疲れているだろうが、いつもと変わらない笑顔でカリスはリゼに話しかけた。 

 今日の作業は終了らしく、明日の朝一から作業を再開するとリゼに伝えると、オスカーに別れの挨拶をして帰路につく。

 家に戻ると、すぐにエールを飲み始めるが、いつもの調子でなく数杯で飲むのを止めると、そのまま横になり寝てしまった。

 このままカリスを一人にはしておけないので、リゼは外で棒手裏剣を投げる練習をすることにした。

 だが夜とは違い、人の往来が多いため怪我をさせてしまうこともある。

 人通りの少ない、家の横の細い場所で練習することにする。

 開けっ放しの窓からは、寝ているカリスを見ることも出来るので、結果的には好都合だった。

 細い路地には廃材が多く置かれていた。

 その中に切れ味を試すためなのか、板や棒が鉄の土台に刺さっている物を的にして、 何度も何度も棒手裏剣を投げるが、なかなか上達しない。

 一朝一夕でないことくらいはリゼも分かっていたが、もどかしい気持ちが積み重なっていく。


「肩に力を入れすぎです」


 突然、背後からの声にリゼが驚いて振り返ると、サイゾウが立っていた。


「あっ、おはようございます」


 昼近い時間だったが、思わず朝の挨拶をサイゾウにするが、気にすることなく平然と頭を軽く下げて応えた。


「カリスさんに用事ですか?」

「いいえ。リゼ殿に、これを渡すようにとハンゾウ様から」


 サイゾウは布の包みを取り出して、リゼに見えるように包みを開ける。

 包みの中身は三本のクナイだった。

 リゼはサイゾウの顔とクナイを交互に見るが、サイゾウの表情は変わらない。


「クナイに興味があるようでしたので、使用していないクナイを差し上げるそうです」


 リゼがカリスからの交渉で忍刀を製作してもらっていると、ナングウから聞いていた。

 ヤマト大国を訪れた忍のリゼに忍頭として、武器を贈っただけだ。


「ありがとうございます」


 ハンゾウにも後日、礼に伺うことを伝えると、ハンゾウに投げ方のコツを聞く。


「こんな感じです」


 腰に差していたクナイを指の間に挟み、三本を一度に投げる。

 リゼが練習していた板に縦三列に刺さる。

 いきなり、高度な投擲技術を見せられたリゼは唖然としていた。


「顔、胸、鳩尾などの急所を目掛けて投げることが重要です」


 リゼの意図する答えではなかった。

 なにより、一本投げるのも苦労しているのに三本同時など無理な話だ。

 そう思っていたリゼだったが、次の瞬間に起きたことに驚き、サイゾウに聞こうとしたことさえ後回しにするくらいだった。

 サイゾウが投げて板に刺さっていたクナイが引き寄せられるように手元に戻って来たからだ。


「今のは……なんですか?」

「これは操糸という術になります。」

「操糸ですか」

「はい。アラクネという魔物の糸を特殊加工したものです。かなり細く見えないかも知れませんが、伸縮性もあるため五十メートル程度までの伸びます。それに人五人程度であれば耐えられる強度もあります」


 サイゾウは淡々と説明をする。

 これは幼い頃より訓練をした忍しか習得出来ないことを伝える。

 リゼでは習得出来ない術だと諦めさせる意味もあるが、アラクネの糸は入手が難しい。

 魔物のなかでも知能が高いアラクネは人との会話も出来ると言われている。

 だからこそ、人を惑わし捕獲するとも言われている。

 アラクネに害をなさなければ人とも友好的な関係を築けることを、ヤマト大国の民とドワーフ族くらいしか知られていない。

 ドワーフ族に身を寄せている状況で、簡単にアラクネたちの集落に出向くことも出来なかった。

 以降、アラクネ族との関係は途絶えていた。

 


――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:十七』(三減少)

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十三』(三減少)

 『敏捷:百一』

 『回避:五十三』

 『魅力:二十一』(三減少)

 『運:五十五』(三減少)

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト



■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る