第160話

「ほらよ」


 クウガから白い布を渡される。


「その、負けたら……すみません」


 リゼの言葉にクウガはリゼの頭を軽く小突く。


「やる前から負けることを想像していたら、勝てる戦いも勝てないぞ」

「は、はい」

「俺はリゼが勝てると思ったから、賭けに乗ったんだ。自分が信用できないなら、俺を信用しろ」

「クウガは信用できないから、私を信用してもいいわよ」

「アリス!」


 緊迫した空気を一掃するかのように、アリスが笑顔で話しかける。

 若干の緊張が取れたリゼは渡された布を綺麗に折り、髪をかき上げて頭に巻く。

 対戦相手のアンバーを見ると、コウガから渡された赤い布を、そのまま頭に巻くとリゼの髪のように長く風に揺れていた。


(思っていたよりも長い)


 右手に持つ槍を見ながら、リゼは頭の中でアンバーの攻撃方法をいろいろと考えていた。


(最初の突きをかわして、アンバーさんの懐に潜り込めば……)


 自分の体格と俊敏性を生かした戦法で最初は挑もうと考える。


「向こうは準備が終わったようだな」

「私も大丈夫です」


 リゼの返答で、クウガとコウガの視線がぶつかる。

 言葉は交わさなくても、既に戦いが始まったことが分かったのか、クウガはアリスとアンジュを連れて、後方へと移動する。

 同時にリゼのアンバーが歩き出して、自然と距離を取り止まった。


「始めてもいいか?」

「はい、いつでも大丈夫です」


 リゼは小太刀を抜き構える。

 アンバーも穂をリゼに向けて構える。

 静寂な時間が数秒続くと、リゼは一気にアンバーへと距離を縮めた。

 アンバーもリゼの攻撃が予想通りだったのか、連続でリゼに向かって槍を突き出す。


(大丈夫。この速さなら避けられる)


 アンバーから繰り出される槍を避けながら、致命傷になりやすい穂の部分をかわしきって、アンバーとの距離を更に縮める。


(よしっ! このまま――)


 リゼがアンバーの懐で左右に移動しようとすると、左胸に痛みが走ると同時に大きく右側に弾き飛ばされた。


(えっ!)


 一瞬のことでリゼは何が起こったか分からなかったが、左胸の痛みで自分が槍の柄部分で弾かれたことを理解する。

 そして、自分の考えが甘かったこと。

 槍は穂だけを気を付ければよいという考えを捨てた。


「なかなかの素早さだな。だが、ただそれだけだ」


 アンバーは穂をリゼに向けると、そのまま槍を細かく上下左右に動かす。

 槍が蛇のようにしなかやに湾曲して、縦横無尽な動きを始めた。

 初めて見る槍の動きに、攻撃を躊躇するリゼ。

 その様子を見て好機と判断したアンバーは、片膝をついたままのリゼに襲い掛かった。

 曲がりくねる槍だったが、リゼは穂を意識しながら避けるのが精一杯だった。

 しかし、アンバーは初見のリゼに攻撃を避けられていることに苛立つ。


(くそっ! なんで避けられるんだ)


 苛立ちの影響か、徐々に攻撃が雑になっていく。

 リゼはアンバーの攻撃パターンが変わったことに気付く。

 先程の失敗を思い出しながら、穂を回避してアンバーとの距離を縮める。

 柄からの攻撃を知ったからか、薙ぎ払う攻撃も難なく避けるとアンバーが体勢を崩しながら、接近してくるリゼに蹴りを入れる。

 しかし、リゼはアンバーが蹴りを出すことが分かっていたのか体勢を崩した隙に、額の布を小太刀で切ろうとする……が、体が硬直して切っ先さえもアンバーの額に当てることが出来なかった。

 このリゼの攻撃に、観戦していたコウガが眉をひそめた。



 攻撃を受けていたアンバーも、リゼの攻撃がフェイントなのか分からずに違和感を感じながら、窮地を脱出できたことで平常心を取り戻そうとしていた。

 リゼを見据えながら、アンバーは深い深呼吸を一度、さらにもう一度して呼吸を整える。

 千載一遇のチャンスを逃したリゼは、未だに他人を傷つけることが出来ない自分の不甲斐無さを痛感していた。

 リゼの不自然な攻撃を警戒しながら、先程と同じように槍の柄を大きく湾曲させてリゼとの距離を詰める。

 アンバーが一歩進むとリゼも一歩下がる。

穂を見ながらリゼは自分の有利な間合いを計り、アンバーとの距離を保つ。

このまま無駄に時間が経過するわけにもいかない。

リゼは覚悟を決めて攻撃の的にならないように、左右に体を振りながら、アンバーの横に移動しようと走る。

しかし、実戦経験が豊富なアンバーの方が一枚上手だった。

柄を短く持っていたため、リゼの接近に合わせて、本来の持ち手部分まで槍を移動する。

リゼは、一気に槍が伸びて穂が自分に迫ってきたことに驚き咄嗟に右足で踏ん張り、アンバーの攻撃を間一髪かわすと、穂に触れた髪が切れて宙に舞う。


(ほぉ、あれもかわすか)


 コウガはアンバーの攻撃を避けたリゼに感心していた。

 切り札の一つである攻撃を避けられたアンバーは驚きよりも、苛立ちが最高潮に達していた。

 まだ、冒険者になったばかりのようなリゼに自分の攻撃を尽く回避される。

 冒険者として過ごした、いままでの経験を踏みにじられている気分だった。

 だが、勝機がないわけではないと考えるアンバーは、先程以上に槍の柄を大きく湾曲させてリゼとの距離を詰める。

防戦一方のリゼだったが、今の攻撃を回避したことで思いついたことがあった。

あとは実行できるかだったが、リゼは考えるより先にアンバーに突っ込んでいく。

 穂を避けるとき、少しだけ大きく避ける。

 リゼへの追撃をしようとするアンバーに反力が掛かるため、体への負担が大きくなる。

 しかし、アンバーも気力を振り絞る。


「おらぁ!」


 体全体で大振りのように槍を振り回すアンバーを避ける。

 攻撃の反動でアンバーの体は回転をして、ほんの少しだけ体勢を崩す。

リゼは小太刀で切り付けようとするが、すぐに体勢を立て直したアンバーは、背後にいたリゼを柄の先で攻撃をする。

 柄の先端で攻撃をされると思っていなかったリゼは、アンバーの攻撃を鳩尾みぞおちに受けて、片膝をつく。

 アンバーが追撃しようと穂をリゼに向けて、そのまま突き出す。


「そこまでだ」


 攻撃を繰り出したアンバーの槍を、コウガが柄をつかんで止める。

 コウガと目が合ったアンバーは、これ以上はリゼが怪我をすると思い止めたのだと、槍を下す。


「惜しかったな。アンバー、お前の負けだ」

「えっ! コウガさん、何を言っているんですか」

「布を切られたから、お前の負けなんだよ」

「お、俺の布は切られてませんよ‼」


 アンバーは頭に巻かれた布を指差して、コウガに反論する。

 興奮するアンバーに向かって、コウガは静かに視線を外して、アーバンに見ろという態度を取る。

 コウガの視線の先を見たアンバーは愕然とする。

 地面に自分の頭に巻かれていた赤い布の一部が落ちていた。

 アンバーは自分の頭から布を外すと、布の端部が一部切られていたことに気付く。


「こ、これは違うでしょう。頭から布を奪うか、切り落とした方が勝ちじゃないですか」

「それはお前の勝手な解釈だろう。勝利条件は布を奪うか、布を破いたり傷つけた方が勝利だ」

「で、でも……」


 アンバーは納得していない様子だったが、コウガの言葉に間違いない。

 リゼはアンバーの頭を狙わずに、長く宙に舞っていた布を小太刀で切り付けても良いことに、自分の髪が舞った時に気付いたのだ。

 しかし、アンバーの布を切れたのは偶然が重なったからだ。

 リゼ自身、宙に舞った布を小太刀で切り付ける動作をしたが、切れたかどうかは分かっていなかったのだ。


「くそっ!」


 アンバーは握っていた布を地面に叩きつけると一呼吸おいて、冷静さを取り戻す。


「悔しいが、お前の勝ちだ」


 アンバーは自分の敗北を認めると、片膝をついたままのリゼに右手を差し出す。

 リゼは出された右手を握って立ち上がった。



 賭けに勝ったクウガは満面の笑みで、コウガへの頼み事を楽しそうにしていた。

 と言っても、嫌がらせに近いようなことばかりなので、話を聞いているコウガとは口喧嘩に近かった。


「まぁ、冗談はおいといて……この後、ちょっと付き合え」

「それが賭けに負けた罰って、わけでもないな」

「当たり前だ」


 コウガは金狼のメンバーたちに解散するよう伝えると、クウガと二人でどこかに行ってしまった。


「この後、食事って感じでもなくなったけど……どうする?」

「え~、私は行きたいです」


 戦い終えたリゼを心配するように優しく話し始めた。


「私なら大丈夫ですが……お店に入るには汚いですかね?」


 リゼは自分の体を見て汚れて埃っぽいことを気にしていた。


「大丈夫よ」


 アリスとアンジュは、リゼの心配事を笑っていた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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