第130話

 オーリスの闘技場は、さほど大きくない。

 普段は衛兵たちの訓練の場所となっている。

 今回のように、学習院と冒険者ギルドの模擬戦や、来賓を招いた際の騎士同士の戦いなどに使用される。

 それ以外、娯楽で使用されることは滅多に無い。

 模擬戦は肉弾戦のみで魔術での戦闘はしないので、観覧席を守る防護壁は用意されていない。

 観覧席には、今回の交流会に参加した学習院生徒の父兄が座っていた。

 交流会二日目の模擬戦を終えた夜は、久しぶりに親子での対面が待っている。

 そして、オーリス領主の館で簡素なパーティーが用意されているからだ。

 学習院に娘を通わせている親たちは、この場で情報収集をすることが多い。

 目的は一つ。

 許嫁がいない場合、将来有望な相手に自分の娘の結婚相手候補を見つける場でもある。

 出来るだけ優秀で地位も高い生徒に、自分の娘を売り込みたいからだ。

 そして、相手の親との関係も早めに築いておきたい。


 冒険者たちは参加する者や、将来仲間になるかも知れない生徒を見ておくという者が多い。


 生徒の名前が呼ばれて、対戦相手の冒険者の名前を告げられて、対戦台に上がる。

 審判はサブマスのフリクシンが務めていた。

 ギルマスのニコラスは、オーリス領主のカプラスと学習院院長がいる場所で戦い観戦する。

 闘技場は円形になっており、一番外側に観覧席になっている。

 来賓用の観覧席は、通常の観覧席よりも高い位置に用意されている。

 観覧席と中央にある対戦場との間は、五メートルほどあり、地面には砂が敷いてある。

 これは地面よりも対戦場が五十センチ程高くなっているので、落ちた時に怪我を和らげるクッションの役割になっている。


 学習院の生徒と冒険者は反対側に座る。

 模擬戦を行う者たちは、その最前列に座って自分の順番になるまで待機していた。


 来賓用の観覧席は賑やかだった。

 特に自分の子供が出る親たちは注目の的だった。

 その中でもひと際、目立っている親が居た。

 キンダル領主チャールストンと、その妻マリシャスだった。

 自慢気にチャーチルのスキル【二刀流】を話して、いかに優秀な息子を持ったかを鼻高々に自慢をしていた。

 周囲の者たちも煽てるので、チャールストンとマリシャスは満足気でいた。


「それで御子息の相手をする冒険者は、誰なのですか?」

「さぁ、分かりませんが、【二刀流】のスキルを持つ息子に勝てる冒険者は、オーリスには、そうそう居ないのではないでしょうかね」


 大声でオーリスの冒険者を馬鹿にしていた。

 この発言には、オーリス領主のカプラスと、冒険者ギルドのギルマスも怪訝な表情を浮かべる。


「御子息の対戦相手は今年、冒険者になったばかりのリゼという十歳の冒険者です」


 不快な気分を抑えながらニコラスは、チャールストンたちの会話に参加する。

 もちろん、カプラスの了承を得ている。


「リゼ……ですと」


 リゼの名前を聞いたチャールストンとマリシャスは、険しい表情をする。


「なんと、十歳の初心者冒険者ですか‼ これは御子息の勝ちが決定したも当然ですね」

「実力も差がありすぎるから、適当な冒険者でもあてがったのですかね」


 事情を知らない周囲の貴族は高らかに笑っていた。


「いいえ、御子息がリゼと戦わせて欲しいと、指名をして来たので冒険者ギルドとしては、学習院側との協議したうえでリゼを適切な相手としております」


 ニコラスは平然とした表情で、貴族たちの言葉を否定していた。

 チャールストンとマリシャスは、ニコラスの言葉を聞いて、さらに険しい表情をしていた。


「おっ、そろそろ第一戦が始まるようですよ」


 決闘場では学習院の生徒と冒険者が対面して、対戦の合図を待っていた。


「始め!」


 フリクシンの言葉で、模擬戦が始まった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そこまで‼」


 リゼの前の模擬戦が終わった。


「緊張しているか?」

「はい、少しだけですが」

「リゼの実力なら、学習院の生徒に負けることは無い。俺たちとだって互角だったんだからな」


 模擬戦を既に終えているバクーダは、固い表情をしていたリゼに話し掛ける。

 お世辞と分かっていたが、バクーダの言葉はリゼにとって心強かった。


 フリクシンがチャーチルの名前を呼んだので、リゼも決闘場に向かう準備をする。


「冒険者リゼ‼」


 リゼの名前が呼ばれた。


「行ってきます」

「頑張ってこいよ」

「はい、全力を出してきます」


 リゼが決闘場にあがると、冒険者たちがリゼの名前を叫び、応援をする。

 

 武器は木製の武器を使用すること、決闘場から落下したり降参すれば負けとなる。

 又、フリクシンの判断で試合を止めることもあることを、フリクシンが二人に再度、ルールの説明をした。


「良く逃げずに出てきたな」

「……」

「まぁ、お前を倒して家に戻ったら、フィーネを可愛がってやるからな。学習院を卒業すれば、あれは俺の好きにしていいと御父様から言われているからな」


 言葉を交わそうとしないリゼを、チャーチルは下品な笑顔で挑発する。

 フィーネのことを出したことで、リゼの怒りに触れていることをチャーチルは気付いていなかった。

 リゼは一言も発することなく、試合開始の線まで歩く。


「父上‼」


 背中からチャーチルの叫ぶ声が聞こえた。

 観覧席にいるチャールストンに向けて、大声で話し掛けている。


「父上、私がこの愚かな妹を倒す様を存分に御覧下さい」


 チャーチルの言葉に観覧席がざわつく。


「愚かな妹?」

「御子息と、あの冒険者は兄妹なのですか?」


 チャールストンが一番危惧していたことだった。

 そして「愚かなのはリゼでなく、チャーチル……お前だ!」と叫びたい気分だった。

 隣のマリシャスも忌々しそうに、リゼを睨んでいた。

 チャーチルに、あのような発言をさせたリゼを許せなかったのだ。

 狼狽えながら、周囲に誤解だと訂正をするチャーチルとマリシャス。

 しかし、周囲の貴族たちはチャーチルの言葉が真実だと分かっていた。

 庶子を認めないことは、よくあることだ。

 思い当たる貴族も多い。

 杓子を使用人として、引き取ることもある。

 チャールストンのように、政略結婚の道具に利用することもある。

 利用価値が無くなった場合、極秘に子供を捨てることもある。

 だが、それは絶対に外部に漏れてはいけない。

 その場合は、あくまでも死んだ事にしなければ世間体が悪くなり、不満を持っている領民たちが非人道的だと暴動の火種になるからだ。

 必死で弁明しているチャールストンとマリシャスを、周囲の貴族たちは冷やかな目で見ていた。 


 決闘場ではチャールストンに演説をしたことで、チャーチルは自分に酔っていた。

 そして万が一にも負けると思っていないチャーチルは余裕の表情で、リゼを罵り挑発する。

 その貴族らしからぬ振る舞いに、学習院の生徒たちからも非難の声があがっていた。

 しかし、自分への妬みだと思っているチャーチルは、その声に耳を傾けることは無かった。


 そして、チャーチルとリゼの因縁の兄妹対決が開始される。


「それでは、始め‼」


 フリクシンが言い終わると同時に、リゼは全力でチャーチルに向かって行く。

 そのまま、木製の短刀をチャーチルの顔面に思いっきり叩きつける。

 余裕をかましていたチャーチルは、リゼの攻撃を受けたことに気づくことなく、回転しながら場外に飛ばされて、そのまま学習院たちが観覧する席の前に設置されている壁に激突した。

 リゼも一撃で終わると思っていなかったので、次の攻撃を当てようとしたが、チャーチルの姿が目の前に無く、短刀は虚しく空を斬る。


 あまりに一瞬の出来事だったため、闘技場全体が静まり返っていた。

 審判をしていたフリクシンも同様だった。

 一瞬、我を忘れて場外にまで飛ばされたチャーチルを数秒間、眺めていた。


「勝者、リゼ‼」


 フリクシンは自分が審判だと気付き、即座にリゼの勝利を宣言する。

 その声に冒険者たちがいる観覧席から、大きな歓声があがった。


「きゃーーーー‼」

「いや~~~!」


 学習院の女生徒たちが悲鳴をあげていた。

 その声にフリクシンが、すぐさま反応して悲鳴をあげた女生徒の所に駆け寄る。

 学習院の引率していた先生たちも、フリクシンと同じように駆け寄っていた。


「どうした⁈」

「あ、あれ……」


 駆け寄ったフリクシンに女生徒の一人が、倒れたまま気絶しているチャーチルを指差した。

 

「うわー、チャーチルの奴、小便漏らしているぜ」

「汚ねぇ……って、おい! なにか臭くないか?」

「こいつ、糞も漏らしていないか?」

「臭っ!」


 チャーチルの周囲にいた学習院の生徒たちは阿鼻叫喚な状態だった。

 前代未聞の事態に学習院の先生たちは事態の収拾に必死だった。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十四』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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