第161話

 その酒場の空気が重かった。

 少し前までは昼でも陽気に騒いでいたのだったが、二人の男が来店したことで空気が一変した。

 対立するクランの有名な男たちだったからだ。

 金狼のリーダーであるコウガと、銀翼のクウガ。

 一般的には犬猿の仲の二人が揃って来店することなど考えられない。

 もしかしたら、この店で喧嘩が始まるかも知れない危機感を感じながら、接客する店員も緊張していた。

 来店からカウンターまで歩く間でさえ、店内は沈黙に近い静けさになっていた。

 男二人はカウンターの端に並んで座った。


「エール二つ」


 クウガが店員に伝えると、店員は迅速に対応する。


「ここは俺が奢ってやるよ。勝者の余裕って奴だ」

「有り難く御馳走になってやる」


 クウガの言葉にコウガも負けずに答える。


「おい、酒の肴になるものを適当に二品頼む」

「は、はい」


 コウガは店員に注文を終えると、笑いながらクウガに話す。


「酒の肴は俺のおごりだ。気にせずにつまんでくれ」

「ふんっ」


 先程のクウガの言葉に対抗するかのようだった。

 この会話だけでも、店内では聞き耳を立てている客が何人も居た……が、


「あぁん、俺たちの話を盗み聞ぎしている奴らがいるな」

「ほぉ~、それがどういうことか分かっているってことだよな」


 コウガが振り返り客を見渡すと、クウガも呼応する。

 すると、近くにいた客たちが我先にと帰って行った。

 しかし、遠くにいる客たちには聞こえなかったのか、帰っていく客を不思議そうに見ていた。


「おい、これって営業妨害じゃないのか?」


 クウガがコウガに冗談っぽく話すと、コウガは「大丈夫だ」とだけ答える。

 そして、注文していたエールと肴が運ばれる。

 何も言わずに二人はエールの入った器をお互いぶつけて、一口飲んだ。

 店員も新しい入店客が来ると、騒がないように他の客と協力して、クウガとコウガの存在を気付かせるようにしていた。

 もちろん、気付いた客は大人しく席で飲んでいた。

 クウガとコウガも、この店の常連なので何度も顔を合わせている。

 その度に店内で喧嘩をしているので、二人が横に座っている静かに会話をしている光景が嘘のようだった。

 もっとも喧嘩の原因は大抵がクランの下っ端同士による些細なことだ。

 金狼のメンバーから他のクランへ喧嘩を売る。

 強いクランに入ったことで、自分も強くなったと勘違いしている冒険者が一定数いる。

 人数が多いクランならではの弊害だ。

 そのせいで金狼はギルドへの罰則対象になることもある。

 コウガは迷惑を掛けた店や、相手クランの元へ謝罪に足を運んでいた。

 余程のことが無い限り、クラン同士の争いになることは無い。

 銀翼の場合、文句を言う相手がアンジュかジェイドくらいしかいない。

 しかし、二人とも相手にしていないため毎回、軽く受け流している。

 一方的に捲し上げる金狼のメンバーは傍から見れば情けない姿だ。

 一度だけ、アンジュとジェイドが切れて金狼と街中で抗争になりかけた。

 原因は金狼のメンバーが他の冒険者に向かって、非道な振る舞いをしていたことを注意したアリスとジェイドに向かって、アリスやローガンたちを馬鹿にしたことが原因だった。

 事情を聞いたアルベルトたちは、アンジュとジェイドを叱ることはしなかった。

 そして、アルベルトは銀翼全員で金狼が根城にしている家に向かう。

 だが、途中でコウガが一人道中でアルベルトたちを待ち受けていた。

 事情は全て知っていたようで、非は自分たち金狼にあるということで謝罪を受ける。

 そして、騒ぎを起こした冒険者を除名とした。

 除名された冒険者は、今まで金狼と言う看板で大きな顔をしていたせいか、一部の冒険者たちから恨みを買っていた。

 この南地区で活動することは難しい。

 他の地区にあるギルドか、王都を出ての活動になる。

 しかし、悪評と言うのは広がるのは早い。

 王都でも西地区へ流れるしかないが、クランの看板で威張っていた冒険者が通用する地区ではない。

 クウガもコウガの苦労を知っている。


「あの攻撃は意図的か?」

「いいや、リゼは人を攻撃できない」

「やっぱり、そうか……」


 アンバーとの戦いで、コウガはリゼの攻撃に違和感を感じていた。

 その違和感を確かめるために、クウガに確認した。

 クウガもコウガの質問の意図が分かったので、素直に答える。


「しかし、冒険者としては致命的だな。銀翼に入れないのも、それが原因か?」

「いいや、違う。それもあるが、実力的にも銀翼に入れるほどではない」

「銀翼は厳しいな」

「それは金狼だって同じだろう?」

「さぁ、どうだろうな。それで、俺にやらせることって、なんだ?」


 コウガが賭けに負けた条件について、クウガに聞く。


「あぁ、簡単なことだ。俺たちが王都にいない間だけ、リゼを守ってやって欲しい」

「守る?」

「変な冒険者に利用されたりしないかだ。別に四六時中警護するとかって意味じゃない」

「ふ~ん、要は変な虫がリゼに、ちょっかい出さないように見守れってことか」

「まぁ、そんなとこだな。良くも悪くもリゼは正直すぎるからな」

「正直すぎる……か。たしかに」


 コウガは先程、自分の誘いを即答で答えたリゼのことを思い出す。


「しかし、なんでお前はリゼに、そこまで目を掛けるんだ? そんなに心配なら無理にでも――」


 最後まで言わずに会話を止めた。


「まだ、あの冒険者のことを気にしているのか?」


 コウガとクウガは同世代なので、ノアのことは知っていた。

 ノアの事件の時、コウガは銀狼に所属していた。

 そして当時、ノアを殺害した犯人たちは銀狼所属の冒険者だった。

 良からぬ噂はあったが、クランとして積極的に噂の真相を解明しようとは思っていなかった。

 当時はクランは人数こそが、クラン大きさを示していたからだ。

 だから来るものは拒まずに、誰でも受け入れていたりした。

 ノアの事件が起きた時期、同じように非人道的な事件が多く起こっていた。

 静観していた冒険者ギルドも、国民の不安を煽ると考えて、冒険者ギルドの規約を大きく変えた。

 ノアの事件で、銀狼の名も地に落ちてしまい、王都にいた人々たちから同類と思われ、銀狼に入ろうとする冒険者も減少する。

 その後、白狼と合併して今の金狼になった。

 コウガは金狼の三代目リーダーになる。

 だからこそ、自分勝手な理由でクランに迷惑をかける者には容赦しない。

 その反面、クランに忠誠を誓う者の強さに関係なく面倒を見ていた。


「リゼには申し訳ないが、これは俺の贖罪だ」


 言い終わるとクウガはエールを一気に飲み干した。

 コウガはクウガの一言で、クウガの意図を汲み取った。


「……面倒臭い奴だな」


 そして、小声で呟く。


「何か言ったか?」

「いいや」


 コウガはクウガの意思を尊重する。

 クウガとアルベルトは、ノアを殺したのが銀狼の冒険者だったと知っても、銀狼の冒険者に喧嘩を売ったりするようなことはなかった。

 当時の銀狼のリーダーからの謝罪も、「クランは関係ない」と追い返されたと聞いていた。

 多分、ノアを守れなかった自分たちの弱さを悔いているのだと、今のクウガの言葉を聞いて感じた。

 そして、その思いは今も変わらないことも……。

 過去に拘ることは悪いことではない。

 しかし、過去に捕らわれても良いことは無い。

 多分、そのことをクウガも知っているはずだが、自分でもどうしようもないのだろうと感じながら、クウガの話を最後まで聞いた。


「金狼のリーダーとして、必ず約束は守る。安心しろ」

「頼むぜ」


 クウガとコウガは、お互いの器をぶつけて、器に残ったエールを一気に飲み干した。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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