第120話

「……あの、どういうことでしょうか?」


 ゴードンとラッセルの会話が今ひとつ把握出来ないリゼは、ゴードンに質問をする。

 当事者のリゼが分かっていないのは、自分の説明不足だと感じたゴードンがリゼに説明をする。

 武器職人見習いのラッセルは、仕事が終わってからも早く一人前の武器職人になろうと残りながら武器製作をしていた。

 当然、その分の費用は給金から差し引かれるが、見習いであれば誰もが通ってきた道だ。

 出来上がった武器を先輩の武器職人に見せて、悪いところなどを指摘して貰う。

 失敗した武器は材料へと戻して、何度も何度も納得のいく武器を製作する。

 最初は小さなナイフのような武器から始まる。

 リゼの使用している小太刀の前に、短刀や短剣がまともに製作出来るようになれば、一人前とみなされる。

 その後、先輩職人から剣や斧などの別の武器製作を任されることとなる。

 ゴードンがラッセルの製作した武器を自分に渡そうとしているのだと、リゼは理解する。


「しかし、それでは武器屋との間で問題は起きないのですか?」

「鋭いな。たしかに武器職人の制作した武器を直接、冒険者に売るのは御法度だ」

「それなら――」


 リセが話し終わる前に、ゴードンはリゼの言葉を遮るように話を続けた。


「ラッセルは見習いだ。見習いの武器を使用する冒険者はいない。しかし、俺たちが合格を与えれば、冒険者も不安なく見習い職人の武器を使えるだろう?」

「……はい」

「当然、誓約もある。定期的に武器の使用具合の報告と、武器の状態の確認が必要になる。今までも何人かは、こちらから冒険者に頼んで、自分の武器の出来具合を確認していた。見習い……ラッセルが製作した武器では不安か?」

「いいえ、そんなことはありません」


 ラッセルが製作したとはいえ、ゴードンたちから合格した武器だ。

 普通であれば知っている職人以外、誰が製作した武器か分からない。

 製作者が分かっているだけでも、信用度は増すとリゼは感じていた。


「それはそうと、もう一本は問題ないのか?」

「もう一本……ですか?」

「あぁ、小太刀だったら短刀かナイフ、短剣などの両手で使用するのが普通だろう?」

「あっ――」


 リゼはゴードンに言われて恥ずかしくなる。


「私は一本しか持っていません」


 リゼの言葉にゴードンは驚いたのか、表情を一変させる。


「リゼ。たしかに昔は小太刀一本しか所持していない冒険者もいた。俺は冒険者じゃないので詳しいことは分からない。もちろん、一本での使用についても文句を言うつもりもない……が、普通なら二本で使用する武器を一本で使用してきたことで、その小太刀に負担が掛かっていたことは考えられないか?」

「それは……」

「金銭的なことはあることは理解しているつもりだ、しかし、武器職人として武器に負担を掛けるような使い方はして欲しくはないのが、武器職人としての心情だ」

「はい」

「その小太刀の具合からも、リゼが小太刀を疎かにしていないことは分かる……が、武器には武器職人の魂が宿っていることを忘れないでくれ」

「はい、すみませんでした」


 ゴードンの言葉がリゼの胸に痛いほど突き刺さる。


「元々、小太刀や刀は剣などとは製作工程が異なる。だから薄くて軽いが、丈夫に出来ている。しかし、使用方法を間違えれば……分かるな」

「はい」


 リゼはゴードンの言葉の意味を重く受け止めた。

 なにより、小太刀でバレットアリゲーターに太刀打ちできなかったのは、小太刀一本だったからではない。

 自分の力不足だっただけだ。

 昔の冒険者が小太刀一本で戦えていたのであれば、無理なことではないはずだ。

 基本的に二本持ちでの戦闘を推奨していただけで絶対ではない。

 考えを巡らせるうちにリゼは、何が正解なにか分からなくなっていた。


「お待たせしました……あれ?」


 自分が製作した武器を木箱に入れて戻ってきたラッセルだったが、リゼとゴードンの間に簿妙な雰囲気に戸惑う。


「一応、あいつらからは合格を貰ったんだな」

「はい‼」


 元気よく答えるラッセルだったが、ゴードンが「あいつら」と言った先輩たちは作業をしながらも、こっちを見ていた。

 戻る最中にラッセルに事情を聞いたので、自分たちが合格を出した武器に対してゴードンが、どういう反応をするのか気になっていたのだ。


「どれ、見せてみろ」

 

 ラッセルは不安と緊張な気持ちを隠せないのか、武器の入った木箱を渡す手は震えていた。

 木箱には短剣やナイフ、短刀に小太刀などの武器が幾つも入っていた。

 短剣やナイフよりも、短刀や小太刀のほうが製作するのに技術が必要になる。

 そのため、短刀や小太刀の数は短剣やナイフよりも少なかった。

 一本一本、真剣な眼差しでラッセルの武器を精査する。

 ラッセルは呼吸もできないほど緊張をしているのが、リゼにも感じられた。


 ゴードンは見終えた武器を右に左にと置く。

 どちらかがゴードンから見て納得の出来ない仕上がり……つまり不合格な武器になる。


「ラッセル。この分けた意味は分かるか?」

「合格品と不合格品……ですね」

「あぁ、どっちが合格品だと思う?」


 ラッセルは迷わなかった。

 自信のあった短剣やナイフが置いてある右側だと答えた。


「その通りだ。悪い武器……左側の武器は何が悪いか分かるか?」

「手に取って確認してもいいでしょうか?」


 ゴードンは黙って頷く。

 先輩職人から合格を貰っていた武器だが、ラッセルも自信の出来に満足していた。

 短剣を触り置く。そして違う短剣を手に取る。

 時間だけが刻々と過ぎていくにつれて、ラッセルの表情に焦りが見え始める。


「……親方。すみません、僕には分かりません」


 ラッセルは項垂れ降参する。


「……そうか」


 ゴードンは合格の短剣と不合格の短剣を持ち上げると、短剣のバランスをとるように指を置き、重心を取る。

 合格の短剣と不合格の短剣とでは、指の位置が異なっていた。


「あっ!」


 ゴードンが指摘した意味を理解したラッセルは悔しそうな表情で短剣を見つめる。


「武器職人は鍛冶だけじゃない。握る部品も調整して武器職人と名乗れるんだ」

「……はい」


 ラッセルが先輩職人に見せていたのは、刀身の部分だった。

 その後、自分で短剣を完成させたのだが、完成形を先輩職人たちに見てもらうことなく、次の武器製作をしていた。


「次はこれだ」


 ゴードンはラッセルに再度、不合格になった短刀を見せる。

 先程の短剣とは違い、重心を取ることは無かった。


「それよりも……お前、俺に黙って小太刀や剣を打っていただろう」

「あっ! それは自分なりの練習で――一応、先輩たちからは了承を得ています」


 売り物でない武器の製作でも許可が出なければ、鍛冶作業は出来ない。

 ラッセルは先輩たちから了承を得ているから問題無いことをゴードンに伝えた。


「俺はリゼの武器になりそうなものを持って来いと言ったはずだ。その剣や小太刀も持って来い」

「は、はい‼」


 ラッセルは慌てて自分の制作した武器を取りに戻る。


「リゼ、此処にある武器を触ってもいいぞ」

「ありがとうございます」


 ゴードンは合格をだした武器を指差す。

 リゼは、すぐに武器を握り感触を確かめる。

 短剣を左右の手に握ったりしたが、しっくりとこなかった。

 小太刀でしか戦って来なかったので、感覚が微妙に違っていたのだ。


「あの……少し振ってみてもいいですか?」

「あぁ、構わないぞ。周りに注意してくれよ」

「はい」


 武器を右手や左手だけだったり、両手にしたりとリゼは武器の使用具合を試すが、やはり違和感があった。

 時折、クウガの小太刀を間に挟んだりしてみたが、小太刀と一体になる感じがしていた。

 それを見ていたゴードンも、リゼには短剣よりも小太刀が合っているのだと感じていた。

 しかし、予備として短刀は持っていた方が良いとも思っていた。

 それはリゼを死なせたくないという親切心からだ。


 ラッセルが小太刀や剣を持って来た。

 すぐにゴードンが武器の鑑定を始める。

 小太刀は二本、剣は三本だったが全て不合格だった。

 ゴードンの言葉を聞いたラッセルは肩を落としていた。


「リゼ。この小太刀を使った感想を聞かせてくれ」

「えっ!」


 ゴードンからの思わぬ提案にリゼは戸惑った。

 自分の言葉でラッセルが傷付くのではないかと感じたからだ。


「遠慮なく感想を言ってくれ。そのほうがラッセルのためにもなる」

「はい、リゼさん。御願いします」


 ラッセルも何が悪いのか分からないため、実際に使用する冒険者の意見は貴重だと思い、リゼに頼んだ。


「分かりました」


 リゼはゴードンが不合格を出した二本の小太刀を交互に振った。

 何度も武器を変えながら振り続けるリゼを、ラッセルは緊張した面持ちで見続けた。


「こっちの小太刀ですが……刃が、ぐらついている感じがします」


 リゼは一本目の小太刀の感想を素直に伝えた。


「えっ、そんなはずは‼」


 ラッセルはリゼから小太刀を受け取ると数回、自分で振るがリゼの言っていることが分からない様子だった。


「その通りだ」


 確認中のラッセルをゴードンが制止するように話し掛けた。

 ゴードンは刃先と柄を両手で摘まむと、ラッセルの目の前で力を入れる。


「分かったか?」

「……いいえ」

「そうか――」


 ゴードンは残念そうな顔でラッセルに説明を始める。

 刀身と柄を固定する際に少しの隙間がある。振ったりすると、その隙間分がずれたりするため、リゼの言う違和感が生じた。

 説明を受けたラッセルがゴードンと同じように刃先と柄を持つと、本当に若干だがズレる感触があった。


「たった、これだけで――」

「馬鹿野郎‼」


 ゴードンの怒号が工房に響き渡り、作業をしていた職人たちの手が一斉に止まった。


「たったこれだけでもな、これが原因で使ってくれている冒険者が命を落とすことになるんだ。そんな半端な気持ちで武器を作っているんだったら止めちまえ‼」


 ゴードンは武器職人として最低限のことさえ、軽く考えているラッセルに激怒していた。

 ラッセルも自分の考えが愚かだったと、ゴードンの言葉で気づかされる。

 すぐにゴードンに謝罪をして、自分の未熟さを素直に認めた。


「ラッセル。俺たちは完璧な武器を求められているんだ。それが出来なくなったら武器職人失格だ」

「――はい」


 今にも泣きそうなラッセルだったが、反省したのが分かったゴードンは優しい言葉を掛けていた。

 もう一本の小太刀については、リゼが感想を言う前にゴードンが説明をしていた。


「ちょっと、待っていろ」


 ゴードンはラッセルを連れて、工房の奥に行ってしまった。

 残されたリゼは工房を見ながら、先程のゴードンの言葉を思い出していた。

 この小太刀や、防具に靴。全てが全身全霊を掛けて製作してくれた人たちの思いが宿っている。

 それに応えられるようにするのが、冒険者としての使命だと感じていた。

 昔、母親から「物にも魂が宿る」と聞いたことを思い出す。

 小さかったからか、魔物になるのだと勘違いして怖がっていたが、母親から作った人の思いや、大事にしている人たちの思いが物に伝わるのだと言っていた。

 リゼは靴屋のデニスや、防具屋のファースに、改めて感謝をするとともに、ヴェロニカの交渉で安く購入してしまったことへの罪悪感を感じていた――。

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