第163話

「全然駄目っス」


 どこでも殴ってこい! とばかりに両手を広げるジェイド。

 リゼは何度もジェイドを殴るが、力が入っていない軽い攻撃だけだった。

 

「駄目っス!」


 殴り掛かったリゼの拳をジェイドは簡単に握る。


「リゼさん、よく聞くっス」

「はい」

「リゼさんが人を傷つけられないことは分かったっス。でも、それが自分の大切な人を殺した相手でも同じですか?」

「……」

「何人も殺しているような悪党も殺すことが出来ないっスか?」

「……」


 ジェイドの問いにリゼは答えられなかった。

 それはリゼが逃げてきた内容だったからだ。


「もしもの話をするっス。リゼさんが殺すことが出来なくて悪党や魔物を逃がしたとするっス。その悪党や魔物がその後に何人もの命を奪ったら、それはリゼさんが原因になるっス」

「それは……」

「もちろん改心する人もいるかも知れないっス。しかし、人を殺めることを止めない悪党や、魔物が多いのも事実っス。本当であれば、殺されなくてもよい人たちが殺される。この事実をリゼさんも知っておいて欲しいっス」


 ジェイドの言葉がリゼに重くのしかかる。

「武器を使ってもいいですか?」

「もちろん、大丈夫っスよ」


 自分が人はともかく、魔物を殺せなかったせいで平和に暮らしていた人たちの生活を壊す……ジェイドに言われてリゼは決心する。

 とはいえ、決心してすぐに行動に移せる訳では無い。

 だが、その後のリゼは先程とは違い、ジェイドを攻撃する小太刀には力が入っていた。

 何度も何度もリゼはジェイドを攻撃する。

 寸止めしているという考えが、徐々に失われていく。

 そして……。


「す、すみません」


 リゼの小太刀がジェイドの脇腹をかすめて、血が垂れる。


「全然、大丈夫っス。それよりも、良い攻撃だったっスよ」


 笑顔のジェイドにリゼは困惑する。


「ったく、脳筋はこれだから」


 暇そうにジェイドとリゼを見ていたアンジュが立ち上がる。

 客観的に戦闘を見ていたアンジュがリゼとジェイドに感想を述べた。


「いやいや、あの速度に反応しただけでも凄いと思うっスよ」

「あれで満足しているようじゃ、その先に進めないわよ」

「分かっているっス」


 ジェイドとアンジュは意見を言い合っていた。

 リゼはジェイドを斬った小太刀を見ながら、これからは躊躇することなく攻撃が出来るようにと誓う。

 そう、決して目の前の現実から逃げることなく――。


「ついでに、奥の森で魔物討伐でもするっスか?」

「いいわよ。先に倒した方が勝ちでいいわよね」

「じゃあ、行くっスよ」

「私もですか?」

「当り前でしょう」


 知らず知らずのうちに、リゼもアンジュとジェイドに巻き込まれていた。

 リゼの承諾は必要ないのか、さっさと二人は歩いていくので、リゼも遅れを取らないように、二人の後を追った。

 ・

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 ・

「この辺でいいかしらね」

「そうっスね」


 普段から二人でやっているのだろうか、既に戦闘態勢になっていた。

 遅れてリゼも小太刀を抜いて戦闘態勢をとる。

 周囲を警戒しながら、気を張る時間が続く。

 そして、アンジュに近い草から音が聞こえたので、三人は一斉に体の方向を変えた。

 姿が現れた瞬間にジェイドが一気に距離を詰める。

 遅れてリゼも走り出す。

 アンジュも詠唱を始めた。

 しかし、はっきりと体が全て見えると、ジェイドとリゼは足を止める。

 アンジュも詠唱を止めた。


「あれ、ダンテじゃない⁈」

「傷だらけっス。これを飲むっス」


 魔物でなく人間。しかもアンジュとジェイドの知り合いだった。

 ジェイドはアイテムバッグからポーションを取り出して、傷付いているダンテに飲ませる。


「一体、何があったのよ」


 話せる状態になるのも待たずに、アンジュがダンテに質問をする。

 ダンテは”月白兎つきしろうさぎ”というクランに所属している冒険者らしい。

 王都に近い森なので、強力な魔物は生息していない。

 どちらかと言えば、薬草の群生を確認することが大きい。

 調査の際に魔物と戦闘になることもあるが、比較的強い魔物は生息していない。

 一人で行動しているはずがないダンテに、これだけの傷を負わせる魔物がいるはずがない。

 アンジュとジェイドは同じことを思っていた。


「野盗に襲われた」


 ダンテたちは商人の護衛クエストをしていた。

 王都と街との往復だったが、王都に戻っている途中で依頼主の商人から「時間が押しているので、近道をしたい」と提案された。

 もちろん、道順は事前に依頼主と相談して決めた道順になるので、急な順路変更は契約違反になる。

 議論の結果、報酬の追加などを条件に紅鷹の冒険者は順路の変更を受け入れた。

 そして、この決断が間違いだった。

 森を横断しようと、森に入ってすぐに野盗集団に襲われたのだ。

 大規模な仕入れだったため、馬車二台を冒険者も九人で護衛していた。

 襲ってきた野盗集団は数で勝っていたので、雇い主の商人たちを守りながらの戦闘は、紅鷹たちにとって不利だった。

 それに昼の襲撃に加えて夜襲と時間を選ばずに襲ってくる。

 常に気を張る状態に休まる時間がないため、徐々に疲労が溜まっていく紅鷹の冒険者たち。

 それ以上に依頼主の商人の疲労が大きかった。

 自分の選択のせいで、この事態を招いてしまったという責任もある。

 精神的にも辛い状況だった。

 野盗の狙いも疲れ切ったところで一気に荷物を奪うつもりだと、紅鷹たちも分かっていた。

 このままではいずれ全滅するという考えが、紅鷹の冒険者たち全員の頭を過ぎる。

 考えた末、依頼主と相談して紅鷹の冒険者二人を先行で王都に向かわせて、応援を頼むことにする。

 野盗の襲撃ともなれば、騎士団も動いてくれる。

 念のため、冒険者ギルドへの発注するための用紙も持たせる。

 その二人の冒険者の一人が、ダンテだった。

 もう一人の冒険者”シアクス”とは森で野盗の襲撃を受けて離れ離れになってしまったそうだ。

 シアクスを王都に向かわせるために、野盗たちを足止めしようとしたが、何人かの野盗がシアクスを追ってしまった。

 追った野盗の人数からもシアクスが逃げ切れる可能性が低い。

 野盗を振り払って王都まで辿り着いてくれればいいが……と、悔しそうに話した。


 アンジュとジェイドの視線が重なると、ジェイドはダンテの肩を抱き上げる。


「自分が王都まで一緒に行くっス」

「すまない」


 少し歩けば森を抜けるので、リゼとアンジュも周囲を警戒しながら進む。

 森を抜ければ見通しの良い平野になるので、野盗から襲撃される確率は下がる。

 なにより身を隠せるものがないので、近寄ることも難しい。


「頼んだわよ」

「分かっているっス。ダンテと一緒に必ず王都に戻るっス」


 アンジュがジェイドにダンテを託した。

 リゼは一緒に王都に戻るものだと思っていたので、予想と違う状況に戸惑う。


「行くわよ、リゼ」

「行くって?」

「シアクスを助けによ」


 迷わず答えるが、言葉を交わすことなくジェイドと意思疎通が出来ていたことにも驚く。


「嫌なら来なくてもいいわよ」


 戸惑うリゼに強い口調だった。

 アンジュはリゼから視線を外さず、リゼを見続ける。


(助けに行かなければ、助かる命が助からない)


 リゼは自分が試されている。

 それはアンジュにではなく、自分自身の気持ちに対してだ。

 人を傷つけられることなど考えることなく、リゼは答える。


「もちろん、行きます」

「そう。急ぎましょう」


 アンジュとリゼは森の方にシアクスを探すために戻った。 



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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