第110話
「くそっ!」
蒼月のメンバーは苛立っていた。
以前のワイバーン討伐とは勝手が違うからだ。
自分たちが以前に討伐したワイバーンは、成体ではなかった。
今、対面しているワイバーンの大きさで、それを理解した。
冒険者たちから、退治したワイバーンを「幼体なのに凄い」と言われたが、戦った自分たちからすれば幼体とは思えない強さだったし、いつもの妬みにしか聞こえなかった。
ワイバーン二体による連携攻撃。
辛うじて一体を戦闘不能にしたが、まだ息はある。
残り一体だが、蒼月のメンバーで戦えるのは七人だけだった。
五人は既に息を引き取っていた。
残りの二人は大怪我を負い、戦線離脱していた。
ここで失敗すれば、今まで積み重ねてきた実績が全て失われると七人は思っていた。
少し無理をしてでも倒さなくては……。
焦れば焦る程、蒼月のメンバー同士の連携が上手くいかなくなる。
そして、一人……また一人と戦闘不能のメンバーが増える。
最後に立っていた……いや、五体満足だったのは四人だけだった。
次々と倒れていくのを見て、恐ろしくなったのか、その場から逃げて隠れていたのだ。
倒れていたワイバーンが息を吹き返すと、怒りのあまり目を覚ますと同時に暴れるが、他のワイバーンに抑止されたのか大人しくなりと、二体は飛んで姿を消した。
被害が大きいこともあり、近隣の村にすむ住人がギルドへ報告に向かう。
――三日後。
ギルドからの調査隊により、蒼月のメンバーたち八名は命を救われる。
しかし、デイモンドはワイバーンの攻撃で右足が潰されていた。
他のメンバーも四肢を失った者や、視力を奪われた者も居た。
五体満足だったのは、戦わずに逃げた者たちだけだった。
クエスト失敗。
この事実は蒼月にとって、初めての経験だった。
しかし、それ以上にクラン内での亀裂が大きかった。
五体満足で帰還した冒険者――つまり、逃げ隠れていた冒険者はクランのリーダーであるチャーミスルと、その側近たちだったからだ。
怪我をした者たちは、もしもにげずに戦っていれば戦況が変わっていたという思いもあった。
なにより、仲間が死なずに済んだかもしれない――。
「お前たちをクランから追放する」
チャーミスルは怪我をしたクランの仲間に告げる。
怪我をしている者でも、まだ冒険者として活躍できる者もいる。
「……いつも通り、多数決で決める出来だろう」
デイモンドの意見に、チャーミスルに追放されると言われた冒険者たちも賛同する。
「忘れていないか? クランメンバーを追放する権限があるのは、クランリーダーである俺だけだ」
クランメンバーの追放権限を持つのは、たしかにクランリーダーだけだ。
この権限を行使することは、諸刃の剣になる。
自分を慕う冒険者だけの独裁クランをつくる目的に使用されることが多い。
それ以外であれば、クランメンバーから反感を買い、クランから去って行く冒険者もいるし、ギルド内でも噂は広ます。
一方的にな追放権限になれば、通貨の支払いも発生する。
クランの滞在期間に関係なく、一律白金貨五枚だ。
この支払いが追放権限を行使しない要因ともなっている。
「分かった。クラン追放なら、それ相応の支払いがあるはずだ。この場で支払って貰おうか」
デイモンドは右足を失い、これ以上冒険者として生きて行くことは出来ないと分かっていたので、チャーミスルの決定に従うことにした。
チャーミスルは既に用意してあった白金貨を五枚、デイモンドに渡す。
デイモンドの手から乱暴に白金貨を奪い取ると、無言でその場を後にした。
反論しても無駄だと分かったのか、他の冒険者も次々と白金貨を貰うと、チャーミスルの目の前から消えていった。
追放された冒険者たちのなかには、デイモンドのように冒険者活動が出来ないと判断した者は、ギルド会館で冒険者登録を抹消する手続きを行っていた。
右足を失ったデイモンドに、誰もが憐みの眼差しを向けていた。
「いままで、御苦労様でした」
担当受付嬢に労いの言葉を掛けられる。
「これから、どうするんですか?」
「……さぁな」
この先のことは全く考えていなかった。
とりあえずは、一刻も早くこの町から――冒険者として、一番長く過ごした場所から立ち去りたいとだけ思っていた。
翌日、デイモンドは仲間数人と馬車に乗り、町を去った――。
数か月後、デイモンドは顔見知りの冒険者から驚愕の事実を知る。
ワイバーンのクエストで死んでいった仲間の親族たちが、仲間の遺産つまり、ギルドに預けていた通貨を受け取っていないと、抗議をしたそうだ。
ギルドは蒼月に一括で支払ったと話すが、すでにチャーミスルは町を離れて別の場所に移動していた。
事実を知ったギルドはチャーミスルたちを見つけ出そうとするが、チャーミスルたちに察知されてしまい、そのままチャーミスルたちは姿を消す。
そして、指名手配犯となっていた。
仲間思いのデイモンドは、死んでいった仲間たちから家族のことも聞かされていたので何故、自分がそのことに気が付かなかったのかと、自分を責める。
そして、ワイバーン討伐の時も、もっと上手く支持できていれば、死なせずにすんだ。
いや、事前の準備をもっと、しっかりしておけばと、過去のことを思い出しては、幾度となく後悔していた。
もしかして、自分が最後に貰った白金貨は死んでいった仲間の……。
気が付くと、足はオーリスに向かっていた。
落ちぶれた自分を見られたくないと思いながらも、最後は生まれ故郷で死ぬのもいいと感じていた。
デイモンドが戻ってきたことを知ったゴロウや、ヴェロニカたちは右足のことを聞くことは無く、昔同様に接してくれていた。
デイモンドにとって、それは苦痛でしかなかった。
哀れまれる自分と、死んでいった仲間に対しても申し訳無さから、オーリスに戻ったデイモンドだったが、ゴロウたちと徐々に距離を取り始めていたのだった――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「リゼ。慢心した冒険者ほど、死と隣り合わせだ。お前は俺のようになるなよ」
「……はい」
デイモンドの話を聞いたリゼは、猛省する。
いつしか、目の前のことだけに囚われて、先のことが見えていなかった。
冒険者を長く続ける――一人で生きていく。
目標を見失っていたことに、気付かされる。
「あと、これを見な」
ヴェロニカはデイモンドに二枚の紙を見せる。
渡された紙を一通り見たデイモンドは、紙を潰す。
「チャーミスル‼」
潰した紙に書かれていたのは、チャーミスルの指名手配書と、内容が書かれた紙だった。
ギルドはチャーミスルと、その仲間の報奨金額を上げたのだった。
他の村で暴れて強奪する集団の中に、チャーミスルがいたことを断定する。
そして、その強奪集団が『蒼月』と名乗っていたことも判明していた。
デイモンドの体は怒りで震えていた。
かつての仲間が落ちぶれていたことよりも、蒼月を名乗り強奪行為をしていることは、死んでいった仲間への冒涜だと感じていた。
しかし、蒼月を軽んじていたのは自分も同じだ――。
今の自分の姿を見たら、死んでいった仲間はどう思うだろうか?
死んでいった仲間に笑われないように……。
デイモンドの瞳に光が戻る。
「他に聞きたいことはあるか?」
「えっ‼ はっ、はい」
突然の言葉に、リゼは戸惑う。
それはヴェロニカも同じだったが、デイモンドの表情を見て確信する。
デイモンドが先に進んだと感じたからだ。
(これで、ヨイチの爺さんも安心するだろうよ)
ヴェロニカは笑顔で、デイモンドとリゼの話す姿を見ていた。
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