第125話
バーナム曲芸団がオーリスでの最終公演を終えて、撤収作業をしていた。
リゼは河川敷に座り、その様子を見ていた。
慣れた作業で忙しそうにしている団員たちを見ていると、声を掛けるのが申し訳ないと思い始めてしまい、時間だけが経過する。
「よっ」
背後から不意に声を掛けられたリゼは驚いて振り返った。
そこにはバーナム曲芸団の団員チクマールが立っていた。
「こんにちは、チクマールさん」
「こんな所で何をしているんだ?」
リゼはチクマールに説明をする。
公演を見ようとしたが完売してしまい、公演を見ることが出来なかったことによる謝罪と、オーリスを去る前に挨拶をしに来たことを伝える。
「律儀だな。……俺に着いて来い」
「えっ、でも――」
忙しいところに自分が訪ねることで、邪魔になる事を懸念した。
「挨拶だけだろう。それくらいなら大丈夫だって」
チクマールはリゼの返事を聞かずに、座っていたリゼに手を伸ばす。
リゼは迷いながらも、そっと手を伸ばすとチクマールは強引に手を引く。
「じゃぁ、行こうか」
チクマールは笑いながら、バーナム曲芸団の方へと歩き始めた。
バーナム曲芸団に近付くと、チクマールとリゼを見つけた団員が駆け寄る。
「チクマール。お前、撤収作業サボって、女の子を引っ掛けているんじゃない」
「おいおい。いくら俺が女好きでも、ここまでの年齢は流石に対象外だ。それに俺は団長に言われて、買い物をして来ただけだ」
チクマールは、腰に掛けていたバッグに手を伸ばす。
腰に掛けていたバッグはアイテムバッグだったのか、バッグ以上の大きさの食料を出した。
「それより、アリアーヌとティアーヌに……悪い、名前なんだっけ?」
「リゼです」
「そうそう、リゼが挨拶に来ているって伝えてくれ」
「アリアーヌとティアーヌにか? その子はアリアーヌとティアーヌの知り合いなのか?」
「あぁ、そうだ。小さな冒険者のリゼと伝えれば、手を止めてでも来るはずだ」
「……分かった」
団員は腑に落ちない表情をしながらも、チクマールからの伝言をアリアーヌとティアーヌに伝えに行った。
「良かったんですか?」
「何がだ?」
「その私のせいで、サボっていると疑われていましたし……」
「ははっ、リゼが気にすることはないって。俺の普段の行いのせいだろうだし」
チクマールが笑っていると、伝言を受け取ったアリアーヌとティアーヌが歩いて来る姿が目に入った。
「こんにちは」
アリアーヌとティアーヌがリゼに挨拶をする。
リゼは挨拶をすると先程、チクマールに話をしたことと同じことをアリアーヌとティアーヌにも話して謝罪をする。
「そんなことで、わざわざ来たの?」
「真っ直ぐな子ね。ありがとう」
アリアーヌとティアーヌは二人とも驚いていた。
たかが口約束を守れなかったことで、謝罪に来たのは二人にとって初めてのことだったからだ。
「今度、オーリスに来た時は私たちの客人ということで席を用意しておいてあげるわ」
「そんな……申し訳ありません」
「いいのよ。別に特別なことじゃないしね。それに私たちは貴女のことを気に入ったから」
アリアーヌとティアーヌは見つめ合い笑う。
リゼ自身、どうして自分を気に入ってもらえたのかが分からなかった。
「あっ、冒険者なら別の町で合うかも知れないから、オーリスに限ったことじゃないから、町で見かけたら遠慮なく声を掛けて下さいね」
「そうそう」
アリアーヌの言葉に、ティアーヌが頷く。
「ありがとうございます」
リゼはアリアーヌとティアーヌの好意を受け入れて、頭を下げて礼を言う。
「あっ、これをリゼに差し上げるわ」
アリアーヌは紐が編み込まれた腕輪をリゼに差し出す。
腕輪の一部には紋章のような印が刻まれた金属がある。
「これは、私たちが友人の証として、気に入った人にあげている物なの」
「そうよ。これを見せればバーナム曲芸団の団員であれば、私たちの友人だと分かるからね」
「ありがとうございます」
リゼは腕輪を受け取る。
「おぉ、珍しいな。お前たちがそれを渡すのって、久しぶりじゃないか?」
「当り前よ。そんな簡単に渡す物ではないですしね」
「そうですね。最後に渡したのは王都ですから、それ以来ですね……まだ、十人にも満たない筈ですよ」
ティアーヌは指を折りながら、渡した人数を数えていた。
「大事にします」
「そんな大げさなものではないですよ」
「そうですよ」
大事そうに腕輪を持つリゼを見ながら、アリアーヌとティアーヌは笑う。
「じゃあ、私たちは戻るから」
「リゼも有名になったら、私たちのことを宣伝してね」
「それはいいわね」
ティアーヌの冗談にアリアーヌは、名案とばかりに相槌を打つ。
「お気をつけて、旅を続けて下さい」
「ありがとう」
リゼはアリアーヌとティアーヌ、チクマールと別れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
時間には早いがリゼは宿に戻った。
そして、小太刀を研ぐ作業に入る。
新しい小太刀で二度、討伐クエストをした。
切れ味は問題無いし、使い勝手も悪くはない。
しかし、なにかが気になっていた。
その何かが自分でも分からないし、ただ単純に前の小太刀との違和感であれば、新しい小太刀に慣れれば問題無い。
リゼは小太刀を研ぎながら考えていた。
キラーエイプの討伐についてだった。
人型魔物……たしかにキラーエイプは人型魔物になる。
そもそも人型魔物の概念は、二足歩行が出来て翼がないことだ。
キラーエイプは人間よりも動物よりだったので、それほど罪悪感を抱くことなく討伐することが出来た。
それに素早さを増したことで、体への負担が大きいことも知る。
自分なりに最大の早さで動いた時に、方向を変えようとしたり止まろうとする時の反動が凄く、体が悲鳴をあげる。
これを克服するには筋力を増加させるしかない。
その筋力増加が能力値の『体力』『力』『防御』のどれになるのかさえも分からない。
リゼは筋力を増加させるために効率の良い方法を考える。
冒険者の中には、筋肉隆々の冒険者も多くいる。
彼らが筋肉増加のために何かをしているかと言えば、否だ。
普段のクエストで鍛え上げられた筋肉で、見せかけの筋肉とは違う。
それは生産職の職業でも言えることである。
必要な筋肉のみが肥大する――しかし、リゼは急激な成長により筋肉がついていっていない。
リゼは図書館に行き、関係する書物を読もうと決める。
ただ、昔に噂で筋肉をつけすぎると身長が伸びないとも聞いた。
身長が低いことに抵抗があるリゼは、その噂のことが頭を過ぎり考えてしまっていた……。
「痛っ!」
考え事をしながら小太刀を研いでいたため、指を切ってしまった。
刃物を研ぐときは集中するようにと、ラッセルに言われていたことを思い出す。
「私って駄目だな……」
自業自得だと分かっていたが、何をしても上手くいかない自分に嫌気がさしていた。
指から流れ出る血を舐めて止血をする。
血が止まるまでベッドで横になる。
天井を見ながら近々、開催される学習院との交流会のことを考える。
間違いなく交流会に参加するであろう異母兄弟のチャーチル。
出来れば……いや、絶対に会いたくない存在だ。
しかし一方で、過去から逃げていいのかという疑問も感じていた。
もう自分は、キンダル領主チャールストンの娘ではない。
ただの冒険者リゼだ。
父母や兄たちとは関係のない存在だ。
頭では分かっているが、長年刻まれた感情と記憶が簡単に切り替えることが出来ないことを、リゼ自身も分かっていた。
考えながら、リゼは眠ってしまった――。
――――――――――――――――――――
リゼの能力値
『体力:三十四』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『素早さ:七十六』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
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