第177話

 四日ぶりに部屋から出た。

 だが、リゼは自分が四日も部屋に引きこもっていたことさえ分からずにいた。

 その間に魔力の枯渇のクエストを続けていた。

 まだ、体調は万全ではないが、まともに食事も出来ない状態だったが、じっとしていると辛いと感じて、少しだけ外に出てみる。

 他の人から見るリゼは、覇気のない顔をしていることが一目で分かるくらい酷い顔をしていた。

 宿屋を出ようとすると、受付の人が昨日の昼くらいに冒険者が来たそうだ。

 伝言を預かっているとのことだったので、伝言を受け取る。

 冒険者とはアンジュとジェイドだった。

 リゼを見かけないため、心配して宿まで来てくれていたのだ。

 そして、銀翼館に顔を出すように言われていた。


(二人には悪いことをしたかな……)


 自分の言い方が悪かったせいで、かえって心配させてしまったことにリゼは心を痛めた。


 宿を出ると、日差しが眩しく感じる。

 足は自然と銀翼館へと向かっていた。

 歩いていると、気分の悪さも少しだけ和らいだ気分になるので、不思議だと思いながら、ゆっくりと歩き続けた。

 何人かの顔見知りの冒険者から声を掛けられる。

 体調を気にされる言葉ばかりなので、あまりに酷い顔なのだと、次第に自覚していく。

 銀翼館に到着したが、扉は施錠されていた。

 アンジュとジェイドは、クエストか何かで外出しているのだろうと、リゼは冒険者ギルドを新しい行き先に決めて、再び歩き始めた。

 途中で腹の虫が鳴り始めた。

 食欲が戻って来たと、体が訴えかけてきたのでリゼは、露店で胃への負担が少なそうな食べ物を見ながら購入する。

 歩きながら食べていると、噛むという動作をしていなかったのか、噛み続けると顎に痛みが走る。

 噛み疲れたという表現が正しいだろう。

 リゼは自分の体が、こんなにも軟弱なのだと気付き嘆く。


 冒険者ギルド会館に到着すると、暇な時間帯なのか、ほとんどの冒険者がおらずに受付嬢たちも事務作業をしていた。

 ここで待っていても仕方がないので、受付嬢にアンジュとジェイドへの伝言を頼むことにした。

 だが、なにを伝えればいいのか悩んだ末、「元気です」とだけ受付嬢に伝えると、受付嬢は笑っていた。

 帰ろうとするリゼの目の前に見慣れた表示が浮かび上がった。

 新たなクエストの発生だった。


「えっ!」


 そこには『シークレットクエスト発生』としか表示がない。

 通常なら続けて表示される『メインクエスト(+)』いや、今回は『シークレットクエスト(+)』が表示されないので、クエスト内容や成功報酬などが不明だ。


(シークレットだから?)


 腑に落ちない表情を浮かべる。

 クエスト内容が分からなければ、達成することは出来ない。

 逆に言えば、罰則もないということになる。

 立ち止まって考え込むリゼの姿は、周囲から見れば心配される様子だった。

 『シークレットクエスト発生』の表示が消えると、新たに『メインクエスト発生』が表示される。

 『メインクエスト(+)』を押すと、新しく『百人との会話。期限:十日』『報酬(魅力:二増加、運:三増加)』だった。

 人見知りのリゼにとって苦行と言えるクエストだった。

 単純計算で一日に十人との会話。

 なにより会話の定義が不明なので、挨拶を交わしただけでは会話にならないと直感で感じていた。


「はぁ~」


 思わず深いため息をつく。


「どうかしたのかい?」


 顔色が悪く立ち尽くすリゼを見て心配したのか、通りすがりの老人夫婦が声を掛けてきた。


「あっ、なんでもありません。ちょっと体調がすぐれないので……」

「だろうね。顔色がかなり悪いよ。立っているのも辛かろうに、あそこの日陰で少し休むといい」

「ありがとうございます」


 優しい老婆はリゼと一緒に建物の影までゆっくりと歩いた。


「冒険者かね?」

「はい、そうです」

「王都には、いつから?」


 老婆とは世間話をするが、リゼにとっては気が紛れるので有難かった。

 老爺はリゼに飲むようにと、飲み物を出してくれた。

 断るリゼだったが、夫婦に対して意固地になることは出来ずに、夫婦の好意に甘えさせてもらうことにした。

 二人はリゼに昔を懐かしむように王都のことを話す。

 次第に子供のことや、リゼと年齢が変わらない孫のことなどに話が変わる。

 リゼが子供のことを聞くと、冒険者になり孫が生まれて数ヶ月後に魔物に殺されたと――。

 すぐにリゼは謝罪するが、老人夫婦は「気にすることない」と、逆にリゼに気を使っていた。


「冒険者は安全な仕事ではない。だが、食べていくためには仕方のない場合もある。息子の嫁も、それを承知で一緒になってくれた」


 道行く人たちを見ているが、心はどこか違うところを見ているようだった。

 王都は魔物からの襲撃に関しては安全だが、その安全を担保しているからか物価も高い。

 だが老夫婦の話は徐々に人々の幸せや、世界についてと話が変わっていく。

 そして、リリアという女神の名を出して、リリア教に入らないかと勧誘をしてきた。

 リリア教の名を出したことで、世界への不満や救済などを真剣に話す。

 無償の優しさの裏には、なにかしらの思惑があるのだと痛感した。

 リゼは丁重に断りながら、このあと用事があることなどを伝えて、老夫婦に礼を言って、その場から去った。

 先日の話でリリア教以外の宗教は認めないと、各地で問題を起こしている宗教だと初めて知った。

 リリア聖国という名さえ初耳だった。

 強引な勧誘なども問題になっている要因なのかも知れないと思いながらも、入信している先程の老夫婦のように、信者たちは心から良いと思って活動をしているのだろう。

 宗教という武力とは違う勢力争いがあることを身をもって知った。


 リゼは道具屋に行き、ポーションやマジックポーションを購入する。

 その時に、店員や店主たちと最近の王都の物価事情や、仕入れの状況を質問する。

 興味があったわけではないが、会話をするための話題が無かったため、苦肉の策だ。

 同じように干し肉店などでも、いろいろと聞いて回ると、誰もが気さくに答えてくれた。

 リゼと商品の受け渡し以外で話をする人もいたので、「思っていた冒険者と違う」とリゼの人柄を分かってもらえる機会でもあった。

 何件も店を回って会話をするが、明日も同じ方法は使えない。

 なによりも、必要以上のものを購入しなくてはいけないこともある。

 通貨を支払うため、懐事情的にも痛手だった。


 顔見知りの冒険者に「アンジュとジェイドを見なかったか?」と聞いて、二言三言話すだけでも会話は成立していた。

 同じような方法で、顔見知りの冒険者を見つけるたびに話し掛けてみた。


 夕方になるまで町中を歩いていると、リゼがアンジュとジェイドを探していたと、クエストを終えて冒険者ギルド会館に戻った二人の耳に入る。

 アンジュとジェイドは顔を見合わせて、伝言のことを思い出して、自分たちが大事な用事があると勘違いしたリゼが、自分たちを探しているのだと思い、早々に銀翼館へと戻ることにした。

 銀翼館に戻って、暫くするとリゼが現れる。

 顔色は悪いが、思っていたほどでもなかったと、安心をするアンジュだった。

 リゼからの話を聞いて、魔力を無くして意識が無くなることを繰り返していたと聞いたアンジュはリゼに呆れていた。

 学習院で魔力枯渇する危険を知るために行う必修項目だ。

 アンジュやジェイドも経験があるので、リゼの気持ちが分かった。

 アンジュに至っては、魔力枯渇に慣れるために何度も試して、体調不良になった経験を持っている。

 今となっては笑い話だと、リゼに伝えていた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十六』(一増加)

 『魔力:三十』(二増加)

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十九』

 『運:四十五』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・百人との会話。期限:十日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(三増加)

■シークレットクエスト

 ・? 期限:?

 ・報酬:?

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