第112話

「はい、たしかに」


 グッダイ道具店のミサージュは、通貨を数え終えるとリゼに話す。

 そして、取り置きしておいたミルキーチーターのアイテムバッグを受付の上に置き、アイテムバッグの説明をする。

 これはアイテムバッグを販売するうえで必要なことだと、バクーダの時に知った。

 一通りの説明を聞き終えたリゼは、親指の腹をナイフで軽く斬る。

 流れる血を利用して、置かれている契約書に親指を押し付けた。


「どうぞ」


 そして、取り置きしておいたミルキーチーターのアイテムバッグをリゼに手渡した。

 受け取ったリゼは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 目の前に『クエスト達成』の文字が表示された。

 残り八日だったので、少し焦っていたがデイモンドの助言に従い、無理をせず慎重にクエストを続けてきた。

 無事にクエストを達成出来た喜びよりも、アイテムバッグを手に入れた喜びのほうが、リゼにとっては大きかった。


「つけてあげるわね」


 ミサージュは受付から出ると、リゼの腰から腰袋を外して、アイテムバッグをに装着する。

 元々、装着できるようになっているので、腰袋を取り外せば、簡単に取りつく構造だった。


「ありがとうございます」


 腰に取り付いたアイテムバッグを何度触ると、腰袋に入っていた物をマジックバッグへと移す。

 最後に腰袋をアイテムバッグにしまった。


「ポーションと、毒消薬を二つずつ下さい」

「はい、ありがとうね」


 リゼはポーションと毒消薬は常時、五つは持とうと決めていた。

 出来ればマジックポーションも欲しいが、優先的にも後回しになってしまう。


 グッダイ道具店を出たリゼは、嬉しい気持ちを出来るだけ表情に出さないようにして、平然を装う。

 そして、アイテムバッグを手に入れたことで、クエストが楽になったことを感じていた。

 リゼの購入したアイテムバッグの容量は、同じサイズの物に比べて、かなり多く収納可能となっている。

 これは発注した貴族が通貨を惜しまずに、最高の物に仕上げたからだ。

 見た目的には、装飾前に意見が合わず、契約破棄になった商品なので、他のアイテムバッグに比べると質素な物だった。

 ミルキーチーターの革を使用しているだけで、見た目的にも価格に見合うものではないと、第一印象は感じる。

 見た目だけであれば、もっと安価で派手な物とかが多数存在するからだ。

 派手さを好まないリゼにとっては、十分に満足するアイテムバッグになる。


 リゼは以前に、銀翼のアリスの「ランクBの平均能力値は、三十くらい」だという言葉を思い出す。

 自分のステータスを開いて確認をする。

 『体力:三十三』『魔力:十八』『力:二十二』『防御:十九』『魔法力:十一』『魔力耐性:十六』『素早さ:六十六』『回避:四十三』『魅力:十六』『運:四十三』

 平均能力値に及んでいない。

 つまりはランクBのなかでも、中以下の存在だということになる。


(まだ、これから……)


 リゼは焦る気持ちを落ち着かせるかのように、自分に言い聞かせた。

 王都や、名匠のクエストがあるので、出来るだけ早く強くなりたかったし、オーリスに唯一ある迷宮ダンジョンへのクエストを受注したかった。

 しかし、平均能力値が三十以上にならないと、迷宮ダンジョンへのクエストを受注しないとリゼは決めていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 クエストを受注するため、ギルド会館に入ったリゼは、いつもと違う感じに気付く。


(なに、あったのかな?)


 リゼは周囲の冒険者を横目で見ながら、クエストボードへと歩いていた。

 いつもと変わらないクエストの中だったが、最近のリゼは討伐系クエストを積極的に受注していた。

 それは、冒険者が話していた内容を耳にしたからだった。


「能力値を上げるなら、やっぱり討伐のクエストだよな」

「そうそう、俺もオークの討伐クエストで一気に三つも上がったからな」

「本当かよ! 俺は二つだったぞ」


 討伐クエストは能力値が上がりやすい。

 これは噂にすぎないが、多くの冒険者たちは信用していた。

 冒険者といえば、討伐クエストという前提があるからこそ、運よく能力値が上がったことを討伐クエストのおかげだと考える冒険者が多いからだ。

 リゼは無理な討伐クエストはせずに、自分の実力にあった討伐クエストの受注を繰り返していた。


(……今日も、これかな)


 リゼはクエストボードから『スライムの討伐(二十匹以上)』の紙を剥がして、受付へと移動する。

 受付にアイリはいたので、アイリの列に並ぶ。

 少し前の冒険者との会話が聞こえて来るが、受付担当者の引継ぎの会話だった。

 受付を終えた冒険者たちが、元気のない表情でリゼの横を通り過ぎる姿を見ているので、アイリに何かあったのだと、リゼは感づいていた。


「これを、お願いします」


 リゼはアイリに『スライムの討伐(二十匹以上)』のクエスト用紙を渡す。


「はい」


 アイリはクエスト用紙を受け取ると、すぐに受注手続きをする。


「……リゼ」

「はい、なんでしょうか?」


 受注手続きを終えたアイリは、クエスト用紙を渡す前にリゼに声を掛けた。


「実は私ね。オーリスの冒険者ギルドから、別の町の冒険者ギルドに移動することになったのよ」

「えっ、そうなんですか‼」


 リゼの不安は的中する。


「それでね。私の後任の受付担当なんだけど、レベッカにしようと思っているんだけど、良かったかな?」

「はい。私は構いません」

「そう。それなら、これからはレベッカが担当ということで進めるわね」

「アイリさん……その、移動の原因ですが私も関係していますか?」


 リゼには思い当たる節は無いが、孤児部屋での出来事なども含めて、自分のせいでアイリが移動になるかも知れないとも思っていた。


「えっ、全然違うわよ。だから、安心してね」

「そうですか……分かりました」


 受付嬢に移動があることをリゼは、この時に初めて知った。

 そもそも、受付嬢の移動が頻繁に行われるものなのかさえも、リゼは知らない。

 アイリに深く聞くことも失礼だと思い、リゼはアイリに対して、これ以上の追及をすることは無かった。


 ただ、アイリに世話になったとリゼは思っている。

 もしも、アイリが居なければ、今よりも酷い状況になっていたかも知れない。

 孤児部屋で朝食を提供してくれたことや、服を購入するために一緒に買い物をしたことなどが、リゼの脳裏に浮かんだ。

 後ろにも冒険者が並んでいるので、あまり長く話をするのも迷惑だと思い、リゼは一礼だけして、その場を去ることにした。


 ギルド会館を出るまでの短い距離だったが、アイリがオーリスから移動をする理由が分かる。

 アイリは結婚をして、別の土地で暮らすことになったらしい。

 そして、その土地の冒険者ギルドで受付として働くようだ。

 冒険者たちは、アイリの移動は勿論だが、アイリが結婚をするという事実にショックを隠せない様子だった。

 好意を寄せていた冒険者は多かったのだと、リゼは会話を聞きながら感じていた。


 短い時間だったが、世話になったアイリに何か贈り物をしたいと思いながら、リゼはクエストへと向かった。 

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