第126話
クエストボード前で悩んでいるリゼに、同じ冒険者の星天の誓のサルディとバクーダ、コファイの三人が声を掛けてきた。
「よっ、リゼ」
「あっ、星天の誓の皆さん、おはようございます。早いですね」
「あぁ、クエスト継続中だからな。昨夜、一度戻ってきたんだ」
「そうなんですか」
「それよりもクエストボードの前で悩んでいるようだが、どのクエストで悩んでいるんだ?」
「……これです」
リゼはニードルシープ討伐のクエスト用紙を指差す。
ニードルシープは一見、普通の羊が大きくなっただけのように見えるが、興奮したり身の危険を感じると、毛が逆立ち針のように固くなる習性を持つ。
この特殊な毛が服などに重宝される。
それに加えて厄介なのが、少しでも危険を察知すると、すぐに逃走してしまう。
毛を逆立てると物理攻撃が難しくなり、魔法攻撃でしか倒せなくなる。
しかし、魔法攻撃によっては毛にダメージを与えてしまうので、このニードルシープの討伐クエストでは魔法攻撃を推奨していない。
魔法攻撃により毛が損傷していると、報酬を減らされる。
発見率は高いが討伐するのが困難なため、クエスト難易度は難しい部類に入る。
リゼもクエストを受注するのに悩んでいた。
「ニードルシープか……たしかにすぐに逃走するからな。気配を消して近付くのは、それほど難しくないが、逃走を追える素早さがないとな」
「そうだね。何人かで逃走経路を抑えるとかしないと難しいよね」
「労力と報酬が合っていないからな。数を討伐しないと厳しいしな」
成功報酬が少なく人気の無いクエストの一つらしい。
ニードルシープの買取価格が上がらない、もしくは報酬を上げられないことに理由があるようだった。
「足を最初に攻撃すれば、逃走を阻止することが出来る。それに倒れれば毛の無い腹部への攻撃で倒すことが出来るから、リゼも覚えておいた方がいいぞ」
バクーダはニードルシープ討伐の攻略法をリゼに教える。
「リゼは盗賊だから、職業的に『素早さ』は高いよな?」
「多分……ですが」
本当は『素早さ』の高さには自信があった。
しかし、他の冒険者と比べたことが無いから、バクーダのいう能力値の基準が分からなかった。
「まぁ、ニードルシープは持久力が無いし、団体で行動しているから一匹逃しても、周囲を探せば又、見つかるからな」
サルディも助言をしてくれる。
「ありがとうございます」
リゼは晴天の誓の三人に礼を言うと『ニードルシープの討伐(二匹以上)』のクエスト用紙を剥がして、受付にいるレベッカに渡す。
「ニードルシープね。難易度が高いけど、大丈夫?」
レベッカはリゼに再度確認をする。
「はい。逃走率が高いことや、物理攻撃が難しいことは承知の上です」
クエストの難易度を理解していることを確認出来たレベッカは、発注手続きをしてリゼに渡した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いた」
見渡しの良い草原にニードルシープの集団がいる。
匂いで気配を悟られないようにニードルシープの風下へと移動をする。
草むらに身を潜めながら、少しずつニードルシープとの距離を詰める。
焦らずにゆっくり、ゆっくりと出来るだけ音を立てずに静かに進む。
あと少しという場所まで接近すると、ニードルシープの様子に変化が現れる。
耳を立てて周囲を警戒するよう仕草をする。
リゼは気付かれたのだと思い、少し遠いが攻撃を仕掛けようと体勢を変える。
しかし、リゼの思いとは逆にニードルシープの集団はリゼに向かって走ってきた。
攻撃をするといった感じでなく逃走に近い行動だった。
草むらに潜んでいたリゼはニードルシープの集団に踏まれる恐怖に襲われる。
リゼは草むらから姿を現して、向かってくるニードルシープに攻撃を仕掛ける。
突然、草むらから現れたリゼに驚くニードルシープたちだったが、急に方向を変えようとしても仲間のニードルシープがいるので、簡単に方向転換できない。
しかし、危険を感知したため咄嗟に毛を逆立てたニードルシープに驚き転倒するニードルシープに更に躓き倒れる。
リゼの目の前でニードルシープたちが何もせずとも、勝手に転倒している。
状況が把握できないリゼだったが、仰向けになったニードルシープの腹部を斬り付けたり、逃走出来ないように足を傷つけたりする。
無我夢中で討伐するリゼ。
気付くと目の前に六匹のニードルシープが倒れていた。
「終わった?」
リゼは周囲を見渡しながら、自分に問い掛けた。
しかし、腑に落ちないことがあった。
ニードルシープが突然、逃走行動に出たことだ。
自分を危険と察知したのであれば、逆方向に逃走する筈だ。
つまり、逃走方向と反対側にニードルシープたちは危険と判断した何かが存在している。
リゼは視線をその方向に向ける。
(人間? それとも……魔物?)
緊張しながら目を凝らすと、小さな人影が見えた。
(冒険者かな?)
リゼは視線を外さずに、討伐したニードルシープをアイテムバッグに収納する。
「おーい」
徐々に大きくなる人影は六つだと気付く。
そして、向こうからリゼに声を掛けてきた。
リゼは面識のない六人に警戒する。
「おーい」
再度、リゼに声を掛けて近付いて来る。
リゼは応えることなく、その場に立っていた。
「怪我は無いか?」
六人組はリゼの様子を気にしていた。
「悪かった。ニードルシープを刺激するつもりはなかったんだが……それに、まさか人が居るとは思わなかったしな」
武闘家らしい男性が、気さくに声を掛けてきた。
「いいえ。それより……もしかして、ニードルシープの討伐をしていましたか?」
リゼは自分が討伐対象を奪ったことで文句を言われるのではないかと危惧する。
「違います。魔物がいたので少し殺気を放ったら、逃げただけです。その方向に人が居るとは知らずに御迷惑おかけしました」
長身で細身の男性が礼儀正しく、リゼに謝罪をする。
そして男性は”クリスパー”だと名乗り、最初に声を掛けてきた男性を”ジョエリオ”だと紹介した。
「私はエミリネットよ」
「俺の名はビスマルクだ」
「ユーリよ。よろしくね」
魔術師らしい女性が名乗ると男性と女性が続けて挨拶をする。
「俺はリアムだ!」
最後の男性が名前を告げたことで、挨拶を終えた。
「リゼです」
リゼも礼節を軽んじることなく、自分の名を名乗り六人に挨拶をする。
「リゼ?」
リゼの名を聞くと、六人が顔を見合わせる。
「リゼはオーリスの冒険者か?」
「はい、そうです」
「銀翼のメンバーとは知り合いか?」
「はい。銀翼の方々たちとは何度か話をさせて頂いています」
「っしゃー」
リアムが雄叫びをあげる。
いきなりのことで、リゼは驚く。
「とりあえず、オーリスに行く目的の一つは達成できたようなので一旦、戻りますか?」
「おいおい、クリスパー。なにを馬鹿なことを言っているんだ。せっかく、オーリスまで来たんだから、少しくらいゆっくりして行こうぜ。どうせ、後からオーリスで合流するんだしよ」
「私もビスマルクに賛成」
「同じく」
リゼに会うことが目的だったらしく、目的を達成したので早々に帰ろうとするクリスパーの意に反する発言をするビスマルクとエミリネットにユーリの三人だった。
ジョエリオは何も言わずに黙ったままだった。
「俺もビスマルクの意見に賛成だ。ということで、オーリスに行くぞ」
最後にリアムが発言をすると、クリスパーは頭を左右に振り、大きなため息をつく。
リゼはクリスパーの姿を見ながら「苦労しているのだろう」と感じていた。
「その……私に用事があったのですか?」
リゼは六人の目的が自分だと知り、身に覚えがないので質問をした。
「銀翼が気に掛けている小さな冒険者がいるって噂を聞いたんで、会いに行こうってなっただけだ」
「……それだけですか?」
「それだけだ」
リゼには理解できなかった。
近所の店に物を買いに行くような感覚でリアムは話すからだった。
「銀翼がクランメンバー以外の冒険者に興味を示すのは珍しいですからね」
クリスパーが冷静に説明を始めた。
「リアムはクウガを気にしすぎですから余計、気になっているんでしょう」
「あのクウガの馬鹿が目を掛けているって聞いたら、気になるに決まっているだろう。お前だってアリスがベタ惚れしているリゼを気にしていたじゃないか」
エミリネットとリアムが言い合いをしていた。
いつものことなのか、他の仲間たちは気にすることがなかった。
以前に出会った黒龍のグラドンもクウガのことを言っていたと、リゼは思いだす。
自分の知らない所で、銀翼のメンバーたちが自分のことをどう話しているのか、気になり始める。
「皆さんは同じクランなんですか?」
リゼは話題を変えることにした。
これ以上、自分の知らない所での話に耐えられなくなったからだ。
「少し違いますね。クランではありませんが、仲間であることには違いはありません」
クリスパーが誰よりも先に答えた。
クランメンバーで無いが仲間だというので、パーティーだと思うが話を聞く限り臨時のパーティーではないことは分かる。
しかし、冒険者同士の詮索は御法度だ。
リゼは、それ以上のことを聞くことは無かった。
――――――――――――――――――――
リゼの能力値
『体力:三十四』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『素早さ:七十六』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
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