第164話

 むやみに森の中でシアクスを探すわけにはいかない。

 野盗たちに自分の居場所を知られて、襲撃に合う可能性が高いからだ。

 ダンテが流したであろう血の跡を追っていく。

 暫く行くと大きな戦闘があったのか、草が倒れて傷付いた樹などを発見する。

 地面には血の跡が残っている。

 そして、三人ほど倒れているが、既に絶命しているのは間違いないがアンジュが確認する。

 うつ伏せになっている死体は蹴って仰向けにする。

 装備からシアクスではないと分かっていての行動だろう。

 なにかに気付いたアンジュは、しゃがんで何かを確認していたが、すぐに立ち上がり周囲を見渡す。

 来た方向とは別の方向に血の跡があることに気付く。


「野盗が大人数だったら?」

「私の魔法で対応するわ」


 リゼの問いにアンジュは自信に満ちた力強い返事だった。

 だが、自分が不安な表情を少しでも見せてしまうと、リゼにも不安が伝わると考えて、敢えて力強く返事をしていた。


「多分、野盗の多くは荷物を積んである馬車に人数を割いているはずよ。追手を向けたとしても数人だと思うわ。なにより、ダンテの傷は剣などで切られた傷ばかりだったから、魔術師はいないと判断している」


 周囲を警戒しながら視線を合わせることなく、アンジュはリゼに説明をする。

 アンジュの説明を聞いて、ダンテの傷から情報を読み取ったことに驚き、実力の差を思い知らされた。


「冒険者として情報を見落とすことは、死に近付くことになるわ。だからこそ、些細なことでも見落とさないようにしなさい」

「はい」


 圧倒的な経験の差を見せつけられたリゼは、アンジュの言葉通りに周囲をより細かく見るようにした。


「あれっ!」


 草むらに人が倒れている。

 駆け寄ろうとするリゼをアンジュが止める。


「野盗かも知れないわ。それと極力、声を押さえて!」


 アンジュの目は真剣だった。

 リゼの失態で自分まで危険に巻き込まれるからだ。

 アンジュの言葉を受けて、自分がいかに愚かだったかを感じていた。

 突然、起き上がって攻撃しないかを注意しながら、距離を詰める。

 倒れているのは男性のようだが、体の下に大量の血溜まりが広がっていた。

 アンジュが警戒しながら近付くが、既に絶命していた。


「シアクスじゃないわ」


 倒れていたのが野盗かと思うと、アンジュは立ち上がり周囲を見渡す。

 リゼは目の前で血溜まりの中にある死体に、心臓の音が早く大きくなっているのが自分でも分かっていた。


「リゼ、大丈夫?」

「あっ、はい」


 アンジュは顔色の悪いリゼを心配する。

 そして、リゼを同行させたことを少し後悔していた。

 野盗に襲撃された際に、まともに戦えるのか? と死体を見て固まるリゼを見て考えていた。


「あっちね」


 アンジュは草を踏みしめた箇所を発見する。

 草に血の跡も発見する。

 血の量からシアクスが大きな怪我をしていないと、アンジュは推測した。

 しかし、止血しているだけかもしれないので一刻を争うことには間違いない。

 アンジュの後に付いていくしかないリゼ。

 いかに冒険者として未熟だったかを痛感していた。

 又、倒れている野盗を発見する。

 野盗と分かったのは、装備が先程まで殺されていた野盗と同じような物だったからだ。

 ここでの戦闘でシアクスも傷を負ったのか、血の跡が増していた。

 アンジュは血の量からも最悪のことを考えながら、慎重に進んでいく。

 シアクスの職業は盗賊だ。

 ダンテがシアクスに任せたのも納得出来る。

 ただしアンジュが知る限り、強い冒険者では無かった。

 アンジュは自分の勘を信じて、シアクスはまだ森の中にいると思っている。


 樹の影に気配を感じたアンジュがリゼに視線を送り知らせる。

 アンジュは左右から回り込むように、指でリゼに指示をする。

 物音を立てないように近付く。

 次の瞬間、樹の影からリゼに向かって襲い掛かって来る。


「死ね!」


 装備から野盗だと分かったが、緊張していたリゼは一瞬、反応が遅れる。

 だが、十分に回避できる速度だったので、リゼは野盗の攻撃を躱す。

 しかし、攻撃を躊躇しているリゼは野盗の攻撃を躱すだけだった。

 アンジュも樹を利用して動き回る二人に、上手く照準を合わせられないのか、リゼを援護することが出来なかった。


(どうしたら……)


 自分の思惑と違う展開に表情には出していないが、アンジュも戸惑っていた。

 地形を上手く利用したリゼに、野盗も焦っていた。

 その時、アンジュと視線が重なる。

 アンジュの視線からリゼはジェイドのように、アンジュの考えを読み取れないかと思ったが、一瞬だけではアンジュの考えが分からなかった。

 実際、アンジュもリゼに伝えたいことが纏まっていなかったので、リゼが感じたことは間違いではなかった。

 リゼは少し切り開かれた場所まで、野盗を誘導する。

 炎系の魔法を使うアンジュが魔法を使用し辛いと、リゼは考えていたからだ。

 野盗もリゼの巧みな誘導に気付いていない。

 隠れる場所がない所に来たことで、野盗はリゼの判断ミスだと思い猛攻を仕掛ける。

 しかし、一対一での戦いでもリゼが負けることは無かった。

 オーリスで冒険者に鍛えて貰ったことや、銀翼での戦闘、金狼のアンバーに比べれば、余裕で躱せる。

 リゼは野盗の背後を取り、小太刀を脇腹に当てようとするが腕が動かなかった。


(どうして……)


 思い通りにならない体にもどかしさを感じる。

 攻撃を躊躇ったことが野盗に見抜かれる。

 自分が傷つけられないと確信した野盗の攻撃は、より過激になる。

 焦るリゼだったが、大振りな攻撃は予想しやすく、攻撃し終えた瞬間に体勢を崩して、体がふらつく。

 リゼは野盗の足に自分の足に掛け、野盗を転倒させる。

 すぐに小太刀を突き付けるが、リゼにはそれ以上できなかった。

 野盗はリゼを突き飛ばすと、そのままリゼに襲い掛かる。


「ぐぁ!」


 野盗が悲鳴をあげる。

 アンジュの”フレイムバースト”が野盗を襲う。

 焼け爛れた野盗は地面をのたうち回っていた。

 体の火が消える頃、野盗は息絶えていた。


「ありがとうございます」

「別に。こっちこそ、この場所に誘い込んでくれて助かったわ」


 消し炭と化した野盗を見ながらアンジュは答える。

 躊躇なく人を殺す相手にも、殺すことはおろか傷つけることさえ出来なかった。

 ジェイドに言われた言葉が頭の中で過ぎる。

 確固たる信念に基づいて行動をする自信があった。

 しかし実際は……。

 リゼは「自分に信念があるのか?」と自問自答する。

 躊躇うこと自体が信念に基づいていない。


「シアクスを探すわよ」


 アンジュはすぐに、シアクス捜索を再開する。

 リゼが考え込んでいるのは分かっていたが、今は一刻を争う時なので、リゼに構っている時間は無い。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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