第118話
リゼは苦戦を強いられていた。
アンチド草採取のクエストを受注したのだが、以前に目撃して冒険者たちに討伐された筈のバレットアリゲーターに襲われていた。
水中には気を付けていたが、まさか地上でバレットアリゲーターに襲われるとは思っていなかった。
バレットアリゲーターとはいえ、まだ子供なのか自分と大きさは変わらない。
以前に目撃したバレットアリゲーターと大きさで比較していた。
(こんなことなら、きちんと助言を聞いておくんだったな……)
助言をくれた『黒龍』のグラドンの顔を思い出しながら、バレットアリゲーターを目の前に少しだけ後悔をする。
盗賊は両手で短剣を持つのが普通のスタイルだ。
稀に小太刀やナイフなどの小型の武器を使用したりする。
それはリゼも知っていた。
リゼに小太刀を渡したクウガも、最初は一本からなれるべきだと言っていた。
武器屋で小太刀を選ぼうとしたリゼだからこそ、小太刀を使用した戦い方を簡単だが指導した。
武器が一本と二本とでは戦闘方法も異なる。
なによりも二本使用した戦闘では、もう片方の武器で防御が出来るというメリットがある。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数日前、隣の都市『バジーナ』のクラン『黒龍』のメンバーがオーリスを訪れた。
クエストの途中でオーリスに寄っただけだが、以前のゴブリン討伐での協力要請についてリーダーのグラドンと、ギルマスのニコラスは話し合いの場を設けていた。
話もひと段落した時、リゼのことが話題にあがる。
商人から、このオーリスに銀翼のせいで暴漢に襲われた冒険者がいると聞いていたからだ。
しかも、その冒険者はまだ、冒険者になりたての小さな女の子だとも聞いていた。
グラドンはリゼに興味を持ち、ニコラスに会わせて欲しいと懇願する。
ニコラスもグラドンの目的が分からないため、オーリスの冒険者代表として簡単にはグラドンの要望を聞くことは無かった。
話を進めるうちにグラドンはリゼに興味があるだけで他意はないこと。
危害を加えることもないと判断して、サブマスであるフリクシンと同席であれば、話し合う場を設けることにした。
グラドンの職業は『暗殺者』。
クウガと同じ職業だ。
どうしてもクウガと比べられるグラドンだった。
しかし、クウガに対して敵意などは無い。
むしろ、職業の中でも数少ない同じ暗殺者として、ランクAで活躍しているクウガには仲間意識に近い感情があり、好意的印象を持っていた。
商人の話ではリーダーのアルベルトよりも、クウガのほうがリゼと友好的な立場だと聞いていたので、社交的でなく人嫌いで有名なクウガが気に入ったと言われるリゼと話をしたいだけだった。
リゼとフリクシンにグラドンの三人で冒険者ギルドの一部屋で話をすることとなる。
事前に話を聞いたリゼだったが、断る理由は勿論だが、そもそも断る選択肢も無かった。
「俺はバジーナを拠点に活動している黒龍のグラドンだ」
「……リゼです」
高圧的ではなく陽気と傲慢が入り混じるような雰囲気が、グラドンに対してのリゼの第一印象だった。
「それでグラドン。リゼに聞きたいことってのはなんだ?」
「いや、特にねぇよ。クウガのお気に入りってのを一目見たかっただけだ」
「……私はクウガさんのお気に入りではありません」
グラドンの言葉を即座にリゼは否定した。
「なるほどな。たしかにクウガが気に入りそうだな」
リゼの言葉を無視するかのように、グラドンは勝手に話を進める。
「リゼ。お前は人を……他人を信じていないだろう」
「えっ!」
「お前の目は俺の良く知っている奴にそっくりだからな」
勝手に話を進めるグラドンだったが、リゼは心の奥を見透かされたようで言葉に詰まる。
「つまり、長生き出来そうにない目をしているってことだ」
「グラドン!」
あまりの失礼な発言にフリクシンが怒鳴る。
「まぁまぁ、フリクシン。そんなに怒ることじゃないだろう。俺は事実を言っているだけだ。どうせ、
「……」
「それが悪いとは言わないが、いずれ限界が来る。死ぬ間際に気付いても遅いから、先輩冒険者として忠告しているだけだ」
グラドンはリゼの顔色を見ながら、一人で話を進める。
「他人を信用できないのは当たり前だ。同じ冒険者とはいえ、利益のために裏切る奴は多いしな。特にリゼは見た目も弱そうなのに、身に着けている防具はそれなりの物だ。騙して奪おうと売る奴だっているだろう」
「グラドン、言い過ぎだ」
「オーリスの冒険者たちは人がいいからな。他の町に行けば、無法地帯のようなギルドがあることはフリクシンだって知っているだろう」
「確かに……そうだが」
「だから、忠告しているんだよ。奪われるのが嫌なら、奪う側に……奪われる奴たちよりも強くなる必要がある」
グラドンの言っていることは理解出来る。
自分は弱いからこそ、仲間を作って実力不足を補った方が良いと言っているのだ。
「リゼの武器は脇に刺している小太刀一本だけか?」
「はい、そうです」
「……ランクはBなんだよな」
「はい」
「盗賊ならば短剣の二本構えが基本だろう。何故、小太刀を選んだ?」
グラドンの質問にリゼは回答に困っていた。
安易にクウガから購入したとは言えない。だからと言って、嘘をついてもバレた時にクウガに迷惑が掛かってしまうからだ。
「その……とある冒険者から一時的に通貨を払って借りているだけです。選択肢が他に無かったというのが理由になります」
リゼの回答にグラドンは勿論、同席しているフリクシンも、リゼの言う「とある冒険者」というのがクウガのことだと分かっていた。
しかもリゼがクウガの名前を敢えて出さなかったことも納得する。
「しかし、小太刀だけだと戦闘が厳しいだろう。短刀やナイフなどを買う予定はないのか?」
「……はい。購入したい気持ちはありますが、なにぶん――」
「通貨が無いって訳か。その小太刀が折れたら、冒険者を辞めるのか?」
「……いいえ」
「通貨が無く、武器もない。討伐でなく採取や清掃クエストをしたところで、武器が買えるような高額なクエストはないだろうに、どうするつもりなんだ?」
リゼはグラドンの話を聞きながら、それは自分だけでなく他の冒険者も同じではないかと思う。
しかし、グラドンの言おうとすることは理解できるので反論する気はなかった。
「たしかに昔は小太刀のみ所持している冒険者も多かったと聞く。しかし、今はどうだ? ただでさえ少ない盗賊だ。そのなかでも、小太刀を一本しか所持していない冒険者など、ほとんど……いや、いないに等しい。そうだろう、フリクシン」
「……あぁ、グラドンの言うとおりだ。ほとんどの奴は短剣二本か、小太刀ともう一本として短剣か短刀、ナイフなどを所持している」
「ほらな。小太刀一本で戦おうとする馬鹿はいないってことだ」
「グラドン‼」
フリクシンは言葉使いの悪いグラドンを睨みつける。
「俺は本当のことを言っているだけだ。それより、リゼ」
「はい、なんでしょうか?」
「話を戻すが、小太刀が折れた場合、どうするんだ?」
「……最悪、中古武器で凌ぐしかないかと思っています」
「なるほどな――中古武器で当面を凌ぐことも出来るが、自分の命を預けるような中古武器に出会うことは、そうそうないだろうな」
グラドンはリゼの心を見透かすかのように勝手に話をする。
「まぁ、リゼの人生だから、俺がどうこういう権利はないから、どう思うかはリゼ次第だ」
「貴重なご意見を頂き、感謝します」
「ふっ、心を開かないな」
グラドンは笑う。
グラドンの失礼な態度にフリクシンも怒っていたが、間違ったことは言っていない。
「まぁ、バジーナに来たら俺を訪ねてみろ。酒……は、まだ無理だな。飲み物の一杯くらいは御試走してやるぜ」
「ありがとうございます」
「わざわざ、時間を取らせてすまなかったな」
「いいえ」
「じゃあ、仲間を待たせているんで、この辺で帰らさせてもらうわ」
「はい、いろいろとありがとうございました」
リゼは立ち上がり、部屋を出ていくグラドンを見送った。
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「グラドンさん、どうでしたか?」
グラドンが黒龍のメンバーと合流すると、リゼと会っていることを知るメンバーたちがリゼの感想を聞いて来た。
「あぁ、あれは駄目だ」
「駄目って……あぁ、グラドンさんのお目に掛からなかったってことですね。銀翼も見る目が無いってことですね」
「……まぁ、そんなとこだな」
口数少なくグラドンは話し掛けるメンバーを置き去り歩き出す。
(リゼの目は、あいつと同じ目をしていた……多分、同類の人間だろうな。しかし、小太刀一本だと……ふざけるな‼ なにからなにまで……俺は、もう二度と同じ思いをしたくない)
リゼの目は昔の仲間を思い出させるのか、グラドンは多少だが不快に感じていた。
関係のないリゼには、少しだけ口調が激しくなってしまったことには、申し訳ないことをしたと反省する。
そして人伝でもリゼの死を耳にしたら、昔の仲間と重なり嫌な気持ちになると思い、出来るだけの助言をしたつもりだった。
しかし、リゼと話をするにつれて昔の仲間の顔が鮮明に頭をよぎっていた。
自分でも分からない感情を振り払うことが出来なかったが、周囲に気付かれないように足を進めていた。
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