第122話
すぐにでも小太刀の使用具合を試したいと、リゼは思っていた。
先程まで清掃クエストを達成してクエストボードを見ていたが、今から受注出来るクエストがあるのは確認していた。
しかし、今から出発すると夜遅くなる……場合によっては野営をすることになる。
慣れない武器という不安を感じていたリゼは、逸る気持ちを抑える。
とりあえず、明日の準備をするために干し肉などを補充することにする。
昼過ぎのため、人通りが多く感じられたが気にすることなく町の中を歩く。
往来する人々が、バーナム曲芸団の話をしているのを耳にする。
やはり皆、楽しみにしているのだろうと感じていた。
調教した動物や魔物に芸を仕込ませることもあるらしいが、魔物の取り扱いに厳しい昨今では、魔物を連れている曲芸団は今では皆無らしい。
そもそも調教師という職業はスキルに依存する職業なので、選択する者が少ないし、労力に見合った報酬を貰えないことから、調教師という職業は時代と共に姿を消した。
今、曲芸団で動物を調教している者もいるが、彼らは調教師ではない。
曲芸団に所属しているが、それぞれがいろいろな職業に就いている。
彼らが担当する演目の傍らに動物を調教しているだけなので、一般人がペットを飼うよりは少しだけ技術があるだけだ。
技術と言っても、長年に渡って曲芸団独自の調教方法を受け継がれているだけだ。
「今年も、アリアーヌとティアーヌの二人に注目だな」
「あぁ、あの姉妹の剣やナイフさばきは凄いからな」
「あれだけの技術があれば、冒険者でも十分に食べて行けただろうにな」
「まぁ、曲芸団だけでも、そこらのパーティーよりも強者揃いだしな」
リゼは足を止めて、店先で酒を飲んでいた男たちの会話を聞いていた。
自分の認識では、曲芸団が移動の際は冒険者に護衛を頼んでいると思っていた。
しかし、男たちの話から護衛を雇わずに、自分たちだけで旅を続けていたことを知る。
改めて、自分の無知を知ることになったリゼは、見聞を広めなければ! と思い直しながら、町を散策することにした。
徐々に、人が多くなっていく。
河川敷で曲芸団が設営している場所に近付いて来たからだろう。
設営している周りに人だかりが出来ていた。
設営も殆ど終わったのか、明日からの興行に向けて曲芸団の何人かは、幾つかの芸をサービスで見せていた。
当然、本番では演じない芸だが、街の人たちからすれば、それですら歓声を上げるほどに凄い芸だ。
ひと際、歓声が大きくなる。
アリアーヌとティアーヌが姿を現したからだ。
美形な顔に、女性ですら憧れる体型。
彼女らが、このバーナム曲芸団の看板であることは誰もが認めている。
リゼは素通りしようとしたが、後ろのほうにいたので何が起こっているか分からなかった。
しかし、町の人が興奮している姿が気になり、少しだけ足を止めていた。
アリアーヌとティアーヌは、芸を見せることなく、少しだけ話をするとすぐに姿を消してしまった。
芸を見られなかったことを残念がる人はおらず、逆にアリアーヌとティアーヌに会えたことを喜んでいた。
諸事情により曲芸団を見たくても見られない人もいる。
そういった人たちに向けて、今後の活動も考えて対応をしているのだろうと、リゼは町の人たちを見ながら思っていた。
リゼも諸事情……懐事情で曲芸団を見ることは出来ない。
人々が徐々に少なくなっていくなか、自分でも理由は分からないが曲芸団を見続けていた。
小さな冒険者が珍しいのか、曲芸団の一人がリゼに向かって声を掛けてきた。
「そこの娘さん。もしかして、冒険者かい?」
リゼは自分に向けられた言葉なのか分からずに、周囲を見渡す。
その様子が面白かったのか、曲芸団の団員は笑っていた。
「娘さんのことだよ」
リゼは自分のことかを確認するため、自分を指差してみる。
「そうそう。それで冒険者かい?」
「はい、そうです」
「ちょっと、待ってな」
団員は一度、テントに戻ると数人の団員を引き連れて、再び姿を現す。
「ちょっと、こっちに来な」
思わぬ言葉にリゼは戸惑う。
部外者の自分が勝手に行っていいのか? と考えながらも、誘われた立場だし危害を加えられるとも考えられないので、素直に曲芸団の方に歩く。
「娘さん。名前はなんて言うんだい?」
「リゼと言います」
「そうかい。僕は――」
団員たちは各々が自分の名を名乗り始めた。
竹馬での芸を得意とする”チクマール”、体の柔らかさで観客を驚かす”レオポール”、息の合った駆け引きをして見ている人を笑わせる”ザール”と”オーギー”だった。
「失礼を承知で尋ねるけど……見た目的には学習院に通う年齢だと思うのだが……」
「学習院には通っていません」
リゼは恥じることなく、堂々と答えた。
団員たちは、予想以上に堂々としているリゼに驚く。
そして、好意的な感情を抱いた。
「そうかい。ここにいる者たちの多くは学習院に行っていないから仲間だな」
「まぁ、正確には行っていないでなくて、行けなかっただけどな」
「たしかにそうだな」
リゼは自分が思っていた以上に、学習院に通っていない人が多いことに驚いた。
学習院に通っていない自分が特殊……普通でないと思っていたからだ。
「おや~、集まって何をしているかと思ったら、怪しいことでも企んでいるのかしら?」
「小さい子相手に、何をするつもりなのかしらね」
アリアーヌとティアーヌがリゼたちを見つけて、揶揄うように歩いて来た。
「馬鹿なこと言うな。小さな冒険者が見ていたから話をしていただけだ」
チクマールが誤解を解こうと弁明する。
「えっ、冒険者なの?」
「たしかに、装備を見れば冒険者だけど――」
小さな冒険者にアリアーヌとティアーヌも興味を持つ。
「私はアリアーヌ。隣にいるのが妹のティアーヌよ」
「よろしくね」
「リゼです」
軽い気持ちで見ていただけだったリゼの周りには曲芸団の団員が集まってきた。
「あれ? それ、小太刀じゃない」
「珍しいわね。職業は何?」
「盗賊です」
「あら、私たちと同じじゃない」
顔が瓜二つなので、双子だとリゼは気付く。
辛うじて髪型で二人の判別がつく。
それ以上に、リゼはアリアーヌとティアーヌの職業が盗賊だったことに驚く。
曲芸団は冒険者じゃないので、同じ職業だとは考えもしなかった。
しかし、この世界は大きく分けて魔法職と戦闘職、生産職の三種類になる。
身体能力を高めるのであれば、必然的に戦闘職を選択することになる。
「でも、ナイフや短剣でなく小太刀を選んでいるのは、希少ね」
「そうね」
ティアーヌは太腿に収納しているナイフを二本取り出して、左手でお手玉でもするかのように二本を交互に空中に投げていた。
間近で芸を見てリゼは、そのティアーヌの芸に釘付けになる。
その様子をアリアーヌは面白そうな顔で見ている。
「テントの中に移動しましょうか。面白い物を見せてあげるわ」
アリアーヌを先頭に皆がテントへと移動する。
リゼは流れに身を任せるかのように、拒否することなく半強制的に足を動かしていた。
「リゼ。ちょっと見ててね。ティアーヌ」
「いつでもいいわよ、アリアーヌ」
アリアーヌとティアーヌは面向かう。
二人の間の距離は、十メートル程だろう。
ティアーヌがアリアーヌに向かって、短剣を投げる。
「あっ‼」
リゼが思わず声を上げるが、ティアーヌがアリアーヌは気にすることなく、お互いに投げた短剣を握る部分を正確に掴むと反転させて、相手に投げ返す。
しかも、二人は前進してお互いの距離を詰めている。
リゼは二人の動きに目が釘付けだった。
「凄いだろう、うちの看板は‼」
レオポールが自慢気に話す。
「はい、凄いです……本当に凄いです」
リゼが答えると、レオポールだけでなく他の団員も嬉しそうな表情を浮かべた。
「レオポール、手伝ってもらえるかしら?」
「もちろんだ」
レオポールは立ち上がると、二人の所には行かずにテントの端へと移動をして道具を持って来た。
大きな板をアリアーヌの後ろに置くと、レオポールはアリアーヌの頭の上に林檎を置く。
そして、ティアーヌの所に移動すると、ティアーヌに目隠しをする。
「えっ‼」
リゼは驚き、周囲の団員たちを見る。
「まぁ、見てなって」
リゼの心配をよそに、涼しい顔の団員たちだった。
「いくよ」
ティアーヌがアリアーヌに向かって叫ぶ。
「いつでもいいよ」
アリアーヌがティアーヌに叫び返すと、ティアーヌはアリアーヌに向かってナイフを投げる。
ナイフはアリアーヌの頭の上に置かれた林檎に命中すると同時に反動で、地面に落ちて転がる。
アリアーヌは、それが当たり前のように落ちた林檎を拾う。
「どう?」
アリアーヌはリゼに笑顔を向ける。
「凄いです」
リゼは気付かぬ間に立ち上がっていた。
そして、感謝の意味を込めて拍手をする。
「ありがとうございました」
観客に応えるかのように、リゼに向かって頭を下げた。
「凄いです」
リゼは、それ以外に例える言葉が見当たらなかった。
――――――――――――――――――――
リゼの能力値
『体力:三十四』
『魔力:十八』
『力:二十二』
『防御:二十』
『魔法力:十一』
『魔力耐性:十六』
『素早さ:六十六』
『回避:四十三』
『魅力:十七』
『運:四十三』
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