第234話

 朝早くからバビロニアは大騒ぎになっていた。

 簡単に傷をつけることが出来ないとされている迷宮ダンジョンの扉に、死体が貼り付けられていたからだ。

 しかも御丁寧に”昨日の首謀者たち”と血で書かれている。

 辛うじて容姿が判別できる程度だが、それがハセゼラとその仲間たちの死体だということは明確だった。

 死体の第一発見者は扉の開閉をするため準備に来た衛兵だった。

 遠目からも扉が汚れているなと思いながら足を進めたが、定位置で仕事を始める前に、町へとすぐに引き返すこととなったのだ。


 丈夫だと信じていた扉に打ち込まれた釘。

 もしかしたら、簡単に壊れるかも知れない。

 迷宮ダンジョンの扉は脆いという印象が町の人たちに植え付けられた。

 死体の演出で、さらに恐怖感が増して忘れられない記憶として残る。

 冒険者たちは血のメッセージの意味を理解していた。

 迷宮ダンジョンで活動するために最低限守らなければならないルール。

 そして冒険者として、人間としてのルール。

 ハセゼラたちは、それのどれも守らずにいた。

 当然の報いだと、ハセゼラたちに同情するバビロニアの冒険者は誰一人としていなかった。

 

 領主や冒険者ギルドも総出で殺人犯を探そうとしている。

 と思っていたが、実際は違った。

 ハセゼラたちの死体を撤去して、一刻も早く迷宮ダンジョンの扉を開くために復旧していたのだ。

 迷宮ダンジョンが一日開かないだけで、バビロニアの損失は大きい。

 その恩恵に預かっている冒険者ギルドに商業ギルド。

 そして闇で捌かれる骨董品。

 なにより領主として、由々しき事態なので早急に対応する必要があった。


 先日、リゼたちが冒険者ギルドから出た後に、サークル魔法陣を不正に利用したのがハセゼラたちではないかという話があった。

 扉の前にいた衛兵が、慌てて飛び出してきたハセゼラたちを目撃していたからだ。

 その後にリャンリーの仲間が二階層にミノタウロスが現れたと報告にきた。

 冒険者ギルドも犯人はハセゼラたちと思い、宿泊先の宿に向かったが姿はなかった。

 もしかしたら、バビロニアから逃亡したとも考えて領主には報告済だった。

 領主はハセゼラたちを殺した犯人たちを探し出すように命令を出すが、見つからなくても良いと思っていた。

 バビロニアに害をなす冒険者を始末してくれたと考えていたからだ。

 冒険者ギルドとしても、本格的に犯人を捜すつもりはなかった。

 情報が少なすぎるうえ、人員を割くことも出来ない。

 利益にならない余計な仕事になるため、適当に調査をしているふりだけすれば良いと考えていた。


 一応、元パーティーだったレティオールとシャルルにも事情を聞かれるが、パーティーを脱退してからの活動はリゼと共にしていることを知っている。

 当日の夜も微笑みの宿にいたことを、宿の主人も証言してくれたので容疑者からは外された。

 皮肉なことにレティオールとシャルルは、ハセゼラたちからの恐怖から完全に開放されることとなった。

 もう怯えながら町や迷宮ダンジョンで過ごさなくても良いことに、二人は不謹慎ながらも喜びを隠せなかった。

 同じ宿のリャンリーも同じように事情を聞かれていたようだが、昨日の犯人を自分は知らないし、ハセゼラたちを殺害した犯人にも心当たりがないと話した。

 ジャンロードは昨日、町に戻って来た早々に馬車を予約すると言って別行動をしたが、朝一番でその馬車でバビロニアから居なくなっていた。

 昨日の別れ際に「またどこかでな!」と言われたのが最後の言葉だった。

 冒険者ギルドの職員を見送るため、部屋から出るとエンヴィーと顔を合わせる。

 朝から五月蠅く、目が覚めたと不機嫌そうだった。


「ミノタウロスを倒したんだって?」

「いいえ、倒していません。倒すお手伝いをしただけです」


 リゼは本当のことを話すが、エンヴィーには謙遜していると思っていた。


「コボルトの時には、そんなに強そうに思えなかったけど……もしかして、実力を隠していた?」

「いいえ、全力でした」

「ふーん。まぁ、いいけどね」


 そう言うと大きく口を開けて欠伸あくびをしながら腕を天井に向けて伸ばしながら、気怠そうに自分の部屋へと戻って行った。


 町に出ると話題はハセゼラたちのことで持ちきりだった。

 やはり「殺されて当然だろう」「恨みがある奴って言ったら、このバビロニアにいるほとんどの奴が当てはまる」「面倒な奴が居なくなって清々する」と、ハセゼラたちが死んだことを歓迎していた。

 リゼは歩きながらも耳にする話に違和感を感じていた。

 それほど嫌われていたのであれば、商人たちは取引をしなければいいし、冒険者であれば無視するか、実力行使に出ればよいと思っていたからだ。

 ハセゼラたちは喧嘩腰で話をするが、表だって手は出さない。

 必ず相手に手を出させて、自分たちの正当性を問う。

 商品を傷付けられても「わざとじゃない」や、買取を迫っても「手持ちがない」と言って相手を馬鹿にしていた。

 そのくせ、強い冒険者や権力のある大きな店では問題を起こさない。

 悪く言えばハセゼラたちの死を望む者が、バビロニアには多すぎたのだ。


 扉に打ち込まれた大きな釘が、なかなか抜けないのか死体の撤去作業に手こずっていた。

 現場を見ている領主も苛立ちを隠せなかった。

 何度も帰ろうとしたが、次こそ抜けると思ってはや一時間以上が経っている。

 どのような方法で釘を打ち付けたのか?

 それに打ち付けたのが夜中であれば音が響くし、目撃者もいない。

 そもそも、ハセゼラたちはこの場所で殺されたのか、別の場所で殺されたのかさえ分かっていない。

 これだけの人数を殺せば、大量の血痕が残るが、この場所以外で血痕が残っていないからだ。


 復旧作業を見ながら迷宮ダンジョンに入るタイミングを伺っていた冒険者の中には「今日は無理っぽいな」と諦める者も出始める。

 その言葉を耳にした領主は復旧している作業員たちに発破をかけて急がせた。

 だが、領主の一言で作業が早くなることなどは無い。

 だが作業員たちも一生懸命だった。

 迷宮ダンジョンの中に取り残された冒険者もいることを知っていたからだ。


 リゼたちも迷宮ダンジョン前まで来てみた。

 なかなか進まない復旧作業を見て、相談をする。

 そして、他の冒険者たち同様に、迷宮ダンジョンに入るのを諦める。

 問題は予期せぬ休日に、リゼたちはどうやって過ごそうかを考えていなかったことだった――。


 その後、領主の命令で死体を細かく切り刻み、迷宮ダンジョンの扉を開いた後に、釘を取り除くことにする。

 死者への尊厳など無く、町の収益を優先した結果だ。

 だが領主の思惑は外れることになる。

 打ち付けられた釘は簡単に抜くことが出来ずに、放置されることになる。

 釘は閉門された時にしか見えないため、問題無いと判断した。

 そして、領主はラバンニアル共和国経由で、アルカントラ法国に緊急調査を依頼をする。


――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:四十一』

 『魔力:三十』

 『力:二十五』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:百一』

 『回避:五十三』

 『魅力:二十四』

 『運:五十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・購入した品を二倍の販売価格で売る。

  ただし、販売価格は金貨一枚以上とすること。期限:六十日

 ・報酬:観察眼の進化。慧眼けいがん習得


■サブクエスト

 ・瀕死の重傷を負う。期限:三年

 ・報酬:全ての能力値(一増加)


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加) 

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