第193話

 オルビスが去った後、空気が重かった。

 理由は仲間を……ラスティアに疑惑を持ってしまったことだ。

 そして、クランとして進むべき道を叩きつけられたことだった。

 最初に口を開いたのはアンジュだった。

 

「提案だけど、いいかしら?」


 真剣な面持ちで、リゼとジェイドの顔を交互に見た。


「なんスか?」

「オルビスさんの話の続きだけど……このまま、王都にいて三人で行動するのが良いのか、別々に自分の能力を高めるの方がいいのかを聞きたいの」


 アンジュの言葉は明らかに三人の銀翼では力不足だと分かったうえで、今後の方針を決めようとするものだった。

 クランだから一緒に行動しなければならないということはない。

 各々で活動して、クエストの成功報酬の一部を納めることもある。

 ただし、別々の冒険者ギルドでは管理が大変なので、普通は拠点に戻って来た時にまとめて納めることの方が多い。

 クランのリーダーとして、オルビスの言葉に揺れていた。


「アンジュは、どうしたいの?」


 言い出したアンジュの意見を最初に聞こうと、リゼは質問をする。


「私は弱い。だから……今よりも、もっと強い魔法師になりたい。出来れば行ってみたい場所もあるし」


 アリスの力になれなかったことを悔やむようだった。


「自分も修行したいっス。具体的な案は考えていないっス。ただ、リゼやアンジュが今のままでも良いなら、それでも良いとも思っているっス」


 はっきりと自分の意見を示した二人と違い、リゼは自分の考えを持っていないことに気付く。


(私は……)


 考えてはみるが何も思いつかなかった。


「個人の成長は良い考えだと思う」


 馴れ合いよりも個の強さを尊重した二人の意見に同調する。


「私は産業都市アンデュスに行こうかと思っているわ」

「フォークオリア法国じゃなくて?」


 アンジュは、てっきり魔法の研究が進んでいるフォークオリア法国に行くのだと思っていた。


「フォークオリア法国は今、情勢が不安定だしね。それに会いたい人がいるし」

「会いたい人?」

「えぇ、アリスお姉様が一度だけ話してくれたことがあるの。魔法を師事していた人がアンデュスから先の場所に住んでいるって」

「名前も知っているの?」

「えぇ、一応は」


 アンジュの言葉で、クエストのことを思い出す。

 そう『敬える冒険者への弟子入り』だ。

 期限が切れるのを待つか、『断念』だけで、クエスト失敗は決定していた。


「それに杖も新調したいし」

「それは気分を切り替えるってことっスか?」

「それもあるけど、攻撃力を上げたいので、魔力の伝達率が高い杖にしたいと考えているわ」

「そうっスね。新しい魔法も習得したっスから、その方がいいっスね」


 リゼは二人の会話についていけなかった。

 そもそも、魔法職が杖を使用している理由さえ分からなかったからだ。


「その……魔法職は杖無しでも魔法を使えるのに、どうして杖を装備しているの?」


 思い切って質問をするリゼを、アンジュとジェイドは驚いた表情で見る。

 すぐにリゼが学習院に通っていないため、基礎知識が無いことに気付く。


「まず、魔法について説明するわね」


 アンジュはリゼに魔法の基礎知識について説明を始めた。


「魔法を使用するには、発動、発現、放出の順序があるの。発動は詠唱ね。詠唱を終えると目の前に魔法が具現化される。これを発現と呼んでいるわ。そして具現化された物を対象物に当てることを放出と呼んでいるの」


 リゼはアンジュの話を真剣に聞く。


「補助系魔法などであれば問題無いけど、攻撃魔法を杖無しで使用すると、直接手かで発現させるため、体への影響があるのよ」


 アンジュの言葉で、リゼは気付いた。

 たしかに、炎を具現化すれば火傷をするし、氷も凍傷になる可能性が高い。

 杖を使用するのは、理にかなっていた。


「それに杖には魔法の効果を上げる作用もあるのよ」


 杖の素材や、埋め込まれた魔核などによっては、属性魔法の効果を上げることが出来る。

 魔法師は汎用の杖を自分に合うように手を加えたり、自分専用の杖を製作して、それを何度も改良したりしている。

 アンジュも学習院時代に両親が購入してくれた安価な汎用性の杖を使用していた。

 いつか、銀翼の正式なメンバーになった時に、自分専用の杖を購入すると決めていた。


「それでジェイドは、どうするのよ」

「そうっスね。とりあえず、ジョエリオさんに稽古をつけてもらおうと思っているっス」

「ジョエリオさんか……たしか、ローガンさんとは仲よかったわね」

「そうっス。兄貴もジョエリオさんもお互いに実力を認めていたっス。その後のことは決めていないっス。ただ、王都に居ない時期が多いので、そこが問題っス」

「たしかにそうね。リゼは、どうするの?」

「まだ、なにも決めていないから分からない」

「そう……とりあえず一年……いいえ、二年間は、各自で強くなりましょう」

「もうすぐ建国祭があるっス。二年後の建国祭に集まるってのは、どうっスか?」

「そうね。その方が分かりやすいわね」


 建国祭とは、この国”エルガレム王国”が誕生した日を祝う。

 準備期間も賑やかしいので、その期間は王都にも多くの観光客が訪れるし、地方に行っても、建国祭の話題は絶対にあがるので忘れることは無い。

 リゼは王都に来たばかりだ。

 漠然とだが王都で強くなろうと思っていたのも事実だ。

 今から、次の場所を考えることは予想していなかった。

 アンジュが悩むリゼに地図を持って来てくれた。

 クエストに使用していた地図なので大きく、いろいろな書き込みがあった。

 名産や寄ったら食べておきたい名物。

 周囲の魔物状況などだ。

 書ききれない情報は、別の紙にまとめてあった。

 アンジュとジェイドは、少し席を外すのでリゼは一人で地図を眺めていた。

 誰も居なくなったので、リゼはクエスト『敬える冒険者への弟子入り』の『断念』を押す。

 画面が『罰則:感情の欠落(恋愛)』と切り替わり表示された。

 少し拍子抜けする。

 恋愛感情がリゼの今後の人生……いや、人間としていかに重要な感情かを知らずにいた。

 初恋などという甘酸っぱい経験さえしていない今のリゼにとって、恋愛などという感情などは意味の無いものだとも思う。

 そして、考えていたよりも軽い罰則だと胸を撫でおろしていた。

 弟子入りするということは、人生でかなりの決断を迫られる。

 その対価というのであれば、今回の罰則は軽すぎると冷静に考えながらも、リゼは少しだけ納得出来なかったが、不思議と気持ちは落ち着いていた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』

 『魔力:三十』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:二十一』

 『運:四十八』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日

 ・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る