第113話

「上手く出来ないな」


 リゼはスライム討伐をしながら考えていた。

 今回、受注した『スライムの討伐(二十匹以上)』は、成長したリゼにとっては、さほど難しくないクエストになっている。

 繁殖能力の高いスライムが増えすぎると、作物や自生している植物などに影響が出るため、定期的に討伐をする必要があるのだが、討伐場所に到着したリゼの目の前には、リゼが思っていた以上にスライムの集団がいた。

 最初こそ、普通に討伐していたリゼだったが以前に銀翼のメンバーに言われたことを思い出していた。


「人を殺せるか!」


 人型でない魔物討伐の経験はない。

 ましてや、人を殺した事などもない。

 一瞬の躊躇いが、命取りになると言われたことは間違いではないが、克服する方法が見当たらなかった。

 今まで生きてきて、大なり小なり殺意を抱いたことはある。

 父親や、義母に義兄……そして実家を焼き払った村の人々。

 しかし、傷つけようと行動に移すことは無かった。

 自分ではどうしていいのか分からないもどかしさが、リゼの心の中でずっと引っ掛かっていた。

 そして、それを打ち消すかのように魔物の討伐を繰り返す。

 リゼはクウガがローガンと戦った時に、素手だったことを思い出して、武器に頼らないでスライムを倒す方法を考えていた。

 とりあえず、二十匹を討伐した後、三体のスライムに小石を投げてみる。

 攻撃されたと認識したスライムは、別々に反撃をしてきた。

 スライムの攻撃範囲を確認しながら、一気に距離を詰めて魔石を攻撃する。

 リゼの早さにスライムは追い付けずに、簡単に三匹を討伐することが出来た。

 しかし、リゼはスライムの攻撃を紙一重で避けながら反撃しようとしていたので、納得がいっていなかった。

 次に、スライムの反撃を回避することに重点を置き、スライムに攻撃を仕掛ける。

 反撃されるたびにスライムとの距離を縮める。

 近ければ近いほど、スライムの攻撃に反応が遅れだしていた。

 スライムとの距離が二歩ほどだと、避けたつもりでも体に当たることがある。

 その後、何度も試したが二歩が限界だとリゼは思い、スライム討伐のクエストを終えて、オーリスに戻ることにした。

 少し陽が落ち始めていたため、オーリスへと向かう人々が多くいた。

 改めて馬車などをみると、冒険者らしき人たちが馬車を護衛していた。

 やはり、道中は危険が多いのだとリゼは感じる。

 リゼは馬車で移動したのは、父親引き取られた時と、オーリスに連れて来られた二回だけだ。

 どちらも父親の用意した護衛が居たのを記憶している。


 護衛クエストで単独ソロは、絶対にあり得ない。

 その場で人数不足しているのであれば、追加で募集するのが常識だ。

 しかし、初見でリゼを仲間にしようとする冒険者は皆無だろう。

 そのことを、誰よりもリゼ自身が知っていた。


 ギルド会館に戻ると、受付に人だかりが出来ていた。

 クエスト達成の報告をしたいリゼは、どうしていいのか分からずに暫く待つことにした。

 どうやら、人だかりの理由はアイリだった。

 オーリスから去るという話を聞いた冒険者たちが集まっていた。

 それはアイリが担当受付嬢でない冒険者も含まれていた。


「凄い人だな」


 背後から声がしたので、リゼが振り向くと『星天の誓』の三人が立っていた。


「アイテムバッグ買ったのか?」

「はい。なんとか支払うことが出来ました」

「良く似合っているぞ」

「ありがとうございます」


 バクーダが腰に付けているアイテムバッグを褒めてくれたので、リゼは嬉しかった。


「しかし、アイリさんがオーリスから居なくなるとはな」

「あぁ、突然だし驚いたな」

「おめでたいことですからね。仕方がありませんよ」


 星天の誓の三人もアイリには世話になっているのか、思うところがあるようだった。


「リゼはアイリさんから、詳しい話聞いたのか?」

「いいえ、オーリスから移動することしか聞いていません」

「そうなのか……リゼはアイリさんが担当だったよな」

「はい。星天の誓の皆さんは違うのですか?」

「あぁ、俺たちは別々の担当者だったんだが、クラン発足した時に、それぞれの担当者同士が話し合いをして、決めてもらうことにした」

「バクーダとサルディが、面倒だからギルドに押し付けただけだけどね」

「コファイ、余計なこと言うなよ」

「そうだ。後々、面倒にならないようにと、俺たちなりに考慮しただけだ」

「はいはい」


 コファイは笑いながら、バクーダとサルディの言葉を流していた。


「しかし、このままでは埒が明かないな」

「確かに」


 時間だけが無駄に過ぎていくと思えた時、受付から人が一気に去って行く。

 驚くリゼと星天の誓の三人だったが、人気が無くなった受付を見て、その理由を理解した。

 受付長のクリスティーナが、しかめっ面で立っていたのだ。

 隣のアイリは苦笑いをしていた。


「これで受付に行けるな」


 サルディが一歩進むと、バクーダとコファイも後に続く。

 一瞬遅れて、リゼも受付へと向かった。


「大人気ですね」


 受付に着くなり、アイリに話し掛けるバクーダだったが、クリスティーナが睨むと、バツが悪そうに視線を変える。


「お願いします」


 リゼは気にすることなく、アイリにクエスト達成の報告をすると、アイテムバッグからスライムの魔石を三十六個取り出した。

 アイリは魔石を数えると裏に移動したが、すぐに戻ってきた。


「はい。クエスト達成の報酬です」

「ありがとうございます。あっ、それと預けてある通貨を全額引き出して貰ってもいいですか?」

「あっ、そうね。リゼもアイテムバッグを持っているから、預ける必要が無いのよね。ちょっと待っていてね」


 アイリは再び、裏へと移動した。 

 リゼは、その間の報酬をアイテムバッグに収納する。

 クリスティーナの視線を感じていたが、気付かない振りをしてアイリを待つことにする。

 なにか話し掛けようかとも考えたが、クリスティーナと共通の話題が見つからなかったからだ。

 クリスティーナも同じで、リゼに話し掛ける言葉が見つからないでいた。

 リゼとクリスティーナの間に、なんとも不思議な空気が流れていると、隣にいたサルディたちは感じていた……。


「はい、お待たせ」


 アイリはリゼが、ギルドに預けてある通貨を持って戻ってきた。


「ありがとうございます」


 リゼは通貨をアイテムバックに収納しながら、アイリに質問をする。


「あの……アイリさんは、オーリスにいつまで居るのですか?」

「一月ほどはいるけど、冒険者ギルドには二週間くらいかな」

「そうですか……その、差し支えなければで良いのですが、次はどこの町に行かれるのですか?」

「ラバンニアル共和国だよ」

「えっ! ラバンニアル共和国って、迷宮都市バビロニアのある国ですよね!」


 隣にいたバクーダが、ラバンニアル共和国という言葉に反応したのか、リゼとアイリの会話に入ってきた。


「うん、そうだけど……私が次に行くところはバビロニアじゃないからね」

「そっか~。いずれは俺たちもバビロニアで迷宮ダンジョン攻略するつもりだったから、アイリさんに会えると思ったんだけど、残念」

「まぁ、ラバンニアル共和国はバビロニアが有名だからね」


 リゼは、てっきりエルガレム王国内の移動だと思っていたので驚いていた。

 今、アイリと別れてもいずれどこかで会えると思っていたが、他国への移動もあるのだと、この時知った。


「まぁ、ラバンニアル共和国は万年受付嬢不足だから、希望者は即採用だからね」

「そんなことありません。アイリはラバンニアル共和国の冒険者ギルドに移っても、立派な受付をしてくれると、私は思っていますよ」


 自分を卑下するように話すアイリに、クリスティーナはアイリを鼓舞するように話した。


「そんな、受付長……ありがとうございます」


 クリスティーナの言葉にアイリは照れていた。

 リゼは、この情景も残り数日しか見られないと思うと、寂しい気持ちになる。

 もしかしたら、もう会えないかも知れないアイリに、なにかしら自分の気持ちを贈ろうとリゼは決心をする。

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