第203話

「僕も暇じゃないから、頻繁には来れなくなるかな。今後は、僕の仲間たちが来ると思うからよろしくね」


 エルダを揶揄うのに飽きたのか、オプティミスは帰ろうとしていた。


「よろしくって、まぁいいわ。それなら……そろそろ、あなたがアルベルトを殺したかった理由を教えて貰えるかしら。私も仲間なら、それくらいは教えて貰ってもいいわよね」

「何度も言っているけど、それを知る必要が無いよ。知ったら、ラス……じゃなかったエルダも殺さなくちゃいけなくなるからね」


 オプティミスは笑っていたが今までと違い、今回のオプティミスの言葉には殺意が籠っていることをエルダは感じ取った。


「分かったわ。これ以上は聞かないわ」

「それが懸命だよ。物分かりが良いので、僕も助かるよ」


 エルダはこの先一生、オプティミスの言いなりになるのではないかという懸念を抱く。

 だが、自分ではそれにあがなうことが出来る力が無いことも分かっていた。

 その時、部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「おっと、そろそろ時間かな。じゃあね」


 一瞬だけ扉に視線を移したが、オプティミスの声で視線を戻した先にオプティミスの姿はなかった。

 再度、扉を叩く音にエルダは入室を許可する言葉を発した。


「エルダ様。なにやら話し声が聞こえましたが……」

「誰もいないわ。ノーマンの勘違いでしょう」

「そうですか。それは失礼いたしました」


 ノーマンが頭を下げる。


「用件はなにかしら」

「はい。以前よりエルダ様との面会を求める冒険者から門番が手紙を預かりましたので、どうしたら良いものかと……」

「見せて」


 リゼからの手紙をノーマンはエルダに渡す。

 すぐに手紙を開いて読み始めるエルダ。

 その表情は苦悶に満ちているように、ノーマンの目に映っていた。

 領主になってから笑った顔を見た記憶が無い。

 幼かった頃は笑顔の方が多かったのに……とノーマンは寂しそうにエルダを見続けていた。

 手紙を読み終えたのか、元の通りに手紙を畳んだエルダは、窓際に移動してリゼが立っていたであろう場所を見下ろす。


「お返事を書かれるのですか?」


 ノーマンの問いにエルダは答えなかった。

 返事を書くにしてもオプティミスの監視がある。

 自分とオプティミスの関係を書くことはしないし、クエスト失敗したことについても書くつもりはない。

 嘘の文章を書く意味があるのか? だが、リゼの心中を考えれば――。

 エルダは葛藤していた。

 悩んだ結果、紙を取り出して筆を走らせる。

 短い文面で「話すことはありません。今は立場が違うことを理解して下さい。貴女の冒険者人生に幸あることを願っています」と……。


「明日の朝、その冒険者が来たら渡してもらえるかしら」

「はい、承知致しました。エルダ様が直接、御渡しになられたらどうでしょうか?」

「その必要はないわ。私は記憶を失っていた昔の自分とは決別したいの」


 ノーマンの気遣いが癇に去ったのか、エルダは大声を出した。


「出過ぎた真似、失礼いたしました」

「いいえ。こちらこそ、大きな声を出してしまって、ごめんなさい」


 謝罪をするノーマンを見て冷静になったエルダ。


「じゃあ、これ御願いね」

「はい。私が責任をもって、冒険者に御渡しいたします」


 ノーマンはエルダから手紙を丁寧に受け取る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 朝一番でエルダの屋敷前で、手紙の返事を期待してリゼは待っていた。

 だが、リゼの思いを裏切るかのように、執事のノーマンから返事を受け取る。

 そして、エルダが自分に合う意思がないと告げられた。


「これは私個人からです」


 ノーマンは一本の瓶をリゼに差し出す。


「レトゥーン名産である果物レトゥーリアンを使用した十五年物の果汁酒になります」

「どうして私に……」

「私は手紙の内容を存じ上げておりません。ただ、あなた様のことを考えるエルダ様は苦しそうで悩まれておりました。なにか事情があるのだろうと思います。これは領主様に代わり、長年領主様に仕えてきた私からのお詫びの品だと思って下さい。もちろん、私が勝手にしていることです」


 ノーマンは優しい目でリゼを見つめる。

 ラスティアが領主になったが、ノーマンのような人が仕えていること知ったリゼは少しだけ安心する。

 ノーマンに礼を言い、ラバンニアル共和国に向かう馬車に乗るため歩き始めた。

 手紙は馬車に乗ってから読もうと決めた。

 今、ここで読んだら……書かれている内容が分からないが又、何日もレトゥーンに滞在してしまうかも知れない。

 見上げた空は、リゼの気持ちが分かっていたのか曇天の空だった。


 ラバンニアル共和国に向かう馬車にはリゼの他に一人しか乗っていなかった。

 そもそもレトゥーンからラバンニアル共和国に向かう人が少ない。

 多くはリゼのように、王都からレトゥーン経由でラバンニアル共和国へ向かう冒険者だ。

 護衛の冒険者は二人。

 装備を見る限り、剣士と魔術師のようだったがリゼと目をあわせることはなかった。

 リゼは挨拶だけをして、馬車に乗り込む。

 出発まで時間があったが、リゼが乗ったことで出発する。


 レトゥーンの町が小さくなるのを見ていると目の前に『サブクエスト発生』と表示された。

 クエスト内容は『防具の変更。期限:二年』『報酬(ドヴォルグ国での武器製作率向上)』だった。

 リゼは思わず自分の防具を確認する。

 傷こそ幾つかあるが、買い替えるような深い傷はない。

 ミルキーチーターということで乳白色が所々、くすんだ感じにはなっているが……。

 リゼの頭の中で、クウガの小太刀のことを思い出す。

 見た目の変化では分からない……もしかして、この防具も致命的な傷を負っているのかも知れない。

 無駄に金貨を消費することは出来ない。

 サブクエストなので未達成でも問題は無い……が、ドヴォルグ国で武器製作してもらえる確率が上がるのであれば、何としても達成したいクエストだ。

 それに命を預ける防具に欠陥があるとすれば、それはそれで問題だ……。


(武器も防具も……私の使い方が悪いのかな)


 リゼは自分の使用に問題があるのではないかと疑心暗鬼になっていた。

 この問題に頭を抱えるが、今の状況で悩みが解決することは無い。

 防具に詳しい人に一度確認して貰おうと考えるが、確認してもらうだけでも支払いが発生することに頭を悩ます。


 ふと馬車の後ろを見るとレトゥーンの町がかなり小さくなっていた。


(……そろそろかな)


 アイテムバッグにしまってあったラスティアの手紙を取り出して開いた。

 そこには……リゼの思いに反するかのような言葉が書かれていた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 リゼへ

 私はすでに冒険者でありません。

 もう冒険者時代のことを思い出したくもない。

 銀翼にいた時代も苦痛でしか無かった。

 亡くなったアルベルトたちには申し訳ないですが、今回のことは私にとっては良かったのだと思っています。

 記憶が戻ったことと、冒険者に見切りをつけることが出来たからです。

 はっきりと伝えさせていただきます。

 すでに私は領主という立場です。一介の冒険者である貴女が簡単に会えるような関係ではありません。

 迷惑ですので、これ以上は私に関わらないで下さい。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 読み終えたリゼは、ラスティアにとっては自分が迷惑な行為をしていたことを知る。

 だが、この手紙はオプティミスの暗躍によって、すり替わっていたことをリゼは知らなかった――。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十四』

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』

 

■メインクエスト

 ・ラバンニアル共和国に入国。期限:九十日

 ・報酬:敏捷(二増加)


■サブクエスト

 ・防具の変更。期限:二年

 ・報酬:ドヴォルグ国での武器製作率向上


■シークレットクエスト

 ・ヴェルべ村で村民誰かの願いを一つ叶える。期限:五年

 ・報酬:万能能力値(五増加)

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