第124話

 リゼはクエストボードの前で、クエストを探していた。

 正確には受注するクエストで悩んでいた。

 理由は二つあった。

 一つ目は新しい武器を使うことに、一抹の不安を感じていたからだ。

 二つ目は悩むというよりも、戸惑っているといった表現が正しいのかも知れない。

 普段ならクエストの奪い合いで、残っているクエストの数は少なく、クエスト内容も同じようなものが多いのだが、今日は違っていた。

 クエストの多くが残り、普段なら受注できないであろうクエストも数多く残っていたのだ。

 これは冒険者の多くが、町の人と同じようにバーナム曲芸団の公演を見ようとしていたからだった。


「……これにしようかな」


 リゼはクエストボードから、クエスト用紙を剥がして受付へと持っていく。

 受付の行列も数人しかいなかったので、すんなりとレベッカにクエスト用紙を渡すことが出来た。


「おはよう、リゼ」

「おはようございます、レベッカさん」


 いつも通り朝の挨拶を交わす。


「このクエストって、リゼは初めてかしら?」

「はい」


 レベッカも受付嬢として、担当冒険者のクエスト受注履歴をある程度は覚えていた。

 アイリから引き継いだリゼについても、他の冒険者同様に出来るだけ覚える努力をしていた。


「素早い魔物だけど大丈夫?」

「自信はありませんが……挑戦したいと思います」

「一応、推奨は二人以上なんだけど、本当に大丈夫?」

「大丈夫です」

「分かったわ。このクエストは魔物の死体と魔石の両方を持ち込んで、クエスト達成になるから、覚えておいてね」

「はい」


 レベッカはクエスト発注の処理をして、リゼに渡す。

 リゼの受注したクエストは『キラーエイプ討伐(一匹以上)』だった。

 死体と魔石を持って帰って来ることがクエストの達成条件のようだ。


 リゼは悩みながらも、このクエストを選択したのには弱点克服という明確な目的があった。

 新しい武器の不安を掻き消す相手。

 それと……人型魔物の討伐。

 今まで、人型魔物の討伐は経験が無い。

 それは単純にクエストが無かったからもあるが、心理的に殺人をする感覚に似ているので避けていた。

 リゼは数日前に目が覚めると、スキルのクエストが二つ表示されたので、保留にしていた。

 それが『人型魔物の討伐(一匹)』と『飛行魔物の討伐(一匹)』だった。

 飛行魔物は簡単に討伐出来ないのは知っているので、人型魔物の討伐を選択した。

 バーナム曲芸団のアリアーヌとティアーヌに言われたことが、リゼの頭から離れなかった。

 そう「出来ないことは切り捨てて、得意なことを伸ばす」「得意なことで苦手な部分を上回ればいい」の二言だ。

 リゼも同じことを考えていた時期もあった。

 しかし、他人から……自分と同じ職業で凄い技術を見せてくれたアリアーヌとティアーヌからの言葉で、自分の武器と考えていた『素早さ』を更に特化させようと考えていた。


 リゼはすぐにキラーエイプを討伐するために旅立った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 キラーエイプの生息場所に到着する。

 リゼの足でも半日以上かかったので、既に日は沈んでいた。

 バーナム曲芸団の人たちから、職業への拘りを感じていたリゼは今までの自分が、いかに甘い考えだったかと感じていた。

 何度も考えさせられることはあったが、それでも自分の甘さが消えていなかった。

 リゼは今一度、冒険者として生きていくのだと心に誓う。


 襲撃に備えられるような場所を探して、火を起こす。

 地面に火を起こした跡が残っていたので、他の冒険者も同じ場所で火を起こしたのだと知り、自分の考えは間違っていないのだと安心する。


 リゼは焚火を見ながら、襲い来る眠気と戦っていた。

 正確には深い眠りにならないように、周囲に気を配る必要があるので浅い眠りのまま、襲撃に備えられるようにしていた。


 狼か魔物か分からないが、遠くで遠吠えが聞こえた。

 その声に反応して咄嗟に周囲を見渡した。


(問題ないか――違う!)


 リゼは戦闘態勢を取る。

 草むらが不自然に動いていることに気付く。

 小動物かも知れないが……。

 リゼの心拍数は一気に上がる。

 前方の草が大きく揺れるのに反応して、小太刀を抜く。

 しかし、すぐに背後からの気配に体を反転させると、目の前にキラーエイプが迫っていた。

 リゼは背後に飛び距離を取ろうとするが、背後からも別のキラーエイプが襲い掛かってきた。

 リゼは咄嗟に回避する方向を変えた。


「……二匹」


 思っていた展開と違うことに、リゼは戸惑いを隠せなかった。

 リゼの動揺はキラーエイプにも伝わる。

 キラーエイプを冷静に観察する。


(体格は私よりも二回り以上大きい。力が強いが、動きは早くない。それに弱点は――人と同じ)


 攻撃しないリゼをあざ笑うかのように、二匹揃って突進してくる。

 リゼはキラーエイプの周りを円を描くように逃げる。


(やっぱり、私の早さについてこれない)


 キラーエイプは圧倒的な腕力と握力で相手を攻撃することに特化している。

 つまり逆に考えれば、腕にさえ気を付けていればいいということだ。

 しかし、捕まれば逃げる術がない。

 リゼは命のやり取りをする緊張感に疲労が増していた。

 二匹の攻撃を躱しながら、一撃を入れたらすぐに離れる攻撃をくり返す。

 思うようにいかない苛立ちからか、一匹のキラーエイプが雄叫びを上げる。

 あまりの雄叫びの大きさに一瞬、リゼは顔をしかめた。

 視線はリゼを向いているが、キラーエイプ同士で会話をしているようだ。


(たしか、キラーエイプは魔物の中でも知能は低く無かった筈――)


 より一層警戒をするリゼ。

 キラーエイプはリゼを逃がさないようにと挟み撃ちするような位置取りをする。

 リゼは顔を左右に振りながら、キラーエイプの様子を伺う。

 一匹のキラーエイプがリゼに向かって行くのが合図だったかのように、もう一匹のキラーエイプもリゼに向かって走り出す。


(大丈夫……上手くいく)


 リゼは動かずにキラーエイプを迎え撃つ構えを取る。

 先に向かってきたキラーエイプが長い手を伸ばして、リゼを掴もうとするが、リゼはそれを躱す。

 しかし、反対方向から向かって来ているキラーエイプも同じように長い手で、リゼを掴もうとしていた。

 二匹との距離を確認しながら、リゼは一瞬でキラーエイプの間から横に抜け出す。

 勢いが止まらないキラーエイプはお互いにぶつかり倒れて悶絶する。

 うつ伏せになっているキラーエイプに、リゼは後ろから小太刀で首元を斬る。

 勢いよく噴き出す血と断末魔を上げるキラーエイプ。

 一矢報いようとリゼに反撃を試みるが、リゼの姿はもう一匹のキラーエイプの所にあった。

 肩で息をするキラーエイプは、さきほどぶつかった時に目を痛めたのか、目を細めていた。

 リゼは自分の素早さを最大限に生かすかのように、キラーエイプの背後に回り、何度も小太刀での攻撃をくり返す。

 首元を斬ったキラーエイプが視線に入るが、既に倒れているので絶命しているのだろう。

 戦っているキラーエイプも明らかに攻撃が効いているのか、足元がふらついていた。

 そして、その十分後にはキラーエイプは膝から崩れ落ちた。


(……倒した⁈)


 リゼは半信半疑ながらも近付くことはしなかった。

 知能が高い魔物の中には、死んだふりをして近寄ったところを攻撃することがある。

 リゼは十分程傍観する――。


 動く気配が無いので、最初に倒したキラーエイプ慎重に近寄り、心臓に小太刀を突き刺す。


(この大きさでも入るのかな?)


 リゼはアイテムバッグに、これだけの大きさの物を入れたことが無かったので、入るのか不安だった。

 容量的に問題無いのだが……。

 リゼはアイテムバッグにキラーエイプの足を収納すると、吸い込まれるようにキラーエイプの体がアイテムバッグへと吸い込まれた。

 アイテムバッグの凄さを改めて思い知った。


 そして、もう一匹の方へ歩き始めるが、数歩歩いたところで足を止めた。

 見間違いかも知れないが、キラーエイプが動いたように見えたからだ。

 リゼは足元にある石を拾い、キラーエイプに向かって投げる。

 ……反応はない。

 しかも、呼吸している様子も無い。

 警戒心を解くことなく近付き、アイテムバッグにキラーエイプを収納する。


 目の前には『クエスト達成』が表示されると続けて、『報酬(万能能力値:十増加)』と表示された。

 リゼは迷うことなく、全てを『素早さ』に振り分けた。


(……これで、ランクBの平均くらいかな)


 リゼは能力値を見ながら、以前にアリスから教えてもらえたことを思い出していた。

 ランクBの能力値の平均は、大体三十位だと言っていた気がする。

 しかし、防御や魔法耐性は最低二十だった。

 他の冒険者の能力値が分からないので憶測でしかないが、職業によって多少のバラツキはある。

 だがリゼは、自分のように一つの能力だけが異常に高い冒険者は稀だと感じていた。


 最近はスキルのクエストが発生する頻度が少ない。

 だが、成功報酬がその分高い。

 その反面、失敗した時の代償も大きいに違いない。

 


――――――――――――――――――――


リゼの能力値

『体力:三十四』

『魔力:十八』

『力:二十二』

『防御:二十』

『魔法力:十一』

『魔力耐性:十六』

『素早さ:七十六』(十増加)

『回避:四十三』

『魅力:十七』

『運:四十三』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る