第121話
待たされている間にリゼは、もう一度だけ自分の気持ちを整理することにした。
小太刀一本だけなのか、短剣二本なのかだ。
もちろん、小太刀と短刀の二本もあるが予算的には厳しいことは分かっている。
リゼは昔は、小太刀一本しか所持していない冒険者が、どのように戦闘をしていたかが気になっていた。
読んだ本の中にも、そのような記述は無かったし、グラドンやフリクシンたちとの会話でも、今は殆どいない言われていた。
「待たせたな」
ゴードンとラッセルが戻ってきた。
手には先程の小太刀が二本握られていた。
「この小太刀をもう一度、試してくれるか?」
「はい」
リゼは小太刀を受け取ると、一本ずつ試し振りをする。
先程とは違い、二本とも別の武器のように感じられる。
あまりの違いにリゼは驚く。
自分のような未熟な冒険者でも違うが分かるということは、武器職人によって作る武器に大きな差が出るのだと実感する。
と同時に、名匠と言われる存在が作った武器が、どれほどのものかとゴードンたちには失礼だが考えてしまっていた。
「短剣や短刀も含めて、自分に一番合う武器はどれだった?」
「これです」
リゼは悩むことなく小太刀を選んだ。
短剣二本のほうが無難だったかもしれないが、手に取った感触で一番だったのは選んだ小太刀だったからだ。
慣れない武器よりも手に馴染んだ武器のほうが信用出来る。命を預けられると、リゼは直感的に感じていた。
いろいろと悩んでいたリゼだったが、ラッセルとゴードンの会話を聞いて、小太刀を選択した。
「……分かった」
先程の自分の忠告を聞かなかったというわけでなく、リゼなりに悩んだ末に出した答えだとゴードンは思い、それ以上のことは言わなかった。
「おい、ラッセル」
「はい!」
「この小太刀の値段は幾らだ?」
「えっ……僕が決めるんですか?」
「当り前だろう。正式な武器じゃねぇんだ……ん? そういえば、ラッセルには話をしていなかったな」
ラッセルが武器を取りに行っている時に、リゼには話をしたがラッセルには詳しい話をしていなかったことを思い出し、ゴードンは恥ずかしそうに頭を掻く。
「お前の武器をリゼに使ってもらって、調整も含めて面倒を見ろ。その調整費も含めて、材料費や制作に掛けた人件費なども含めて、どれくらいになるかを言ってみろ。勿論、利益を含めてだぞ」
ラッセルは焦っていた。
武器を作るのに専念して、材料費や自分がどれだけの時間で、この小太刀を製作したなど覚えていない。
だからと言って適当に答えても、ゴードンには通じない――ラッセルは記憶を遡らせながら必死で考えた。
「……金貨二枚と銀貨三枚です」
「ほう、その根拠は?」
ラッセルはゴードンに材料費と人件費などを、思い出した内容で説明した。
「ラッセル。俺が武器屋なら、この小太刀はラッセルの言った金貨二枚に銀貨三枚では買わないぞ」
「……そうですか」
「武器屋は、俺たちから購入した武器に更に利益を乗せて販売する。お前は小太刀の価格相場を知って、その値段を言っているのか?」
「す、すみません。よく知らずに答えていました」
「たしかにお前の人件費は普通よりも掛かっているだろうが、それを加味しながら適正な値段を出すのも俺たちの仕事だ。高すぎず、安過ぎずだな。武器に自信があれば、武器屋も納得して買い取ってくれる」
「はい、勉強になります」
「お前に決めろと言ったが、少し自意識過剰なのか、無知だったのかは分からないが高い値段設定だったな」
「はい……」
「もう一度聞くが、改めて値段設定をしたら幾らだ?」
「……」
ラッセルは考えた。
そもそもの武器の出来はゴードンに修正して貰ったことも考えると、武器評価としては著しく低い武器ではない。
材料費は変更する必要が無いので、変更するのは自分の人件費になる。
見習いの自分は先輩たちの半分以下と計算をして、武器評価を少しだけ下げて……。
「ぎ、銀貨八枚で……どうでしょうか?」
「銀貨八枚。それが、お前の出した最終値段なんだな」
「はい。銀貨八枚で御願いします」
リゼはゴードンとラッセルの会話を聞きながら、この小太刀が銀貨六枚で手に入るのであれば、安いと思っていた。
中古品の小太刀であれば、銀貨六枚以上。
粗悪品であれば銀貨四枚から販売されている武器屋もある。
新品で購入すれば金貨二枚以上はする。
ゴードンはラッセルが出した値段について、若干低いと感じていた。
市場の売値は安くても金貨二枚になると考えていたし、武器職人には金貨一枚以上で売れると確信していた。
だが、これもラッセルの勉強代だと思い納得した。
「リゼ。とりあえず、明日までにこの小太刀は仕上げておく。支払いは月に二度は小太刀の使用状況や、小太刀の状態などを見せに来ること。そうだな……二月くらいだな。その時に不足分の銀貨をくれればいい」
「はい、分かりました。とりあえず、今、支払える分は支払います」
リゼはアイテムバッグから銀貨を四枚支払う。
「たしかに。それで、その刃こぼれしている小太刀はどうする?」
「……このままで御願いします」
「分かった。だが、その武器での魔物討伐は止めておけよ」
「はい」
リゼは全体研ぎを依頼することも考えた。
しかし、直接クウガに状況を説明して謝罪しようと思っていた。
「じゃあ、明日の昼過ぎに取りに来てくれ」
「はい、宜しくお願いします」
「リゼさん、ありがとうございます」
自分の武器を始めて使ってもらえる嬉しさで、笑顔が絶えないラッセルだったが、ゴードンはラッセルを心配そうな目で見つめていた。
もし、自分の武器でリゼが死んだら、ラッセルはどうなるか……武器職人を辞めるかもしれない。
通常では自分が製作した武器を誰が使っているかは知らない。
たまたま、使用している冒険者と出会うこともあるが敢えて、そのことを口にすることは無い。
見習い職人が冒険者に武器を売るということは、そのリスクを背負うことになる。
ゴードンは自分の選択が正しかったのか? と再度、自分に問い掛けていた……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――翌日。
討伐クエストを受注出来ないリゼは、清掃クエストを受注していた。
河川敷のクエストなので、午前中には完了する。
何もしないよりは少しでも働いて通貨を貯める必要があったからだ。
「あれ?」
リゼは清掃しながら、河川敷にある広場で見たことのない人たちが、何か忙しそうに準備をしていることに気付く。
準備している人たちを見ながら、町の人たちが楽しそうな会話をしていた。
どうやら『曲芸団』と言われる一行が、オーリスで見世物をするようだ。
曲芸団は町から町へと移動をしながら、多くの人たちに自分たちの芸を見せて、通貨を貰う。
最初は外れスキルの集団が、生きていくために始めたものらしいが、年月を得て完成された見世物へと変化をしていた。
子供の頃に見た曲芸団の芸に憧れて、曲芸団に入りたいものも多くいるくらいだ。
今、オーリスに滞在している曲芸団は『バーナム曲芸団』と言い、有名な曲芸団らしい。
リゼは曲芸団の存在は聞いたことがあるので知ってはいたが、実際に見るのは初めてだった。
一度くらいは見たいという気持ちもある。
しかし、無駄遣いは出来ないので、すぐに清掃を再開した。
昼を知らせる鐘が鳴ると同時に、リゼはギルド会館に戻ってきた。
清掃クエストの報酬を貰うと、ゴードンの工房へと急いだ。
誰に取られるわけではないが、何故は早く行かなければという衝動に駆られていた。
「待っていましたよ」
ラッセルは外に出て、リゼを待っていた。
「もう一度、使用確認して貰ってもいいですか?」
「はい」
ラッセルはリゼに小太刀を渡す。
リゼは緊張しながら小太刀を抜く。
昨日とは違い、綺麗に研がれていていた。
反射した光が眩しく、綺麗だと感じる。
周囲を確認した後に数回、素振りをする。
(うん、いい感じ)
リゼは納得して、そのことをラッセルに伝えた。
「ありがとうございます。その……なにかあれば、遠慮なく言って下さい」
「はい、分かりました」
ラッセルはリゼの姿が見えなくなるまで見送っていた。
自分が武器職人として胸を張れるには、まだ先になる。
しかし、その第一歩が今、踏み出せたことにラッセルは喜びを感じていたのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます