第132話

 観覧席に戻ったリゼは興奮状態にあった。

 怒りに任せて戦った時の記憶が欠落していたからだ。

 フリクシンの「始め!」という声で、爆発した怒りを抑えきれないリゼ。

 気付くと目の前から、チャーチルの姿は消えていた。

 勝利の実感もないままだった。

 しかし、手にはチャーチルを斬ったような感覚が残っていた。


(……勝った)


 時間と共に勝利を実感していた。

 気絶したままのチャーチルは学習院の先生たちに運ばれて、併設してある医務室に運ばれた。

 チャーチルを動かそうとすると、周囲に悪臭が漂い騒ぎが起きたので、先に生徒を避難させた。

 リゼとチャーチルの試合が最後だったのが幸いした。

 もし、この後に試合があれば中断している時間が長くなってしまうからだ。

 チャーチルが汚した糞尿の処理は、学習院の先生と一部の生徒が行っていた。

 冒険者側からも手伝うために人員を出そうとしたが、学習院の生徒が起こした不始末なので、学習院側で処理すると断られていた。

 その当事者のチャーチルは目が覚めた時、自分が原因で自分を取り巻く環境が一変していることを、まだ知らない。


「よっ!」


 リゼの背後からラウムが声を掛ける。


「あ、ラウムさん」


 リゼをはじめ、冒険者たちはラウムが第三王子だとは知らない。

 ラウムも自分が第三王子だと、大っぴらに言うつもりが無く冒険者として接してくれていた方が楽なので、昨日通りに接していた。


「明日の朝一でオーリスを立つつもりだから、挨拶に来た」

「そうなんですか。もう用事は済んだんですか?」

「あぁ、リゼのおかげで思ったより早く済んだ」

「私の……おかげ?」


 リゼには思い当たることが何もない。

 不思議そうに首を傾げるリゼだったが、リアムはお構いなしにリゼに別れに挨拶をする。

 ラウムに続けて、クリスパーたちもリゼに別れの挨拶をすると、他の冒険者たちにも挨拶しながら去って行った。

 リゼはチャーチルとの約束が守られるのかが、気になっていた。

 フィーネを自由にしてくれる約束……あの家から解放されるのであれば、何処に行っても幸せに違いない。


「リゼ。少し席外せるか?」

「はい、なんでしょうか?」


 フリクシンがリゼを観覧席から連れ出す。

 連れ出された先は、一般観覧席から来賓用観覧席との連絡通路だった。

 フリクシンとリゼの姿を発見した扉を警護している衛兵の一人が部屋の中にいる衛兵に何か伝言をしていた。


「こちらで暫く御待ち下さい」


 残った衛兵がフリクシンとリゼに声を掛けてきたので、二人は衛兵の指示に従い待つことにした。

 暫く待っていると、カプラスとニコラスが部屋から出てきた。


「フリクシン、急な依頼で申し訳なかった」

「いえ、領主様からの頼みであれば従いますよ」

「リゼも急に来てもらって申し訳なかった」

「いいえ、構いません」


 自分を呼び出したのが、ギルドマスターのカプラスだったことは、フリクシンから聞いていない。

 おそらく口止めされていたのだとリゼは感じ取ったので、敢えて質問をすることもなかった。


「多分、気にしていると思ったので、早めに伝えた方が良いと思い来てもらった」


 カプラスはキンダル家に起きたことを最初に話した。

 キンダル領の領主を解任されて、バージナルの領地内のショナリーに本日を以って移転することや、脱税による私財没収を伝えた。

 そして降爵こうしゃくされて爵位が、伯爵から男爵になったことも伝える。


「使用人の処遇は、本人の意思を尊重するつもりだ」


 後任の領主が赴任するまでの間までは、別の者が暫定領主としてキンダル領を運営するらしい。

 リゼたちには暫定領主の名前は告げていないが、ラウムと仲間たちが暫定領主だった。

 ラウムたちが出来るだけ早く立とうとしていた理由が暫定領主だったとは、リゼたちが知る由は無かった。


「今回の件で、何代にも続いたキンダル家が滅亡したことになる」


 キンダル領をキンダル家が最初の領主だったことに由来する。

 その後も代々領主を務めていた。

 領主解任及び、伯爵から男爵へ降爵されたことにより、キンダルという貴族家門を名乗れなくなったのだ。

 新たな領主がキンダルの貴族家門を名乗ることはしない。

 既に貴族家門を持っているからだ。

 それに降爵された不吉な貴族家門を受け継ごうとする奇特な者はいない。


「賭けの対象になっていた使用人の件も、きちんとしておくから安心して下さい」

「ありがとうございます」


 報告を受けたリゼは安堵の表情を浮かべる。

 まさか、恨めしく思っていた両親たちが領地を追い出されることになるとは、予想もしていなかった。

 なにより仲の良かったフィーネが、これからの人生を幸せに暮らせるなら問題無い。

 ただ、別れの言葉を掛けずに離れ離れになってしまったので、最後に一言だけでも言葉を掛けたいと思っていた。

 それだけが唯一、リゼの心残りだった。


「それと先程、リゼと対戦した生徒の意識も戻ったそうだよ」

「そうですか」


 リゼにとってチャーチルの意識が戻ろうが戻らまいが、今はどうでもよかった。

 長年苦しめられていた両親や兄たちからの呪縛が解けたことに、リゼは気付いていなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ――模擬戦の翌日。

 生徒たちの話題はチャーチルが独占していた。

 先日の脱糞事件に加えて、観覧席での事件が影響している。

 昨夜、学習院生徒と親たちの食事会があった。

 親が参観に来ていない生徒たちも、食事会には参加出来る。

 親たちはチャーチルの親チャールストンに起きたことを自分の子供たちに伝えて、今後のチャーチルとの付き合いを考えるよう伝えていた。

 しかし、既に学習院内では嫌われ者として通っているチャーチルだったので、話を聞いた生徒たちは馬鹿にするような笑うだけだった。

 この話を聞いて喜んでいる生徒もいた。

 その多くは平民の子供や、チャーチルより親の爵位が下の子爵の子供たちだった。

 男爵は貴族であり貴族でないというのが、この国の共通認識だからだ。

 爵位は関係のなく平等をうたう学習院。

 幼い頃より誰もが平等だと教育を受けてきた者、自分たちは特別な存在だと言われて育った者。

 多くの子供が集まる学習院では、育ってきた環境が顕著に現れる。

 今までチャーチルに馬鹿にされていた者たちは、復讐に燃えていたのだった。

 そのチャーチルは体調不良を理由に食事会を欠席していた。


 模擬戦終了後の医務室で意識を取り戻したチャーチルに、学習院の先生とカプラスが訪れて事情を説明した。


「……あいつのせいだ‼」


 チャーチルは自分が、この事態を招いたとは思っておらず、リゼのせいだと逆恨みをする。


「君は何をいっているのですか?」


 的外れな発言をするチャーチルを学習院の先生は叱る。


「模擬戦を申し込んだのもチャーチル、君だ。それに負けたのも君。全て自分の言動が起こした結果だ。それを他人のせいにするのは甚だおかしなことだ」

「でも――」

「でも、なんですか? 反論があれば、今この場で聞きます。これ以上、冒険者ギルドに迷惑を掛けることは出来ません」


 学習院と冒険者ギルドいや、生産者ギルドや商業ギルドとは友好的な関係を築いている。

 チャーチルのような生徒のせいで、他の優秀で真面目な学習院の生徒に迷惑を掛けることがあってはならない。

 そもそも、チャーチルは授業態度も悪く学習院の先生たちからの評判も悪かったことも起因している。


「御両親から学費が払わなければ、申し訳ないが退学して貰うこともあるので覚悟しておいて下さい」


 学習院も慈善事業ではない。

 非道だが現実をチャーチルに伝えた。


「それなら、大丈夫です。父が必ず払ってくれますから」


 チャーチルは両親が自分への学費を払わないなどとは、全く考えていないのか、余裕の表情だった。

 しかし、チャールストンの財産は全て没収されている。

 この事は子供であるチャーチルには、学習院側の配慮で伝えていない。

 もちろん、自分の父親が伯爵から男爵に降爵になったことも知らない。

 自分が伯爵の子供でなく、男爵の子供になっているとは夢にも思っていないだろう。

 このまま卒業が出来れば、学費の追加は無い。

 しかし、チャーチルの今の成績では卒業も危ういが一応、卒業できる可能性が少しでも残っていた。

 だから今回の交流会にも参加していた。

 交流会に参加出来るのは一度なので、例え卒業が出来なくなっても次回の交流会には参加出来ない。

 チャールストンの経済事情からも、学習院に通う二人の子供に払う学費が無いことは、学習院側でも把握していた。

 平民でも子供を学習院に通わせるため、何年も貯蓄をしているからだ。

 つまりチャーチルが今回、卒業できなければ強制退学となる。

 自分を優秀だと思って疑わないチャーチルだが、明日の朝に目を覚まして、周囲から父親のことなどを聞いて現実を知り、落胆する姿を学習院の先生やニコラスは想像していた。



――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十五』(一増加)

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

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