第176話

 王都への帰り道、リゼはジェイド相手に“ドッペルゲンガー”を使い、何度か戦ってもらった。

 ジェイドも対戦相手としては新鮮だったのか、喜んで相手をしてくれた。

 戦いが終わるとアンジュが感想を述べ、ジェイドとアンジュはお互いの意見をぶつけ合う。

 リゼは双方の意見は間違っていないと思いながら聞いていた。

 前衛の戦い方と、後方支援の戦い方。

 魔法を使うことで、前衛でありながらも、後方支援のような位置付けになると主張するアンジュに対して、ジェイドは前衛で魔法を使えばいいということだった。

 リゼに意見を求められたが、自分のことなのによく分からない発言をすると、アンジュに呆れられる。

 そして、会話を終わろうとしたリゼをアンジュは制止して話し始めた。


「そういえば、まだ見せていない魔法があるんじゃないの?」

「あっ!」


 隠していたわけではなかったが、忘れていたわけでも無い。

 アンジュやジェイド相手に使用する魔法ではないと、リゼは思っていたので使う気が無かった。

 それは“ドレイン”の魔法だ。

 武器に魔法付与して相手を攻撃すると、相手から体力を奪える魔法だ。

 体力を奪うという魔法に興味を示したアンジュやジェイドが、リゼに魔法を使うように促す。

 知り合い……仲間に攻撃することが出来ない。

 リゼは頑なに拒否をする。

 そこからは押し問答だった。

 結局、意志を曲げないリゼに根負けした形で、アンジュとジェイドの二人が折れた。

 ただし今度、一緒に魔物討伐する時には、かならず魔法を見せるようにと約束させられた。 

 魔法を習得して間もないので、アンジュは自分とジェイドの意見を参考にしながら、焦らずに戦闘スタイルを決めれば良いと優しい言葉を付け加えた。


「あそこにいるスライムで試したら、どうっスか?」


 早く魔法を見たいと思っていたジェイドが周囲を見渡していた。

 そして、指差す先に数匹のスライムの集団がいた。


「そうね。どんな感じなのか試すには丁度いいわね。どう、リゼ?」

「うん、試してみる」


 リゼはスライムが逃走しないように近付き”ドレイン”を発動させると、小太刀から黒いモヤのようなものが浮かびあがる。

 景色に溶け込むように上下に数字が表示されて、下の数字が絶え間なく数字が減っていく。

 すぐにスライムを討伐すると、上の数字がスライム一匹討伐すると一上昇することが確認出来た。

 アンジュとジェイドに、そのことを報告する。


「魔法の熟練度の問題なにか、討伐対象がスライムだったか、それとの一回の攻撃で魔力を一上昇させる能力なのかは、まだ分からないわね」

「そうっスね。見つけた魔物を片っ端から討伐すれば、分かるんじゃないっスか?」

「そりゃそうだけど、こんな大通りの移動だと弱い魔物しか見つけられないわよ。かといって、わざわざ森などの魔物たちの生息地域に入るのは御免だわ」

「少しくらい、いいんじゃないっスか?」


 戦闘をしたいジェイドと、余計なことはしたくないアンジュのぶつかり合いが続くが、リゼもアンジュの意見に賛成だったので、ジェイドの意見が通ることは無かった。


 

 王都に戻って来たリゼたちは、冒険者ギルドに討伐した証拠として、キラーエイプの魔石を受付嬢に渡して、報酬を受け取る。

 時間は昼過ぎだったので、三人で遅めの昼食を取ることにしたが、話は魔物や他のクランの話など、冒険者らしい会話だった。

 食事を終えるとアンジュとジェイドとは、ここで別れてリゼは一人で宿屋に戻ろうとする。


「じゃあ又、明日」

「あっ、明日と明後日は用事があるので」

「用事?」


 アンジュは首を傾げたが、リゼを無理に誘ったり、用事の内容を聞くことはなかった。


「分かったわ」


 と一言だけ発して、笑顔で別れた。


 宿屋に戻ると受付に「二日ほど、部屋に閉じ篭もるが心配無用」と事前に連絡をしておき、宿泊日数を十日延長した。

 金銭的にも徐々に厳しくなっていると感じていたリゼは、今後の身の振り方なども真剣に考える必要があると思い始める。


「さてと――」


 床に座り、アイテムバッグからマジックポーションを取り出して床に置く。


「とりあえず、五本あれば大丈夫かな?」


 クエストの魔力枯渇を行う準備を始める。

 効率よく魔力を使う方法として、“ドッペルゲンガー”と“シャドウステップ”を交互に発動しながら、その間に“ディサピア”を発動させる。

 魔力が半分を切ると、疲労が一気に増す感じがした。

 体全体が倦怠感に襲われているようだった。



 目を覚ますと、酷い頭痛と吐き気に加えて、眩暈もする。

 意識を失う前とは比べものにならないほど、体調不良だった。

 ステータスを開くと、魔力が十五だった。

 半分以上は回復していたが、この倦怠感などは魔力が枯渇した影響なのだろう。

 とりあえず、マジックポーションを飲み、魔力を二十五まで回復する。

 魔力は回復したが、自然回復ではないので体調不良が良くならない。

 経験してみないと分からないことだ。


「はぁ~」


 無意識に深いため息をつく。

 エールの飲みすぎで頭が痛いとか、気持ち悪いと言っている人たちの気持ちが少しだけ分かった気がした。

 同時に、こんなに辛い思いをするのにエールを飲み続ける人たちがいるということは、それほどエールが魅力的な飲み物だと証明していることにもなる。

 意を決して、“ドッペルゲンガー”と“シャドウステップ”を交互に発動する。

 一度目の時と同じように魔力が一桁に近づくと、一層体調が悪くなる。

 嘔吐しそうになるのを必死でこらえて、リキャストタイムを考えながら“シャドウステップ”を発動させる。

すると、立つのもやっとの状態になり、その場に片膝をつく。

 そして再度、“ドッペルゲンガー”を発動すると同時に、気を失った――。



 激しい吐き気を感じて目を覚ます。

 先程とは比にならないほど、気分が悪い。

 這いつくばりながら、ベッドへと移動して横になる。

 マジックポーションを飲んでも、気分が戻ることなかった。

 三日のクエスト期間があるということは、辛いので、一日一回程度が限界だったのかも知れない。

 アンジュに話したら、馬鹿だと言われて体の心配をしてくれる姿が想像できた。

 魔術師たちは、この苦しみに耐えているのだと思うと尊敬してしまう。

 街で出会う魔術師たちを見る目が変わった瞬間だった。

 さすがに今日は苦しいので、体調が戻ってから、魔力枯渇のクエストは再開しようと決めて、再び目を閉じた――。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 再び、目を覚ますと体調は少しだけ良くなった気がするが、胃に何かを入れようとする気分ではなかった。

 何とも言えない体調に、リゼは起き上がらずに天井を見ていた。

 時間の感覚が分からないので、自分が寝ていたのが一日だけだったのか、それ以上だったのか分からない。

 起き上がる気力が満ちるまで、天井を見続けている気だったが、一向に気力が沸き上がらないので、強制的に起き上がることにする。

 起き上がる時の反動で、胃液が逆流して喉が焼ける感じになる。


「うぅ……」


 微かに平衡感覚も失っているのか、頭痛と相まって今度は、壁の一点を見ていた。

 しかし、体を起こしていると辛いため、もう一度寝転び体を休めることにする。

 そして、思考能力も停止している状態に近いことから、気付かない間に夢の中へといざなわれた――。 

 


――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:二十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:二十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十九』

 『運:四十五』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・魔力の枯渇(三回)期限:十日

 ・報酬:体力(一増加)、魔力(二増加)

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