第181話
いつも通り、クエストを終えて宿屋に戻る。
アンジュとジェイドのおかげで、二人が信用できる冒険者たちとパーティーを組むことも数回経験した。
盗賊という職業なので、攻撃力をあまり期待されないがリゼの敏捷性を目の当たりにすると、敵を翻弄している隙に攻撃が出来るので重宝される。
アンジュとジェイドに鍛えられたこともあり、視野が広くなり仲間の冒険者の邪魔をすることなくスムーズな討伐が可能だった。
リゼが銀翼に所属していないことは知られているので、クランや正式なパーティーとしての誘いを受けることもあったが、そのたびに断っていた。
顔見知りの冒険者が増えたことや、様々な戦闘を経験出来たことはリゼにとって、良い経験だった。
顔見知りが増えたことで、王都での生活の基盤が徐々に出来始めていた。
気になることと言えば、クエストの『敬える冒険者に弟子入りする』だった。
クウガたちがクエストを終えて王都に戻ってくるまで、早ければあと数日。
クエストの期日は残り十日以上あるので、時間的には問題は無い。
ただ、クウガが自分を弟子にしてくれるかは別問題になる。
リゼはクウガに弟子入りできなければ、このクエストは失敗してもいいとさえ思っていた。
クエストを達成するためだけに、弟子入りすることは自分自身を許せない。
なによりも、師事する相手に対しても失礼だと感じていた。
リゼの気持ちを見透かしたかのように、今まで見たことのない表示『断念』が新たに表示された。
その下には『断念はクエスト失敗とする』の表示があるので、クエスト失敗の罰則があることは想像できた。
「さてと……」
リゼはクウガから預かっている小太刀をアイテムバッグから取り出して、刃を研ぐ準備をする。
武器としては寿命が尽きていると言われていたが、刃こぼれや錆びた状態でなく、いつでも使える状態を維持してクウガに返すのが礼儀だと思っていたからだ。
使用していないので刃が欠けたりしていることは無いが、定期的に研いでいた。
いつものように刃を見て、神経を集中させて小太刀を研ごうと刃を滑らす。
その瞬間、静かな音を立てて小太刀が折れた。
「えっ!」
なにが起きたのか分からずに、折れた小太刀を拾おうとして、指を切ってしまう。
しかし、小太刀が折れたことに気が動転して、指を切ったことに気付かないでいた。
「ど、どうしよう」
リゼの脳裏には、今までの自分の行いを思い出していた。
大事にするあまり何度も小太刀を研いだことが原因なのか。
預かってからの使い方に問題があったのか。
それとも小太刀の疲労が原因なのか。
小太刀を折った事実は事実となので、原因を考えても答えは憶測でしかない。
何を考えてもいい訳になると気付き、リゼは考えることを止めた。
クウガが王都にいれば、すぐにでも謝罪に訪れるつもりだったが、クウガは王都にはいない……。
折れた小太刀を眺めながら、リゼは呆然としていた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
謝罪のことを考えると結局、一睡もできずに朝を迎えた。
謝罪することは当たり前だが、それからどうしていいのか分からないでいた。
自分を信じて、大事な武器を預けてもらったのに……。
とりあえず、銀翼に所属している冒険者のアンジュとジェイドに説明をして、クウガではないが二人に謝罪しようと立ち上がる。
いつもよりもかなり朝早く部屋を出て、一階に下りていく。
すると、同じ宿屋に宿泊している冒険者が、リゼを見るなり走って来た。
「おい、リゼ。顔色が悪いが、もしかして……もう聞いたのか⁉」
あまりの勢いにリゼは言葉でなく、首を左右に振って答える。
「そうか……じゃあ、知らないんだな」
その冒険者は同じ宿に宿泊しているだけだったが、リゼにとって重要なことを伝えようと、リゼを待っていたようだ。
「……銀翼がクエストに失敗したそうだ」
「えっ!」
思わず声を上げて、息つく間もなく冒険者に質問をする。
「ど、どういうことですか、詳しく教えてもらえませんか⁈」
「あぁ……俺もさっき、他の冒険者から聞いただけだが――」
リゼの勢いに蹴落とされた冒険者だったが、ゆっくりと話し始めた。
三日ほど前、アルベルトたち銀翼が受注したクエスト近くの町に、ラスティアが一人で現れた。
その姿はボロボロで疲労困憊の状態で「クエストは失敗した。生き残りは私だけ――」と、最後の気力を振り縛ったのか、言い終わると同時に倒れたそうだ。
すぐに冒険者ギルドがラスティアの治療をする。
翌朝、目を覚ましたラスティアから、その町のギルマスとギルド職員が詳しい事情を聞く。
コカトリスを討伐している最中、洞窟が崩れてラスティア一人だけ、アルベルトたち仲間と分断された。
そして、自分以外はコカトリス側に閉じ込められた。
暫くすると岩越しに聞こえていた激しい戦闘音に仲間たちの声が消える。
静寂な時間が流れるが、それを打ち消すかのようにコカトリスの咆哮が耳に届く。
だが、アルベルトたちの歓喜の声が続けて聞こえることは無く、地面より伝わる振動とコカトリスの鳴き声が、岩越しにもクエストが失敗したのだと知るには十分だった。
洞窟から脱出する際、洞窟を進む際に魔物を多く討伐していたこともあり、ラスティア一人でも、なんとか洞窟から脱出できた。
だが、体力気力ともに町に辿り着くのが精一杯だった。
「それとだ……が」
冒険者は言い辛そうに少しだけ声を小さくして、リゼにだけ聞こえるように話す。
「ラスティアが冒険者を引退すると言ったそうだ」
リゼは受け入れられない多くの情報に頭が混乱していた。
「悪いな。俺が知っているのは、これくらいだ。冒険者ギルドへ行けば情報も揃っていると思うから、もっと詳しいことが分かるかも知れないぞ」
「ありがとうございます」
リゼは冒険者に礼をいうと走って、冒険者ギルド会館に向かう。
朝早いため冒険者も数人だった。
どこから情報を仕入れたのか分からないが、冒険者ギルド会館内でも話題は銀翼のクエスト失敗で持ちきりだった。
まず、顔見知りの冒険者に事情を聞くが、新しい情報は得られなかった。
受付嬢に確認しようとしたが、銀翼に所属していない冒険者のリゼに、冒険者ギルドとして伝えられる情報はなかった。
「今、ギルマスたちが銀翼館に向かっています」
受付嬢は独り言のようにリゼに聞こえるように教えてくれた。
脳裏にアンジュとジェイドのことが浮かぶ。
付き合いの長いアンジュとジェイドは、自分以上に衝撃を受けているに違いない。
リゼは頭を下げて銀翼館へ向かうため、急いで冒険者ギルド会館へと走った。
息が切れて倒れようが、今の自分の最高速で走り続けた。
走るリゼを見て、何人かの冒険者と挨拶を交わす。
彼らはリゼが走っている理由は知らない。
それこそ、銀翼がクエストを失敗したことさえ知らないかも知れない。
ただ、リゼの表情から普通でないことだけは分かったようだ。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:三十六』
『魔力:三十』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:二十一』
『魔力耐性:十六』
『敏捷:八十四』
『回避:四十三』
『魅力:二十一』
『運:四十八』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
・敬える冒険者への弟子入り。期限:十四日
・報酬:戦術技術の向上、理解力の向上
■シークレットクエスト
・? 期限:?
・報酬:?
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