第119話

「くっ!」


 グラドンの言葉が頭を過りながらも、バレットアリゲーターとの戦闘は続いていた。

 バレットアリゲーターが口から水を吐き出す。

 予備動作で攻撃が分かるので、間一髪で攻撃を回避している。

 口から水を吐き出す前後の数秒間は、バレットアリゲーターの行動が止まる。

 その瞬間こそが攻撃のチャンスなのだが、バレットアリゲーターの皮膚が固く、小太刀では致命傷どころか、傷を与えることも難しかった。

 見た目的にはバーサクロコダイルと似ている。

 若干、バレットアリゲーターのほうが小型だ。

 しかし、バレットアリゲーターはバーサクロコダイルと違い、常に腹を地面に付けていいる。

 弱点である腹を守るために考えられたのだろう。

 バレットアリゲーターがリゼを警戒しながら、池のほうへと移動を開始した。

 口の中に貯めていた水が底を尽きたため、これ以上は水を吐き出すことが出来なかったのだ。

 近距離での攻撃は小太刀を警戒しているので近づくことは無かった。


 一定の距離を保ちながら、リゼはバレットアリゲーターが池の中へと沈んでいくのを確認すると、急いでその場を立ち去った。

 今の自分ではバレットアリゲーターを倒すことが出来ないと分かったからだ。

 幸いなことにアンチド草の採取は終わっているので、クエスト未達成による罰則もない。

 リゼは走りながら悔しい気持ちを噛み締めていた。

 自分がバレットアリゲーターを倒せなかったことで、他の人に被害が出ないことを祈りながら、ギルドへ報告するために一心不乱で走り続けた。



 リゼの報告によりツキズテ池で、バレットアリゲーターが繁殖している可能性が分かった。

 冒険者ギルドは緊急の対応に追われた。

 この時期まで分からなかったのは、採取クエストを受注する冒険者がいなかったことと、ツキズテ池の周囲で討伐クエストが無かったことが重なったからだ。

 前回、バレットアリゲーターを討伐した後、数日間は様子を見たりと警戒を怠っていたわけではない。

 その後、バレットアリゲーターの存在を確認することが無かったため、冒険者ギルドとしては「問題ない」と最終判断をして、バレットアリゲーター討伐は完了していたのだ。


 報告を終えたリゼは、幼体とはいえバレットアリゲーターに歯が立たたなかったことを悔しがる。

 周囲の冒険者を見ながら、「あの大剣なら……」「あれだけの筋肉があれば……」などと何度も無いもの強請りを考えてしまっていた。


(武器が、もう一本あれば……な)


 リゼは腰から小太刀を抜いて、小太刀の刃に映った自分の顔を見ていた。


(あれ?)


 リゼが小太刀の刃の根元部分に少しだが欠けている箇所を見つける。

 切れ味が悪くならないようにと、細心の注意を払って研いでいたつもりだったのだが……。

 リゼは武器職人のラッセルに研ぎなおしてもらおうと立ち上がる。

 多少、値が張って武器職人であるラッセルに研いでもらった方が切れ味も増すに違いないからだ。

 小太刀をしまい、リゼはラッセルに会うためギルド会館を出る。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ラッセルが仕事をしているゴードンの工房に到着する。

 鉄を叩く音と熱気に加えて、職人たちの気迫に押されたリゼは声を掛けることも出来ずに入り口で立ち止っていた。

 その様子に気付いた職人の一人がラッセルに客だと伝える。

 ラッセルは作業の手を止めて振り返ると、入り口に立っているリゼが目に入った。


(リゼさん? 一体、なんの用だろう……)


 道具を置くと立ち上がり、リゼの方へと歩き始める。

 ラッセルの姿に気付いたリゼは頭を下げて、ラッセルに挨拶をする。


「久しぶりだね、リゼさん」


 額の汗を拭いながらラッセルはリゼに話し掛ける。


「お忙しいところ、すみません」


 リゼはラッセルや工房の様子から、忙しいのに自分のために時間を割いてしまったことを申し訳なく思い謝罪をした。


「別に構いませんよ。それで、僕に何か用でしたか?」

「あっ、はい」


 リゼは小太刀を鞘から抜く。


「ここなんですが……」


 刃に指を当てて、気になっていた場所をラッセルに分かるように見せる。


「ちょっと、借りますね」

「はい、どうぞ」


 リゼは小太刀をラッセルに手渡す。

 ラッセルは真剣な眼差しで時間を掛けてゆっくりと、小太刀全体を確認していた。

 待つリゼは、自分の研ぎ方に問題が無かったと緊張した面持ちだ。

 時間にして数分のことだろうが、リゼには長い時間に感じていた。


「うん。よく研げているね。この欠けている部分は変な力が掛かったんだろうね。ただ……」


 ラッセルは欠けている部分を研ぎ直すには部分研ぎでは対処することは難しく、全体研ぎになってしまうことをリゼに告げる。

 料金が大きく異なることもそうだが全体研ぎをした場合、若干ではあるが刃の強度が下がると説明をする。

 そして研ぎ直さずに、このまま使用するという選択肢があることも付け加えた。

 もちろん、自分の力量不足は自覚しているが、自分でなく工房の誰が研いでも同じなのだとも付け加える。


「この小太刀は、何回か全体研ぎをしているね」


 刃の具合を何度も指で確認をしながら、リゼに話す。

 リゼは悩んでいた。

 料金もそうだが、それ以上にクウガから預かっている小太刀を折ったりなど出来ないからだ。

 今のままでも使用することは出来るが、この刃こぼれが原因で大怪我……いや、死亡することも考えられる。

 悩むリゼを見て、この小太刀が余程大切なものだと悟ったラッセルは、リゼが気の毒に思い、ある提案をする。

 それは中古武器の購入だった。


「中古……武器ですか」


 リゼは戸惑っていた。

 以前に見た武器屋で、中古武器は気に入るものが無かった。

 中古なので新しい中古武器が入っていたり、掘り出し物が見つかる可能性はあるが――。

 ラッセルもリゼが不安視していることも分かっている。

 中古武器は見極めが難しく、一見綺麗に見えても目に見えていないような小さな傷が原因となり、数回使用しただけで破損することもある。

 冒険者でも中古武器や防具を購入する者は、使い捨て覚悟の予備として使用する者や、武器を修理している間の繋ぎで使用するのが殆どで、長く使用する者はいない。

 売れ残った武器は工房が買い取る。

 買い取った武器は再利用するため、不純物などを取り払って

 命を預ける武器を中古で済ませてしまってもよいのか――。

 リゼは葛藤していた。

 しかし、このまま小太刀を使用して折るようなことは絶対にあってはならない。

 かといって、新品の武器を買う余裕はない。

 ――選択肢が無いので、結果は必然だった。


「武器屋には僕も付き合うから、何件か回って安くて良質な武器を購入出来るように交渉してみるよ」

「ありがとうございます」


 お礼を言うリゼだったが、迷いを払拭することは出来ないでいた。


「軒先で喋っていないで中で話せ」


 真剣な表情で話すリゼとラッセルを見かねたゴードンが、工房の奥から大声で話しかけた。

 ゴードンの声に驚いたラッセルが慌てながら、リゼを工房の中へと誘導する。

 工房の片隅にある椅子にリゼを座らせると、ラッセルは飲み物を持ってくるといなくなる。


「何を悩んでいるんだ?」


 汗だくのゴードンがリゼを心配して作業を中断して話し掛けてきた。


「その実は……」


 リゼは机の上に置いた小太刀に視線を移す。


「ちょっと、借りるぞ」


 ゴードンは小太刀を手に取り、無言で見続ける。


「……それでラッセルはこの小太刀について、なんて言ったんだ?」

「部分研ぎでは難しいので全体研ぎだと……」

「あぁ、その通りだ。言い方は悪いが武器としての寿命は近いだろうな。大物……いや、中型でも大きい魔物との戦闘には持ちこたえられないだろうな」


 ゴードンの言葉にリゼは落胆する。

 数か月しか使用していない小太刀だが、クウガから受け取った日が昨日のように思い出される。

 それだけ嬉しかったし、命を預ける武器としてランクAの冒険者であるクウガが使用していたことで申し分なかった。

 多分、クウガは自分で研いでいたが、何年も使用していなかったので、武器の寿命のことまでは分からなかったのだろう。


 ゴードンも以前にリゼの小太刀を見た時に、素晴らしいと言った記憶はある。

 それは武器として手入れが完璧にされていたからだ。

 以前よりも武器の疲労が大きいと感じているが、けっしてリゼが雑に扱っていたのではないと分かっている。

 武器の寿命は突然のことだからだ。


「あれ、親方!」


 飲み物を手に戻ってきたラッセルだったが、ゴードンがいることに驚く。

 そしてゴードンの手にはリゼの小太刀が……。

 ラッセルは自分の見立てが間違っていたのではないかと感じながら、リゼたちの方にゆっくりと歩く。

 ラッセルに気付いたゴードンはラッセルの見立てに間違いは無いことを告げる。


「それで、この小太刀はどうするんだ?」

「それはリゼさんの回答待ちです。僕としては一応、中古品の購入を進めました」

「中古品か……確かに悪くは無いな」


 ゴードンの返答にラッセルは安堵の表情を浮かべる。

 しかし、ゴードンは工房の片隅を見ながら何か悩んでいた。


「リゼ。悩んでいるってことは全体研ぎをしても、その小太刀は今後使用する気が無いってことだろう」


 ゴードンはリゼに厳しい言葉をぶつける。

 リゼは返す言葉が出ないのか、黙ったままだ。


「中古よりも少し高い武器なら用意できるかもしれないぞ」


 リゼはゴードンの言っている意味が理解できなかった。

 それはラッセルも同じだ。


「ラッセル。お前が練習で何度も打っている武器があっただろう?」

「えっ、あ……ありますが、納入出来るような物ではないです」

「残ってまで鍛錬しているのは、この工房にいる奴全員が知っているんだから、隠す必要もないだろう。とりあえず、リゼの武器になりそうな物を持って来い!」

「はっ、はい‼」


 思いもよらぬゴードンの言葉にラッセルは喜ぶ。

 急いで自分が打った武器を取りに走るが、他の職人から注意を受けるラッセルだったが、喜びを隠せないのか笑顔で謝りながら早歩きに変えた。


(自分の打った武器が冒険者に使ってもらえる‼)


 武器職人として、工房の責任者であるゴードンに認められたことが嬉しくてしかたがなかった。

 ラッセルは、やっと武器職人と名乗れることを誇らしく思っていた。

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