第131話

「開始の合図前に攻撃をした。あの冒険者を罰するべきだ‼」


 チャールストンは激高していた。

 自分の息子チャーチルが、捨てた娘リゼに呆気なく負けたこと。

 そして今も、無惨な姿を世間に晒していることが許せないでいたからだ。


「いいえ、合図後の攻撃ですから不正ではありません」


 毅然とした態度でニコラスはチャールストンに言い返す。


「そうですよね。私もそう思います」


 カプラスが発言すると、周囲の貴族もニコラスの意見に同調し始めた。


「あれが合図前とは、目まで衰えたのですかな?」


 バジーナの領主ゴンザレスが馬鹿にした口調で、チャールストンを挑発する。

 ゴンザレスとチャールストンは、犬猿の仲だ。

 学習院時代から爵位が低かった生徒を、なにかにつけて馬鹿にしてくるチャールストンを嫌っていた生徒の一人だったからだ。

 ゴンザレスは領主としての働きが認められて、バジーナという大きな都市と周囲の土地を含むバージナルの領主にまで成り上がった。

 一方のチャールストンは親から受け継いだ世襲貴族だ。

 苦労せずに受け継いだ領地だけで苦労もしていないにも関わらず、今でもゴンザレスを馬鹿にしていたからだ。

 しかし、馬鹿にしていたゴンザレスが、自分よりも広く有名な領主になったこと、そして爵位が自分よりも上の”侯爵”なのも、チャールストンは御妬ましく思っていた。


「と、とにかく、息子に怪我を負わせたあの冒険者は必ず処分して貰います」

「それは出来ません。リゼを指名したのは御子息です。実力差があって怪我をしても問題無いと言質も取っております」

「そんなもの証拠がない。後で何とでも言えるだろう!」


 言いがかりも甚だしいと周囲の者たちは、チャールストンを白い目で見ていた。


「それと御子息が、使用人の権限を掛けていましたね」

「えぇ、たしかリゼが勝てば、フィーネという使用人を自由にしていいって条件でしたね」

「御子息に使用人の権限まで与えているとは、流石ですね」


 ゴンザレスは今までの受けていたことを返すかのように、チャールストンを馬鹿にする。


「そんな権限を与えた覚えはない‼」


 チャーチルの暴走に加えて、ゴンザレスに馬鹿にされたことで、チャールストンの怒りは頂点に達していた。


「俺たちも聞いていたぜ」


 リアムたちがニコラスたちの観覧席に現れる。


「なんだ、お前たちは‼ 冒険者の分際で伯爵である私に対して、その話し方は無礼極まりない。お前たちもリゼ同様に処分をしてやるから覚悟しておけ!」


 怒りの収まらないチャールストンは、八つ当たりのようにリアムたちを罵った。


「おい!」


 いつも冷静なクリスパーが一瞬でチャールストンの近付いて、剣をチャールストンの喉元に切先を当てた。


「無礼なのは、どっちだ」


 切先を数ミリ喉元に突き刺すと、チャールストンの喉元から血が流れる。


「ラウム王子。御到着が遅いので、心配しておりました」

「悪かった。ちょっと野暮用がなかなか終わらなかったんでな」


 カプラスがラウムに話すと同時に、ゴンザレスとニコラスが膝を突き視線を伏せる。

 数人の貴族たちも同様の行動を取った。


「……ラウム王子」


 立ったままでいる貴族たちの視線がラウムに集まる。

 恰好こそ違うが、紛れもなくエルガレム王国第三王子のラウムだった。

 気付くのが遅れた貴族たちは、失礼のないようにと即座に膝を突く。

 喉元に剣を突き刺されているチャールストンは顔面蒼白だった。

 知らなかったとはいえ、王子に対して無礼な発言をした。

 その行為は”死罪”に値するからだ。

 隣のマリシャスはどうしていいのか分からずに、立ったまま呆然としていた。


「あぁ、そういうのはいいから」


 気まずそうなラウムは面を上げるように言うと、毎度のことなのか貴族たちは立ち上がる。

 そして続けてラウムは、クリスパーに剣を納めるように指示した。


「……分かりました」


 クリスパーはラウムの指示に従い、剣を引いた。


「も、申し訳御座いません」


 チャールストンはラウムに対して、ひたすら詫びる。

 しかし、ラウムと一緒にいる仲間や、周囲の貴族たちはチャールストンに軽蔑した眼差しで見ていた。


「ユーリ。後は頼む」

「はいはい、分かりました」


 面倒臭そうに返事をするユーリが、クリスパーから手紙を受け取る。

 ラウムが遅れた原因は、王都からの手紙が遅れていたからだ。

 王族や一部の者のみが使用できるアイテムがある。

 離れた場所でも会話が可能なそのアイテムを使用して、王都に調査結果を報告していたのだ。


「キンダル領主チャールストン――」

「は、はい」


 ユーリが読み上げた内容は、その場にいる貴族たちに衝撃を与えた。

 チャールストンは領民たちから重税をしていたにも関わらず、国への報告をしていなかった。

 重税分を自分たちの懐に入れていたのだ。

 尚且つ、使用人たちへ日常的に行われる暴行の数々――。

 そして追加で、先程のラウムに対する暴言。


「今、この時を以ってチャールストンのキンダル領主の任を解くと共に、私財全てを没収とする。尚、後任には――」


 ことの発端は、領民から嘆願書が届いたことだった。

 キンダルにある生産者ギルドと商業ギルドは税が高すぎることから、何度も領主であるチャールトンに掛け合っていたが、取り合って貰えなかった。

 そのため、各ギルドの本部がある王都で実情を何年にも渡って報告をしていた。

 しかし相手が領主ということもあり、ギルド本部からの話し合いについても、話し合いはおろか、返答さえ帰ってこなかった。

 チャールストンは身分が下である各ギルドを相手にさえしていなかったのだ。

 そのため、生活が出来なくなった者たちはキンダルに見切りをつけて、他の領地へと移っていく決断をする。

 冒険者ギルドに対しても、領主権限での依頼をするが、無料タダ同然で依頼をすることが多く、キンダルを拠点にする冒険者たちも去って行ってしまう。

 当然だが、人が居なくなれば税収が減ってしまう。

 各ギルドは最終手段として、国へ報告をする。

 このままではキンダル領付近で魔物討伐が出来なくなったりすることで魔物の増加や、商品運搬の危険があると判断したからだ。

 国としても事態を重く見る。

 すぐに確認するため、各ギルドに招集を掛けて再度事情聴衆をした。

 間違いないことを確認したうえで、極秘に調査団がキンダルに送られることとなる。

 ラウムたちも同行することになるが、領地を見て回ると虐げられる領民たちを見て、ラウムは憤っていた。

 王子であるラウムは、国の宝は国民だという父親である国王に思想に感銘を受けている。

 後継者争いで国が混乱になることを嫌い、早々に後継者争いから退いている。

 兄である第一王子と第二王子にも、国王の思想は受け継がれているので、どちらが後継者に選ばれても恨むことは無い。

 それは各王子を慕う臣下の者たちも同様だった。

 ラウムは国内を回りながら、国の情報を集めたりしている。

 一人だと危険なので、数人の仲間たちと行動をしているし、兄たちの協力を得て調査団や騎士団を動かせるだけの権限も持っていた。

 自由に行動しているラウムが誘拐や殺されても、国としては動くことはない。

 それはラウムたちも了承をしている。

 王都に滞在していることは少ないが、国の祭典などには必ず出席しているので、格好が違ってもラウムだと認識することは出来る。

 それにラウムは爵位に関係なく平等に接してくれているので、一部の爵位の低い貴族からは人気があった。 


 最終的な調査は領主の館で働く執事や、使用人たちへの事情聴取だった。

 領主のチャールストンと妻マリシャス不在の時に行う必要がある。

 学習院と冒険者ギルドとの交流会がある為、キンダルを離れているこの時期を狙っていた。

 領地内の調査内容からも、降爵こうしゃくは決定している。

 ラウムたちは領主館への調査は調査団に任せて、領地内の別の村などを経由して、一足先にオーリスへと向かっていた。


「これまでの内容を踏まえて伯爵に値しないと判断し降爵とする。新しい爵位は男爵とする」


 爵位が伯爵から、子爵よりも低い男爵になる。

 貴族としては一番下の爵位だ。

 男爵とは名前だけの貴族だと思っている者も多く、貴族と認めていない者もいる。

 その理由の一つに観光名所になっている村の村長でも、男爵の爵位を与えられているからだ。


「そ、そんな……どうか、どうか」


 なんとか降爵を免れようと、チャールストンはユーリに必死で懇願する。


「この決定は国王様の決定になります。国王様に逆らうということですか? 爵位を剥奪されなかっただけでも、国王様に感謝するべきでしょう」


 軽蔑した目でチャールストンを見下ろすユーリ。


「ゴンザレス侯爵」

「はい、なんでしょうか?」

「今後、キンダル男爵はバージナルの領地で面倒を見てあげてください。空いている領地があれば、キンダル男爵を貸してあげて頂けますか?」

「国王様の命とあれば――ショナリーなど如何でしょう」


 ゴンザレスは少し考えて、ユーリへ回答をする。


「ショナリーだと‼」


 ゴンザレスの言葉にチャールストンが叫ぶ。


「今はゴンザレス侯爵との会話中です。キンダル男爵は黙っていてもらえますか」


 ユーリはチャールストンに圧を掛ける。

 ゴンザレスの言った”ショナリー”はガレム山の中腹にあり、気候の変化が激しく普通に生活するのも困難な場所にある村だ。

 管理する領地は村一つのみで、村民は誰も居なく廃村に近い。

 ガレム山の観測所がある為、誰かを常駐させる必要がある。

 現在は冒険者に依頼して、数日単位で交代をしながら対応をしている。

 何年も暮らすには非情に困難な場所なのだ。


 ユーリの言葉からも、チャールストンとマリシャスはキンダルに戻ることは無い。

 脱税で潤った私財は全て没収されたからだ。

 オーリスに持って来た物だけが、チャールストンとマリシャスの全財産になる。


 ラウムに近付き、なんとかして貰おうとするチャールストンをクリスパーたちが威嚇する。

 その殺気に部屋中の空気が重くなる。


「あっ、これは失礼致しました。この場所は子爵以上しか入れなかったことを失念しておりました。入室の資格が無い者は即刻、出て行ってもらいます」


 ゴンザレスは場の空気を変えようと――いや、今までの恨みを晴らすかのように、見下した態度でチャールストンを見て衛兵を呼んだ。

 諦めきれずに叫ぶチャールストンとマリシャスを、衛兵たちは強制的に退室させた。


「ラウム王子。どうぞ、こちらに」


 カプラスがラウムを席へと案内する。


「いいや、俺たちの用は済んだから、この辺で帰る。場の空気を壊して悪かったな」

「いえいえ、そんなことは御座いません」


 カプラスたちはラウムたち一行を見送った。

 このラウムの行動は集まったオーリス周辺の領主たちに、大きな警告となった。

 不正をしたり領民を虐げた場合は、有無を言わさずに処分されるという事実を目の当たりにさせられたからだ。

 抑止力としては十分すぎる効果だった。

 明日は我が身と思った領主たちは、隠れて身を震わせていた――。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十四』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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