第154話

「リゼって、強いの?」


 クエストボードを見ていたリゼにアンジュが話し掛けた。


「いいえ、弱いです」


 リゼが即答すると、アンジュは驚いた。

 謙遜したり自信に満ちた答えでなく、平然とした口調で返してきたからだ。


「でも、クウガさんに一撃を入れたんでしょう?」

「いいえ、あれはアリスさんが訂正されていたように、オプティミスさんの勘違いです」


 あまりにもはっきりと答えるリゼに、アンジュは不審がる。


(もしかして、実力を隠そうとしている?)


 アルベルトやクウガが孤児部屋にいる冒険者を気に掛けるのは、何度も聞いたことがあるので知っていた。

 しかし、アルベルトが関係した事件の被害者とはいえ、実際に銀翼館まで訪ねて来た冒険者はいない。

 それに話を聞く限り、アリスを含め他の銀翼メンバーとも仲が良いとアンジュは感じ取っていた。

 アンジュはリゼの実力を銀翼のメンバーが認めているのでは? と少し疑い始める。

 そして、クウガは否定したが、もしかしたら銀翼の新しいメンバーになるかも知れないと……。

 見習いとはいえ、クランでは先輩になるかも知れない自分としては、リゼの実力を確かめておきたいと考え始める。

 そして、リゼがアリスに抱きしめられていたことを思い出すと、リゼと戦って倒したいとさえ思い始めていた。


 アンジュが、そんなことを考えていると知らないリゼは、自分の前髪や爪が気になっていた。

 自分のスキルで罰則を受けていたので体を見て、改めて成長していないのだと、ため息をつく。


(ため息? もしかして、今の質問から私と戦うことを考えて、面倒臭いとでも……)


 アンジュは勝手に解釈をして、勝手に立腹していた。


「良かったら、私と戦ってみない?」

「えっ!」


 アンジュの唐突な申し出に、リゼは戸惑う。

 どうしてアンジュが自分と戦ってみたいと思ったのか、分からなかったからだ。

 無下に断るわけにもいかないリゼは、返事に困っていた。

 その様子を見ていたアンジュは、そこまで実力を隠そうとするリゼに苛立ちを覚えていた。

 勝手に自分を格下に見られたと勘違いしていた。


「その……アルベルトさんたちの許可は取らなくて大丈夫なんですか?」

「‼」


 リゼは銀翼に所属しているメンバーが勝手に模擬戦などをしても良いのか分からずに質問をしたつもりだったが、アンジュは自分が負けるかも知れないのでクランの承諾が必要だと捉える。


「……分かったわ。銀翼館に戻ったら、アリスお姉様たちに確認すればいいんでしょ」


 あからさまに不機嫌になるアンジュだったが、もし自分がリゼを完膚なきまでに倒すことが出来たら、自分の強さをアリスに褒められる妄想をしていた。


(……どうしよう)


 リゼは自分の弱点を克服できていないことが不安だった。

 木製武器などの殺傷能力が低い武器であれば、遠慮なく攻撃が出来るが刃がついている武器だと、どうしても躊躇してしまう。

 学習院で行なったチャーチルとの模擬戦を木製武器を使用していたため、躊躇うことなく模擬戦に挑めた。

 もっとも、怒りに身を任せていたので記憶が無かったのだが……。

 クウガたちにも指摘されていた弱点だが、人を殺すことはもちろん、人型の魔物討伐も未経験だ。

 唯一、王都までの道中にオークと遭遇したが戦闘はしていない。

 戦闘を覚悟していたリゼは緊張をしていたことを覚えている。

 アンジュの言う模擬戦が、以前に観戦したクウガとミランのような実戦形式だと思うと……。

 リゼは不安な気持ちで、小太刀を触っていた。


 町を案内されていると、夕食の予約をしてたジェイドと出会う。

 予約された店名を教えてくれると、アンジュが自分とリゼは、このまま店に向かうと伝える。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 アンジュに連れてかれて、東地区にあるブオノまで歩いて来た。

 南地区から東地区に変わると、街並みも徐々に豪華になっていった。

 初めて足を踏み入れたリゼは、あまりの街並みに目を奪われる。


「あの壁はなんですか?」


 リゼは壁を指差してアンジュに質問をした。

 銀翼館に向かうとき、地区と地区との間に大きな壁が立っていた。

 地区を仕切る壁なのかとも思ったが、それだけではないと感じていたからだ。


「あれは防御壁よ。王都から外壁まで一気に行けることと、各地区での災害を他のの地区まで影響を与えないようにするためのものよ」

「そうなんですか」


 リゼは防御壁を見ながら、疑問を抱いた。

 もし、南地区で火災などがあったら、人が残っていようが被害を拡大させないために門を閉じる。

 つまり、その地区の人たちを見捨てることになる。

 自分の考えが飛躍していると思いながらも非情な判断を迫られることがあるのだと感じていた。


「着いたわよ」


 アンジュがブオノの前に到着すると、そのまま店へと入っていく。

 店の前で扉の前でアンジュの顔を確認すると、店員は一度頭を下げてからアンジュに質問をする。


「ご予約ですか?」

「えぇ、銀翼で予約していると思うわ」

「はい、承っております。案内は中の者が致します」


 店員は店の扉を開けると、中にいた店員に「銀翼二名様のご案内を」と小声で業務連絡をする。


「案内させて頂きます。お連れ様は既にお待ちになっております」

「えっ!」


 リゼは案内役の店員の言葉に驚く。

 身分的に一番低い自分が一番遅く到着した。

 一番身分が低いものは誰よりも先に到着して待たなければならないという習慣を思い出したからだ。

 しかし冒険者となった今、冒険者ランクはあるが到着の順番で揉め事が起きることはない。

 ましてや、集まった銀翼のメンバーはリゼが一番身分が低いとは考えていない。

 むしろ来賓だと考えている。

 だが、そのことをリゼが気づくことはない。


「やっと、来た~」


 オプティミスが待ちくたびれたのか、机に倒れこんでいた。


「リゼは、ここに」


 アルベルトが隣の空いている席にリゼを誘導する。

 誘導されるままにリゼはアルベルトとクウガの間に座る。

 リゼが気づくと、アンジュの定位置なのか分からないが、アリスとラスティアの間に座っていた。


「好きなものを頼んでいいから」

「あっ、はい」


 アルベルトがメニュー表をリゼの前で広げる。

 しかし、リゼの知識不足なのか分からないが、文字から料理が想像できなかった。

 悩むリゼにクウガが助け船を出す。


「アリス。リゼの好きそうな物を頼んでやれ」

「分かったわ。リゼちゃん嫌いな食べ物はある?」

「いいえ、特にありません」

「そう……じゃあ、私のおすすめを頼むわね。飲み物はエール……じゃないほうがいいわね」


 アリスがリゼの料理を決めると、隣のアンジュに決まったかを確認すると、アンジュは嬉しそうに頷いた。

 それが合図なのか、ジェイドが目の前の鈴を鳴らす。

 扉の前で待機していたのか、鈴の音が鳴り終わらないうちに、扉を叩く音がして店員が現れる。

 銀翼のメンバーは口々に自分の料理を店員に注文する。

 全員の注文を聞き終えると再度、注文された料理を重複して確認した。


 料理が来るまでの間、アンジュはアルベルトにリゼと戦いたいことを告げる。


「別にいいんじゃないかな。二人にとっても、いい経験になるだろうし」


 アンジュがリゼとの模擬戦を提案すると、アルベルトは即答して他のメンバーたちも悪乗りするかのように同意する。


「観戦するのであれば、クエストの準備がある程度終えてからにして下さいね」


 浮かれるメンバーたちを制するように、ラスティアが強い口調で話す。

 その一言で浮かれていた空気が一気に崩壊して、目の前に置かれた水を無造作に飲んだりして誤魔化していた。


「まぁ、一日くらいであれば影響はないかも知れませんね」


 付け加えるようにラスティアが話すと、皆が笑顔を浮かべる。


「俺からも提案だが、模擬戦とはいえ真剣勝負でどうだ?」

「真剣勝負って……それってポーションやマジックポーションも使用可能ってこと?」


 クウガの提案にアリスが質問をする。


「それ系の道具は使用禁止だな。だから魔法の選択や使用頻度も重要だ」

「リゼちゃんは小太刀ってことね」

「当り前だ」


 アリスの言葉に否定することなく、クウガは平然と答えた。


「たしかにクウガの言うとおりだね。僕としてもアンジュの成長も気になるしね」


 アルベルトが発言すると、アンジュが嬉しそうな表情を浮かべた。

 リゼとの対戦次第では、見習いから正規メンバーに昇格できると思ったからだ。


「俺もやりたいっス!」


 アルベルトの言葉に意味を、アンジュ同様に捉えたジェイドが焦って、自分も戦いとアルベルトに進言する。


「アンジュに刺激されたようだね。リゼ、ジェイドとも戦ってくれてもいいかな?」

「リゼさん、よろしくっス」


 アルベルトが話し終えると、ジェイドは立ち上がって頭を下げる。

 リゼは断ることが出来ない状況だと思い困惑していた。

 それ以上に、真剣勝負に対して、弱点を克服していないことに不安を感じていた。


「はい」


 とても小さな擦れるような声で答える。

 リゼの意志と関係なく、話は進む。

 自分の弱点が克服できていないこともそうだが、魔術師や拳闘士の戦いを間近で見たことが無い。

 以前にアンジュとジェイドの二人はランクBの冒険者でも、実力は上位になると話していたことを思い出す。


 扉を叩く音が聞こえて、注文した料理やエールが運ばれる。

 堅苦しい話は終わりだとばかりに、はしゃぐオプティミス。

 運ばれてきたエールを奪い取るようにして飲みだすササジールとローガンの二人。

 三人とは裏腹に浮かない顔のリゼに気付いたクウガが、リゼと視線を合わせずに独り言のように話し始めた。


「いい機会だと思って、覚悟を決めろ。躊躇って死んでからだと、後悔することも出来ないぞ」


 クウガの言おうとすることは分かる。

 頭では分かっているが、それを実際の行動に移すことが出来ないもどかしさ。

 そのジレンマにリゼは苦しんでいた。



――――――――――――――――――――


■リゼの能力値

 『体力:三十五』

 『魔力:十八』

 『力:二十二』

 『防御:二十』

 『魔法力:十一』

 『魔力耐性:十六』

 『敏捷:七十八』

 『回避:四十三』

 『魅力:十七』

 『運:四十三』

 『万能能力値:六』


■メインクエスト

 ・王都にある三星飲食店で十回食事をする。一店一回。期限:十二日

 ・報酬:魅力(二増加)、運(二増加)

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