第128話
ギルド会館に向かう途中、堂々とすると決めたが周囲を気にしながら歩く。
徐々にギルド会館に近付くと、自分でも分かるくらい鼓動が早くなる。
そして緊張しながら、ギルド会館の扉を開ける。
ギルド会館の中は、いつもの雰囲気だった。
リゼはクエストボードに向かい、いつも通りにクエストを確認する。
そして、『急募:ワイルドボアの討伐(一体)』のクエスト用紙を剥がして受付に持っていく。
最近、ワイルドボア討伐のクエストが多い気がする。
他にも『ワイルドボアの討伐(三体以上)』というクエストもある。
こちらは三人以上のパーティーが推奨されているので、
この『ワイルドボアの討伐(三体以上)』のクエストが受注されないと、リゼが受注しようとしている『急募:ワイルドボアの討伐(一体)』というクエストが発注されることになる。
「おはよう、リゼ」
「おはようございます、レベッカさん」
「ワイルドボアね。リゼなら余裕ね」
「いえ、そんなことありません」
「でも多数だったら、絶対に戦うことを考えないでね」
「はい」
リゼは既に何回か討伐している。
しかし、ワイルドボアは基本的に単独行動だが、極稀に縄張り争いをしている時、複数のワイルドボアに遭遇する時がある。
その時のワイルドボアは興奮状態にあり、とても危険なので
そもそも、
交流会のため、ギルド会館を訪れる学習院の生徒と鉢合わせしないように、リゼはそそくさと町を出て行くことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイルドボアの討伐を終えたリゼは、オーリスの町へと戻ってきた。
とても気が重かったが、「仕方がないこと」だと自分に言い聞かせる。
ギルド会館に戻ると幸いにも学習院の生徒たちの姿はいなかった。
安心して、レベッカにクエスト完了の報告をしていた。
いつも通り、ワイルドボアを冒険者ギルド会館の裏にある作業小屋でアイテムボックスから出す。
別々に二体討伐したので、追加報酬も貰える。
レベッカからは、何度も確認をされたが、やましいことは無かったので別々で討伐したことを正直に話した。
リゼのことを心配してくれているからの言葉だったが、レベッカはリゼに疑われたのでは無いかと、少しだけ後悔をする。
ギルド会館内で、報酬の受け渡しをしていると、冒険者ギルド会館内が一気に騒がしくなる。
講義を終えた学習院の生徒が一斉に出てきたからだ。
リゼも気付いたが、まだレベッカから成功報酬を貰っていない。
鼓動が早くなり、変な汗が噴き出すのが自分でも分かった。
学習院の生徒たちから顔を背けるように、リゼは自分の存在を出来る限り消そうとする。
この団体が、冒険者ギルド会館から出てくれれば、とりあえずは回避できる。
リゼは、そう思いながら学習院の生徒が冒険者ギルド会館から出ていくのを静かに待っていた。
ギルマスのニコラスや、サブマスのフリクシンも学習院の生徒を見送るつもりで学習院の先生たちと談笑しながら歩きていた。
他の冒険者にとっては見慣れた光景のようで、気にする素振りもない。
ただ、身分不相応の装備を見ながら、内心で笑っている冒険者や馬鹿にしている冒険者が多い。
冒険者の中には、生まれながらに高待遇の貴族たちに嫌悪感を持っている者もいる。
「よっ、リゼ!」
リゼを見つけたシトルが受付に向かって叫ぶ。
理由を付けて、受付にいるレベッカと話がしたい下心がシトルにはあった。
しかし、気付かれたくないリゼはシトルを無視する。
「おい、リゼ。どうしたんだよ」
執拗に名前を連呼するシトル。
自分は関係ないと、シトルを無視し続ける。
しかし、聞こえていないと思ったシトルは声量を増しながら、リゼの名を呼び続けながらリゼに近付く。
事情を察したレベッカが険しい顔でシトルを睨むが、シトルは気付かずに陽気にリゼの名前を叫びながら歩いて来る。
「リゼ?」
リゼの名前に反応する生徒学習院の中にがいた。
その生徒こそ、リゼの腹違いの兄”チャーチル”だった。
名前を呼ばれている冒険者のほうを見ると、見覚えのある背格好に銀色の髪。
実家にいるはずの妹が冒険者として、この場にいることなど考えられなかった。
しかし、冒険者に呼ばれて振り返た顔を見た瞬間、間違いなく腹違いの妹リゼだと確信する。
「おいおい、なんでこんな所にいるんだよ」
チャーチルは馬鹿にしたような大声でリゼに叫んだ。
実家でリゼに接していた態度で、生徒の列から外れてリゼに向かって歩き出した。
勝手に列を外れたチャーチルを他の生徒たちは足を止めて見ていた。
異変に気付いた学習院の先生が止めようと駆け寄る。
「チャーチル君。列に戻りなさい」
「先生。明日の模擬戦ですが、あいつとやらせて下さい」
仲間である冒険者に向かって”あいつ”と叫んだチャーチル。
冒険者ギルド会館内にいた冒険者たちから、殺気の籠った視線が向けられる。
これにはニコラスとフリクシンも気付き、緊張して対応できるようにと構える。
理由を聞く学習院の先生に対しても「リゼのことは妹だから模擬戦をやらせろ!」の一点張りだった。
模擬戦の参加は自由だ。
しかし相手を指名することに関しては、当然だが冒険者ギルドの承諾がいる。
事情をニコラスに説明しようとする。
その間もチャーチルはリゼを挑発するような言葉を掛ける。
「お前が勝ったら、あのドジで間抜けな使用人のフィーネを自由にしてやってもいいぞ」
リゼの表情が変わる。
あの使用人と言うのは、リゼの友人でもある”フィーネ”のことだ。
自分が居なくなった今でも虐待されているに違いない。
あのような場所以外であれば、フィーネも楽になると考える。
しかし、チャーチルの性格からして、負けたとしても約束を守るとは思えないし、その時にフィーネを鬱憤晴らしをするために今以上の虐待をすることも考えられる……。
「いい加減にしろ‼」
たまりかねたフリクシンが叫ぶ。
「お前、何のつもりだ。冒険者に文句でもあるのか‼」
「い、いえ……その――」
威圧するフリクシンに恐怖したのか、チャーチルは視線を落として口籠る。
フリクシンが出てこなければ、他の冒険者が力づくでチャーチルを止めただろう。
「あの野郎‼」
卒業して冒険者になろうとしていた生徒は、冒険者との軋轢を生むチャーチルの行動に怒りを感じていた。
他にも問題を起こされたら、問題を起こした世代と言われ続けることを知っている生徒たちの怒りも買っていた。
「あの落ちこぼれ野郎。余計なことしやがって!」
「所詮は”嘘つきチャーチル”だ。どうせ、何も考えずにいるんだろう」
学習院の生徒たちに、陰口を叩かれるチャーチル。
チャーチルは学習院では落ちこぼれだが、チャーチル本人は分かっていない。
それにすぐに嘘をつくことから、学習院の生徒たちの間で”嘘つきチャーチル”と呼ばれていた。
自分のスキルが【二刀流】だと豪語しているのに、剣術の授業では下から数えた方が早い。
毎回、負けるたびに「調子が悪かった」「本気を出す前に負けた」などと、必ず言い訳をする。
「あの”キンダル虚言兄弟”は、本当にどうしようもないな。同じ貴族として恥ずかしいよ」
チャーチルと弟のチャボットは父親の家門から、”キンダル虚言兄弟”と馬鹿にされている。
チャボットもチャーチル同様に落ちこぼれで、”仮病使いチャボット”と揶揄されている。
キンダル虚言兄弟は父親のチャールストンが伯爵ということもあり、自分より爵位が下の子爵や男爵の子供や、平民の子供を馬鹿にしている
兄弟揃って学習院の嫌われ者だが、本人たちはその事実を知らない。
チャーチルの声を耳にしたリゼは顔面蒼白だった。
間違えるはずのない声。
そして今、最も会いたくなかった奴だったからだ。
自分の名前を呼んだシトルでなく、もう少し慎重に行動をしなかった自分を責めていた。
「――ゼ。リゼ‼」
ニコラスの声で我に返る。
周囲を見ると何人もの冒険者がリゼの周りにいた。
「はい」
平然を装いながら返事をする。
「リゼの名前を叫んでいた生徒は、リゼの知り合いですか?」
「……いいえ、知りません。誰かと間違えているのかと思います」
「模擬戦の相手に指名されているが、どうしますか?」
ニコラスは心配しながらも、リゼに明日の模擬戦の相手を承諾するかを聞く。
「ギルマス。リゼに聞くってことは、相手はそれほど強く無いってことだよな」
「えぇ、剣術などの授業でも下位クラスだそうです。ただ本人曰く、【二刀流】のスキル持ちなので油断は禁物です」
「……【二刀流】のスキル持ち?」
途中で話に入ってきた星天の誓の剣士バクーダが眉をひそめる。
「それってよ――」
「バクーダ。そこまでです」
なにか言おうとするバクーダをニコラスが止めた。
剣士であるバクーダであれば【二刀流】のスキル持ちが剣術の授業で下位クラスになるなど、絶対にあり得ないと知っていた。
本人にやる気が無くてもスキルがあれば、普通に上位クラス悪くても中位クラスだからだ。
「それで、リゼ。どうしますか?」
「や、やります……いえ、やらせて下さい」
自分が本当に変わるためには避けては通れない。
それに関係のないフィーネを物のように扱うチャーチルに怒りを感じていた。
「分かりました。学習院には、そう伝えておきます」
ニコラスは立ち上がり、承諾したことを伝えに行く。
「リゼは明日の試合をすることに承諾しました。実力差があるかも知れませんので、仮に怪我しても自己責任になりますが宜しいですか?」
「はい、勿論です。それなりに手加減してあげますから安心して下さい」
「先生方も宜しいですか?」
「はい。私共も聞きました」
冒険者ギルドと学習院側で、チャーチルとリゼの模擬戦に関して万が一、怪我をしても当事者の責任となり、冒険者ギルドと学習院双方に責任は問わない。
近くにいたカプラスとゴンザレスも証人となる。
「リゼ。この後、俺たちが模擬戦前の特訓相手をしてやる。あの糞生意気な奴をぶっ飛ばしてやれ‼」
「俺も協力するぜ!」
バクーダをはじめ何人もの冒険者たちが、リゼの模擬戦前の特訓相手になると名乗り出てくれていた。
それだけチャーチルの言動は、この場にいる冒険者たちの反感を買っていたのだった。
「おい‼」
チャーチルの前にリアムが立っていた。
「はい、なんでしょうか?」
フリクシンもいるため、チャーチルはすっかり委縮していた。
「さっきの使用人の話は親は関係なく、お前の判断で自由に出来るからこそ、発言したんだよな」
「いえ、それは……」
「じゃあ、どういう意味で言ったんだ。答えろ‼」
リアムの怒声がギルド会館中に響く。
周りの冒険者や学習院の生徒たちは、リアムの怒りように戸惑い驚いていた。
「まぁまぁ、リアム」
仲介に入ったのはクリスパーだった。
「自分に権限もなく、嘘を着いたってことですよね」
「いえ、それは……」
「別に構いませんが、虚言であった場合は冒険者ギルドから正式に学習院へ抗議するだけのことです」
「……」
「まぁ、冒険者相手とはいえ嘘をついたことは、礼節を重んじる貴族としては、あるまじき行為なので問題になるの間違いないでしょう。貴族社会では恥ずべきことですから、社交界で親も同様に馬鹿にされるでしょうね」
クリスパーの発言にチャーチルは青ざめる。
自分の発言で誇り高きキンダル家の名誉に泥を塗ることになる。
それは父親であるチャールストンは絶対に許さないだろう。
母親のマリシャスに甘やかされて育てられてチャーチル。
父親に叱られても必ず庇ってくれていた。
「ぼ、僕の権限で発言しました。約束します」
チャーチルは嘘に嘘を重ねた。
「だそうですよ」
クリスパーの視線の先には、オーリス領主のカプラスの姿がある。
「しかと聞きました。私、オーリス領主のカプラスが証人となりましょう」
カプラスが二階から階段を下りながら話す。
「私も証人となりましょう」
「ありがとうございます。ゴンザレス殿」
学習院があるオーリスとバジーナ。
交流会には交互に領主が訪れている。
ゴンザレスは隣の都市”バジーナ”を領地に持つ”バージナル”の領主だ。
「馬鹿な奴だな。完全に言い逃れ出来ないぜ。俺たちに使用人をどうするかの権限なんてないのにな」
「まぁ、嘘つきチャーチルだから別に驚かないけどな」
「たしかにそうだな」
学習院の生徒たちから失笑が漏れていた。
――――――――――――――――――――
リゼの能力値
『体力:三十四』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『素早さ:七十六』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
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