第159話

「はいはい、いつものことね」


 アンジュが深いため息をつきながら、億劫な表情をしていた。

 同族嫌悪。

 クウガとコウガの二人が互いに抱く印象だろうと、アリスは思っていた。

 ただでさえ、名前も一文字違いなのに、一匹狼を気取るくせに、誰よりも仲間思いなのを表面に出さない。

 クランは違えど、クウガとコウガに一目置く冒険者は多いことは間違いない。

 なによりも、クウガとコウガ自身も、お互いを認め合っていることを知っている。

 ただし、コウガは歴史ある大規模クラン金狼のリーダーだ。

 どこに行くにも、多くの仲間を引き連れていた。

 方や、クウガは少数精鋭の役職無しの冒険者。

 クウガがコウガと喧嘩をすることは、クラン同士の抗争を招く発端になる。

 しかし、クウガはコウガに対して、クランは関係なく一人の冒険者として接していた。

 自分に対して、不快な発言を気にせず言うクウガを腹が立つことはあっても、恨んだりするようなことは無かった。

 自由気ままなクウガを見ながら、心のどこかで羨ましいとコウガは感じていたのだ。

 クウガも売り言葉に買い言葉で喧嘩口調で絡んでくるコウガのことを気に入っていた。

 出会う時期や場所が違えば、良い仲間になっていたと思うこともあった。


 犬系クランのリーダーであるコウガと、猫系クランのクウガ。

 お互いに認めているが、決して仲良くすることは無い。

 今回も、犬系と猫系のことが発端だった。


「ん? 新顔がいるな……銀翼のマスコットか?」


 アンジュと話すリゼを見て、コウガがクウガに質問をする。


「違う。ちょっと訳ありで、少しの間だけ面倒を見ているだけだ」


 クウガの言葉や表情、アリスの反応を見てコウガはリゼが、ただの知り合いでないことを感じ取る。


「コウガさん」


 仲間の一人がリゼの情報を伝える。

 王都まで護衛クエストをしていたツインクルたちからの情報もある。


「ふ~ん、なるほどね」


 リゼの下から上へと全身を見ながら、面白いことでも思いついたかのように笑った。


「リゼと言ったか? お前、俺たちのクランに入らないか?」

「お断りします」


 コウガが言い終わるのが早いか、リゼが話し始めたのが早いか分からないくらいの即答だった。

 あまりの早さに笑っていたコウガも呆気にとられる。

 金狼のメンバーたちも同様だった。


「あははは」


 静寂を破るように、クウガの笑い声が響く。

 続くようにアリスとアンジュも笑い始めた。


「そ、その、違うんです」


 リゼは言葉不足で誤解を招いたかもしれないと、必死で理由を説明する。

 しかし、コウガはリゼの説明よりもクウガたちの笑い声しか耳に入らなかった。


「銀翼が目を掛けるだけの人材ってことか」


 自慢ではないが、金狼に入りたいと志願してくる冒険者は多い。

 コウガ自身、何度も自分の目で気に入った冒険者がいればスカウトもしてきた。

 それが他のクランに所属していてもだ。

 クランを決めるのは冒険者だから、冒険者がクランとあと腐れなく脱退すればの話だ。

 綺麗にクランを辞めることが出来ないのであれば、それまでの冒険者だったとコウガは思っている。

 今の一度も、自分の誘いを即答で断る冒険者などいなかった。

 怒りなどは無く、ある意味清々しいとさえも思いながら、肝が据わった冒険者だと勘違いしながらリゼを見ていた。

 しかし、金狼のメンバーは、リーダーであるコウガに恥をかかせたと思い、リゼに対して怒りを滲ませていた。


「お前ら、何を怒っているんだ。誘ったら断られただけだろう。クランの出入りは冒険者の自由だ。このことでリゼに変なことでもしたら、俺が許さないからな」


 コウガの一言で、金狼のメンバーたちはリゼから視線を外す。


「と言っても、俺としても面白くないわけだが……うちのメンバーと戦ってみる気は無いか?」


 クランのメンバーを無理やり抑えたところで、反抗する者は出る。

 そのような輩を出さないために、コウガはリゼに提案をした。

 コウガ自身、リゼの実力を見てみたいとも思ったからだ。


「えっ!」


 リゼは首を左右に振り、クウガやアリスを見るが、二人とも笑っているだけだった。

 大事な決断は人任せにしない。

 二人からの無言のメッセージだった。

 とはいえ、対人戦がまともに出来ないリゼへの不安はあった。


「クウガ‼ 賭けでもするか?」

「賭け?」

「あぁ、そこのリゼが勝てば、俺がなんでもお前の言うことを一つ聞いてやる。負けたら……言わなくても分かっているよな?」

「相変わらず、嫌な奴だな」


 文句を言いながらもクウガは笑っていた。


「受けてやる。今から、お前の吠え面が楽しみだぜ」

「それは、こっちの台詞だ!」


 当事者のリゼを放っておいて話が進む。


「リゼ。どうするの?」


 アンジュが戸惑うリゼの肩に、そっと手をやる。


「どうするって……」


 とても断る状況ではない。

 戦うことは別に嫌ではないが、自分が負ければクウガの……銀翼の名前に傷がつく。

 逃げるわけにはいかないことも分かっているリゼは深く呼吸をして答えた。


「戦わさせて下さい」


 リゼの言葉を聞いたクウガとアリスは嬉しそうな表情を浮かべる。

 自分の意思で、はっきりと言葉にしたからだ。


「決まりだな。うちのクランからは――」

「コウガさん。俺にやらしてもらえませんか」

「アンバーか。実力的に……どうなんだ?」


 あまりに実力差があると賭けが成立しないことから、コウガはクウガに確認する。


「実力的にはアンバーの方が上だしな……一つ条件を付けていいか?」

「条件?」


 クウガはリゼとアンバーとでは実力差が開きすぎているので、お互いに頭に布を着けて、その布を奪うか破く等の傷を付けた時点で勝利を確定する提案をする。


「そんなことか。別に構わんぞ」

「はい」


 クウガの提案をコウガは受け入れながらも、戦うアンバーにも確認をした。


(アンバーは銀狼でも実力が上だが、背格好からもリゼは冒険者になったばかりだろう。実力経験共に間違いなくアンバーが上だ。それに武器は短剣の類だろう。アンバーは槍だ。身長に加えてリーチ差を埋めるには、それなりの敏捷性が必要だが……)


 コウガはクウガの思惑が気になっていた。

 何かしらの確信があっての提案だと思っていたからだ。


(あのクウガが、みすみす負けるような提案はしないはずだ)


 コウガはクウガの方を見ると、クウガは変わらず笑っていた。


「戦いの場所は……そこの河川敷で構わないか?」

「はい、どこでも構いません」


 リゼは気丈に振舞ったが、銀狼のメンバーには自信満々に映った。

 それはアンバーも同じだった。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:八十四』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:零』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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