第117話
一階にはオーリスの冒険者たちが集まっていた。
あまりの冒険者の多さにリゼは驚くが、それだけアイリが皆から愛されていた存在なのだと感じていた。
そのアイリに担当をして貰えた自分は幸せだったのだと、改めて思い知る。
ギルマスからの挨拶で始まる。
受付長であるクリスティーナからアイリに向けたはなむけの言葉には、普段の厳しいクリスティーナと違い、優しく心が温まる思いが詰まった素晴らしい言葉だった。
最後に同僚であるレベッカが花束を持って現れる。
すでに涙を流しているレベッカを見て、泣くのを我慢していたアイリも人目を気にすることなく泣き始めた。
レベッカが花束を渡すと、二人は抱き合い言葉を交わしていた。
その状況を見ていた他の受付嬢たちも涙を流していた。
「じゃあ、アイリから最後に言葉を貰おうかな」
「……はい」
ニコラスはアイリが落ち着いたのを確認すると、本人の口から最後の別れの挨拶をするようにと促す。
アイリは涙を拭うと、一呼吸おいて話し始めた。
「冒険者の皆さん、受付嬢の皆さん。今までいろいろとありがとうございました。本日を持って、ここオーリスの冒険者ギルドでの仕事終えることとなりました。とはいえ、ラバンニアル共和国の冒険者ギルドで受付の仕事はするつもりですので、もしラバンニアル共和国の冒険者ギルドで私を見かけた時は御贔屓に御願い致します」
アイリの言葉に冒険者たちから笑いが起きる。
そして誰もが思っただろう「アイリらしい」と――。
アイリの挨拶は続く。
一番の失敗談や、楽しかった思い出など自分がオーリスの受付嬢として働いて来た証を残すかのように話す。
「そして、私がここで最後に担当した冒険者リゼ!」
アイリに突然、名前を呼ばれたリゼは驚く。
冒険者たちも一斉にリゼを探して、リゼに顔を向けた。
「貴女が、オーリスで担当した最後の冒険者だったことは私の誇りよ」
リゼのいる場所を把握したアイリがリゼに笑顔で話し掛ける。
一方のリゼは戸惑っていた。
「ほら、リゼ。お前も何か言葉を返せよ」
隣にいた冒険者からアイリへの返事を促される。
「……アイリさん、ありがとうございます」
リゼはアイリに向け話すが、とてもアイリまで届くような声量では無かった。
「ほら、もっと大きな声で」
「そうだ、そんなんじゃ聞こえないぞ」
複数の冒険者たちがリゼを揶揄うように発破をかける。
「感謝が足りないぞ、リゼ!」
ひと際、大声でリゼを揶揄うシトルの声が響いた。
リゼはアイリに、物凄く感謝をしている。
だからこそ、シトルの言葉に少しだけ腹を立てた。
大きく息を吸い込んでリゼは出来る限り大きな声で、アイリに感謝の言葉を捧げた。
「アイリさん。私こそ最初の担当がアイリさんで、とても感謝しています。この先も、アイリさんのことは絶対に忘れません。本当にいままでありがとうございました。バンニアル共和国でも、お体に気を付けて下さい。本当に、本当にありがとうございました」
周囲からの拍手の音で、リゼは我に返ると、恥ずかしくなり下を向いて誤魔化した。
リゼの言葉を聞いたアイリの瞳からは涙が零れ落ちていた。
そして、いつか子供が生まれたらリゼのように育って欲しいと、未来のことが頭を過ぎった。
「では時間も時間ですから、この辺で切り上げましょう。アイリ、本当に今まで御苦労様でした」
「ありがとうございます」
最後にニコラスと握手を交わしたアイリは、クリスティーナたちと一緒に受付の奥へと姿を消した。
冒険者たちも散り散りになり、ギルド会館から姿を消していった。
リゼは何故か、クエストボードの椅子に座り去って行く冒険者たちの姿を見送っていた。
今、自分が見ているこの風景が何時迄も続くものでは無いことを、改めて理解しながら、この瞬間を目に焼き付けておこうと無意識に思っていたのだった。
去って行く冒険者たちが、アイリは暫くオーリスにいて世話になった人たちへの挨拶回りがあるだろうから、もう一度くらいは会えるだろうと話していた。
それに馬車への護衛があれば引き受けようかと、冗談交じりで話をしているのも耳に入ってきた。
町から町への移動手段は、商人に通貨を支払い同行させてもらうのが一般的だ。
商人は魔物や野盗などから身を守るために、護衛を雇う。
条件により報酬は様々だが、腕が良いと数回の移動をまとめて発注してくれることもある。
護衛をしながら、町を移動しながら気に入った町を探したりする冒険者も多い。
しかし、発注者が実力不足や相性の問題で、最初の顔合わせで断られることもある。
このことは、リゼも知っていた。
自分のように、子供のような冒険者を高い通貨を支払ってまで雇おうとする商人は少ないだろう。
冒険者としての実績を上げることが必須になるが、クランやパーティーを組んでのクエストは避けたい気持ちもある。
しかし、実績を必要とするのであればパーティーを組むのが手っ取り早い。
リゼは分かっていながらも、このことを考えると毎回葛藤していた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
数週間後――。
アイリがオーリスを旅立つ日が来た。
商人の都合もあるため、明確な日にちは分からないが、事前に大まかな出発日を連絡していたのか、見送りに顔見知りが何人か来ていた。
その中にはニコラスとレベッカの姿もあった。
気を利かせたクリスティーナが冒険者ギルドから、最後の挨拶だとニコラスに同行させてもらっていたのだ。
アイリの向かう先であるバンニアル共和国までは、とても長い旅路となる。
恐らく何回か商人の馬車を乗り継いでいくはずだ。
移動中に魔物や、野盗に襲われることも珍しくはない。
特に国境付近では、野盗の出現率も高い。
考えたくはないが、これが最後の別れになることもあるのだ。
今回の護衛は王都から護衛をしている有名なクランに所属する六人だった。
ニコラスとも面識があるのか言葉を交わしていた。
「では、そろそろ行きましょうか」
商人が出立を告げると、馬車の周囲から人が離れる。
笑顔のアイリに対して、レベッカの目は涙ぐんでいた。
馬車が動き出す。
アイリはオーリスから去って行った。
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馬車が走り始めて数十分経った。
リゼは馬車の通り道の立っていた。
何日か前から、アイリがオーリスを去る日を聞いていたし、アイリの乗る馬車の特徴も調べていた。
採取クエストを兼ねながら、リゼはアイリたちの馬車を見送ろうとしていたのだ。
邪魔にならないようにと、木の影からアイリを見送る。
アイリたちは商品と同じ荷台に乗って移動をしていた。
名残惜しそうに空いている荷台の後ろからオーリスを見続けるアイリだったが、木の影にリゼが居るのを発見する。
リゼもアイリに気付き、一礼をしていた。
その姿を見たアイリは素直じゃないリゼらしいと思いながら、嬉しく感じていた。
(リゼ……いえ、リゼちゃん。成長した貴女と会える日を心待ちにしているわ)
これが最後の別れではないとアイリは思いながら、成長したリゼの姿を想像してもう一度会うことに期待をした。
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