第156話
「これで大丈夫です」
リゼの治療を終えたラスティアは、治療を見守っていたアルベルトに報告をする。
「リゼの意識が戻るまで、待つしかないね」
「そうですね」
ラスティアが静かにリゼを下すと、リゼが薄っすらと目を開ける。
目の前にラスティアの顔があり、顔を横向けるとアルベルトの姿を見つける。
リゼは状況を理解する。
アンジュとの戦いが終わり、自分が負けたのだと……。
負けたことよりも、何も出来なかったこと悔しさをにじませる。
「すみませんでした」
「謝る必要はありません。私は自分の役割をしただけです」
リゼが発した謝罪の言葉に、ラスティアは淡々と答える。
「ジェイドと戦えますか?」
ラスティアがリゼに尋ねると、リゼは体を少し動かして問題がないと判断をして、首を縦に振った。
「無理していないですね?」
「はい、大丈夫です。戦えます」
アンジュとの戦いで、自分がどのようにして負けたかを知りたかったが、その前にジェイドとの戦いに集中をする必要がある。
リゼは立ち上がると、体の埃を手で払い落す。
アルベルトがリゼを訓練場中央へと呼ぶと、ラスティアが外へと移動をすると入れ替わりでジェイドが歩いて訓練場の中央で、リゼと対峙した。
「リゼさん、宜しくっス」
ジェイドがリゼに頭を下げると、リゼも釣られるように頭を下げた。
「では、始めるね」
始めの合図とともに、リゼはジェイドに向かっていく。
先程の防御からの攻撃よりも、先手で戦況を有利にしたいと思ったからだ。
しかし、ジェイドも同じようにリゼに向かって走ってきていた。
一瞬戸惑ったリゼが方向を変えようとした瞬間、ジェイドがリゼの腹部に蹴りを入れる。
リゼは無理な体勢で蹴りを入れられたため、呼吸が止まる。
(んっ!)
ジェイドの位置を確認して、すぐに体勢を整えてジェイドの追撃に備える。
リゼからの反撃が無いと判断したジェイドが、攻撃の手を休めることは無かった。
必死で防いでいたリゼの腕に、ダメージが蓄積される。
かろうじて反撃をすると、ジェイドは少しだけ後退して距離をとった。
無理に攻撃することもないと、ジェイドは一旦、引くことにしたのだ。
リゼは呼吸を整えながら、以前にクウガに教えてもらったフェイントを交えて、ジェイドへ攻撃を開始する。
あくまでフェイントなので、小太刀がジェイドの体に触れることは無い。
しかし、リゼの早さにジェイドは時折、反応が出来ないのか遅れていた。
だが、直接的な攻撃を受けていないため、ジェイドは冷静に戦況を分析していた。
そして、先程と同じように、リゼと距離を取る。
リゼも警戒して一瞬、攻撃を止めた。
ジェイドは、この瞬間を待っていたかのように、リゼに向けて突きを出す。
到底、ジェイドの拳が届く距離ではなかった。
油断していたリゼを空気の塊が襲い、後方へと倒れそうになる。
何が起きたのか頭の整理が追い付いていないリゼ。
リゼが怯んだその一瞬をジェイドは逃さなかった。
すぐにリゼの側面へと回り込み、リゼの死角から脇腹に拳を叩きこむ。
顔をゆがませるリゼは、そのまま膝をつく。
立ち上がろうとするが、体に力が入らない。
「ここまでだね」
アルベルトが戦いの終わりを告げた。
リゼは「まだ、戦える‼」と言いたかったが、負け犬の遠吠えにしかならないことに気付き、口を噤んだ。
「ジェイドとアンジュも戦ってみるかい?」
リゼ相手ではお互いに消化不良だと感じたアルベルトが提案をすると、アンジュとジェイドは喜んで二つ返事をした。
リゼと入れ替わりアンジュが訓練場の中央に立つ。
「負けたのは、連戦で疲れたからって言わないでよ」
「疲れてないっス。それに自分は、そんな言い訳はしないっス。アンジュこそ、負けた言い訳をしないでほしいっスね」
「私だって、しないわよ‼」
アンジュとジェイドの間で既に戦いが始まっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ、はぁ……もう!」
呼吸を整えながら、アンジュはジェイドに負けて悔しがる。
「これで自分の七勝五敗っス」
「ふん‼ ジェイドとは相性が悪いだけよ」
「ほら、言い訳をしたっス」
「いい訳じゃないわよ」
得意気に勝率を語るジェイドに、アンジュが怒りを滲ませていた。
「まぁ、二人ともそれくらいにしておいて、考察に移ろうか。まずは、アンジュからだね」
アルベルトはアンジュを宥めると、銀翼のメンバーを集めて、戦った二戦の考察を始めた。
「そうね。大技をむやみに使わなくなったのは良かったと思うわ。リゼとの戦いで使った”ファイアニードル”は盗賊という職業をよく考えたうえで、効果的だったわね」
アリスに褒められたアンジュは恍惚な表情を浮かべる。
「とはいえ、ジェイドとの戦いでは魔法の使い過ぎで、後半はかなり疲労していたわね。全力で戦うこともいいけど、余力を残すことも考えないとね」
「……はい、アリスお姉様」
「でも、十分に強くなっていたわよ」
「本当ですか!」
「えぇ、でも調子に乗るところがアンジュの悪い所だから、これからも調子に乗らないで頑張ってね」
「……はい」
アリスからの鋭い指摘に反省をするアンジュ。
「どうして”ファイアウォール”でなく、”ファイアサークル”だったんだい?」
アルベルトがアリスに質問をする。
「はい、”ファイアウォール”も頭を過ったのですが、進行方向に壁を発生させるので、横から飛び出したときに追撃しようとしましたが、魔法詠唱が間に合わないことと、”ファイアサークル”であれば多少なりとも酸欠状態にすることで、次の攻撃に生かせると思ったからです」
「なるほどね。アンジュなりに考えたうえで”ファイアサークル”を使用したってことだね」
アルベルトのアンジュの会話から、自分が酸欠状態になっていたのだとリゼは知る。
直接攻撃だけでなく、魔法攻撃には今回のようなこともあるので注意が必要だとリゼは頭に叩き込んだ。
その後もアンジュとジェイドは戦術について、メンバーたちから質問や意見が飛び交っていた。
アンジュとジェイドの考察を終えると、リゼについての考察が始まる。
「まだ、武器での攻撃にためらい……いや、攻撃自体が出来ないんだな」
「……はい」
最初にクウガが最初に口を開く。
以前、リゼに指摘したことを再度指摘する。
クウガだけでなく、他の銀翼メンバーも感じていた。
それは戦ったアンジュやジェイドも、少しだけ思っていたことでもあった。
「殺気のない攻撃は怖くないからな」
「たしかにそうだな。とくに、急所を狙いにいかないのは致命的だよな」
ミランとローガンが、落ち込んでいるリゼに追い打ちをかけるかのように発言をする。
リゼも言われていることを感じていたため、何も言葉を発することが出来なかった。
「しかし、
ラスティアが
ゴブリンやオークのように、集団で行動をする魔物は冒険者ギルドも
規模にもよるが三人以上のパーティーへの発注を条件にしている。
経験不足ではなく、リゼの拘りが自身の成長の妨げになっていることを指摘する。
「まぁ、急がずにゆっくりと自分で答えを出せばいいんじゃないかな」
「ありがとうございます」
アルベルトがリゼに声をかけるが、リゼは元気のない返事だった。
リゼ自身、
かと言って、今からパーティーを探したりギルドに入るなどということも考えていない。
「はいはい、考察も終わったことだし、今日はここまでね」
アリスが暗くなった雰囲気を吹き払うかのように、手を叩いて終わりを告げる。
「そうだね。お開きにして戻ろうか」
アルベルトもアリスの意見に同意する。
「リゼも一緒に来るかい?」
「いいえ、私はここで」
「うん。分かったよ」
リゼの意見を尊重するアルベルト。
何か言いたげなアリスをラスティアが止めていた。
リゼは銀翼のメンバーと別れて一人、冒険者ギルドに残った。
他の冒険者たちからリゼは注目されていた。
なんだかんだ言いながらも銀翼のメンバーと仲が良く見えたからだ。
「メンバーになれなかったようだな」
「試験を受けたようだから、それなりに強いのでは?」
「俺たちのギルドに勧誘するか?」
冒険者たちの間で、いろいろな会話がされる。
リゼにもきこえる会話が幾つかあり、自分が過大評価されているかもしれないという現実に重圧を感じていた。
クエストボードを少し離れた場所から見て、受注するクエストを考える。
慣れない王都では採取や清掃系のクエストで、様子を見るつもりでいた。
しかし、視線は”ゴブリン討伐”や”オーク討伐”などの人型魔族の討伐クエストを、自然と追っていた。
――――――――――――――――――――
■リゼの能力値
『体力:三十五』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『敏捷:八十四』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
『万能能力値:零』
■メインクエスト
・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日
・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)
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