第129話

「おいおい、本当かよ……」


 オーリスの冒険者一丸となって、明日の模擬戦のリゼに協力していた。

 それはリゼが弱いと思っていたからこそ、必ず勝って欲しいと思っていたからだった。

 しかし、冒険者の思いとは裏腹に、リゼは想像していたよりも強かった。

 なによりも目を引いたのは、その素早さだ。

 リゼも木で出来た模擬刀で戦っているので、相手を殺すことが無い。

 安心して攻撃出来るので、実力に近い動きが出来ていた。


「これなら、シトルより強いんじゃないのか?」

「馬鹿言え! 俺のほうが……多分、強いぞ?」

「どうして、最後は疑問形なんだよ」


 シトルたちは笑っていた。

 終始和やかなムードでリゼの特訓は続いていた。


「次は俺が相手をするぜ」


 バクーダが剣の具合を確かめながら、闘技場に上がってきた。


「いつでも、いいぜ」

「はい、御願いします」


 リゼの相手をするバクーダは六人目だった。

 明日の対戦相手チャーチルは剣士なので、相手をするのは全員剣士だ。

 しかもチャーチルは【二刀流】のスキル持ちだと聞いているので、慣れない二刀流で戦ってくれる冒険者もいた。


(……見ているよりも、早いな)


 実際に剣を交えたバクーダの感想だった。

 しかし、素直な攻撃なので太刀筋を見切るのが簡単だった。

 最初に相手をした二人は、リゼの早さに翻弄されたので苦戦をしていたが、慣れれば簡単に捌いていた。

 若いなりに戦闘センスがあるバクーダは、先程までリゼの素早さを見ていたので当然、攻撃パターンも理解していた。


「疲れてきたか?」

「いえ、大丈夫です」


 対人戦はリゼが思っていた以上に体力を奪っていた。

 どうしても負けるわけにはいかない。

 フィーネ……彼女をあの腐った家から解放してあげたかった。

 その思いのためにリゼは無理をしてでも、チャーチルとの模擬戦の勝率を上げる必要があった。


(これだけ早ければ、学習院の……あの馬鹿生徒にも十分通用するだろうな。しかし――)


 リゼの攻撃を捌きながら、バクーダは考えていた。

 予備動作にフェイントなどを教えれば、もっと強くなれると――。

 それはバクーダだけでなく、特訓を見ていたニコラスやフリクシンも思っていた。


(……フェイントも効かない。どうしたら――)


 教えてもらったことや、自分なりに考えたフェイントが通じない。

 いや通じないまでも、それなりに戦えると思っていたが、自分の思い違いだったと気付く。

 チャーチルの【二刀流】というスキルは”剣豪”や”剣聖”になれる可能性がある将来有望なスキルだ。

 自分のような意味不明なスキルとは違うからこそ脅威だと、リゼは思っていた。

 バクーダは大きく剣を振り、リゼの攻撃を弾く。


「リゼ。全力の速度で方向転換出来るか?」

「はい」


 バクーダは剣の先で左右にジグザクを描いたり、直角に曲がれるかなどをリゼに聞くと、その場でバクーダに動きを確認する。

 戦いを止めて話をしているバクーダを見て、冒険者たちはバクーダが面白いことを始めたと思いリゼたちに注目する。

 リゼは闘技場の端まで移動すると、バクーダも数歩下がる。

 用意が出来たのかバクーダが頷くと、リゼはバクーダに向かって走り始める。


「さっきよりも早いな」

「えぇ、そうですね」


 フリクシンとニコラスが冷静にリゼを観察していた。


「本当に大物になるかもな」

「それはどうですかね。あれくらいの早さであれば、ランクBにいくらでもいますよ」

「そうか? ランクBでも早い方だろう?」

「それは否定しませんが、彼女は冒険者としては日が浅いですからね」

「……生き残れればってことか?」

「はい」


 将来有望と言われた冒険者は多数いる。

 しかし、心半ばで冒険者を引退したりする者もいる。

 まだ生きていればいい方だろう。

 なぜなら、自他ともに将来有望と言われた冒険者の多くは、そのプライドの高さから自滅するものも多いからだ。

 ニコラスもフリクシンも、そのことを痛いほど知っている。


 リゼはバクーダに向かいながら左右に移動をしていた。

 そして、バクーダの手前で直角に曲がる。

 バクーダからすれば一瞬、リゼを見失った。

 だが、急激な方向転換をしたリゼは足へ違和感を感じて蹲っていた。

 最後の方向転換で右足が痙攣していた。


「大丈夫か?」


 駆け寄ったバクーダは、リゼを介抱する。


「ありがとうございます」


 申し訳なさそうに謝るリゼ。


「普段、こういう体の使い方を使っていなかったってことだな」

「……はい、勉強になりました」


 この動きをリゼも考えていない訳では無かった。

 以前にキラーエイプと戦った時に。そのヒントはあった。

 しかし、全力での方向転換は今まで試したことは無く、ここまで自分の体にダメージがあることを知る。

 それでも自分の体の限界を超えるくらい、チャーチルへの怒りがリゼの中で燃えていた。


「明日は、遠慮なく最初から一気に畳みかけろ。俺も応援しているからな」

「はい。いろいろとありがとうございます」


 右足の痙攣が治まったことを確認したバクーダは立ち上がり、リゼに手を差し出す。

 リゼは差し出された手を取り、立ち上がると周囲の冒険者たちがリゼに激励の声や拍手をしてくれたいた。

 明日は町にある闘技場での模擬戦になる。

 学習院に通う生徒の父兄や、学習院関係者に冒険者たちが集まる。

 リゼは、その環境で戦う緊張をまだ知らない。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「そうでしたか」

「はい」


 ニコラスはフリクシンと、クリスティーナの三人で話をしていた。

 話の内容はリゼに模擬戦を申し込んだ学習院の生徒チャーチルについてだった。


「キンダル領主に息子……か」

「はい、その生徒がリゼを妹だと言ったことは、私も聞いてました。」

「他の冒険者たちも聞いていたから、聞き間違いってことは無いだろう」


 クリスティーナとニコラスは、知りたくない答え合わせをしていた。

 チャーチルの発言でリゼがキンダル領主の娘で、外れスキル持ちだから捨てられて孤児部屋に送り込まれたのだと、冒険者たちは思っている。

 しかし、それを口にする者はいない。

 リゼの出生がどうあれ、いままで接してきたリゼを否定することは無い。

 自分の目で見て、自分の耳で聞いたこと以上の事実は無いと、冒険者たちは知っていたからだ。


「しかし、明日は荒れるぞ」

「たしかにね。しかし、それは冒険者ギルドには関係のないことだけどね」

「学習院側の問題でもありませんし、貴族間……キンダル領主が上手く事態を治めてくれれば良いのですが……」


 三人の懸念事項は「キンダル領主が、実子であるリゼを捨てた!」という事実が広まることについてだ。

 実子を捨てた非人道的な行いに嫌悪感を抱く貴族は多い。

 建前として「領主たるものは領民の見本になるべき」と考えているからだ。

 当然、知らぬ存ぜぬで押し通すことは出来る。

 しかし、その後の付き合いに影響が出るのは間違いない。


「なんで、わざわざ妹だなんて言ったのかね」

「リゼが孤児部屋に行ったことを知らなかったんじゃないかな?」

「たとえそうでも、あの言い草は完全にリゼを馬鹿にしていただろう」

「普段から、あの接し方だったから自然と出てしまっただけだと思うよ」

「まぁ、自業自得だな」


 フリクシンとニコラスは面倒臭いと思いながら、話をしていた。


「それでチャーチルって生徒の【二刀流】ってのは……本当なのか?」

「さぁ、どうだろうね。自己申告だから本人にしか分からないよ」

「でも――」


 フリクシンは言いかけた言葉を飲み込む。

 これ以上、何を言っても意味が無いと分かっていたからだ。


「所詮は模擬戦です」


 クリスティーナは冷静に飲み物を口に運ぶ。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十四』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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