第109話
リゼは不安な気持ちを抑えながら、ヴェロニカに付いて行く。
宿を出るときに行き先を聞いたが、ヴェロニカは教えてくれなかった。
町を散策するかのように歩き回る。
リゼは、さっき通ったところだと思いながらも、口には出さなかった。
裏通りに入ると、リゼは暴漢に襲われた時のことを思い出す。
道こそ違うが、雰囲気が同じだと感じていたからだ。
「着いたよ」
ヴェロニカが立ち止まった。
リゼは目の前の建物を見て驚いた。
今にも倒壊するかと思えるほど、家は傷んでいる。
周囲を見渡すと同じような家が並んでいた。
驚くリゼに構うことなく、ヴェロニカは家の扉を叩く。
しかし、家の中から返事はない。
何度も扉を叩くヴェロニカだったが、家の中から返事は無かった。
しかし、家の中からは物音がすると、リゼは気付く。
「デイモンド居るんだろう。私だ……兎の宿のヴェロニカだ!」
痺れを切らしたヴェロニカが、大声で叫んだ。
すると、扉が少しだけ空くと、男性が顔を出す。
「ったく。居るんだったら、早く開けろよ」
「……こっちにだって、事情があるんだ」
鬱陶しそうに答える男性。
彼がデイモンドなのだろうと、リゼはヴェロニカと交互に顔を見ていた。
「……そっちの嬢ちゃんは?」
「うちの宿に泊まっているリゼだ」
「……もしかして、冒険者か?」
「はい」
デイモンドの質問にリゼは、迷うことなく答えた。
「そうかい――まぁ、入りな」
顔を引っ込めると、ヴェロニカが扉を開けて家の中へと歩き出す。
リゼもヴェロニカの後ろについて、家の中へと入った。
「鍵はしておいてくれよ」
「はい」
デイモンドの指示通り、リゼは扉を施錠する。
振り返り、デイモンドを見ると、右足が無く木で出来た義足が付いていた。
「それで、俺に何の用だ?」
「あんたの冒険者の話を。この子――リゼに聞かせてやって欲しい」
ヴェロニカの言葉にデイモンドの目の色が変わる。
「……俺に何を話せって?」
「だから、冒険者の――」
「ふざけるな‼」
デイモンドは激高する。
「惨めな俺を揶揄いに来たのか!」
「そんなつもりはない。どうせ、現実から逃げているんだろう? ヨイチの爺さんも心配しているんだぞ」
「片足を失った俺に何が出来るんだ!」
苛立つデイモンドは拳で壁を殴る。
「だからって、何もしなければ状況は変わらないだろうが‼」
ヴェロニカも怒っているのか、荒々しい言葉使いになっていた。
リゼは、このデイモンドもヨイチに育てられたのだと、二人のやり取りから気付いた。
その後も、二人は言い争いをしている。
「俺のことは、ほっといてくれ」
「いつまで過去に囚われているんだい。どうせ、冒険者の時も、そうやって逃げて来たんだろう!」
ヴェロニカは我に返る。
「悪い……言い過ぎた」
感情に任せて、口にした言葉。
それはデイモンドを傷付ける言葉だった。
「……いや、いい。お前の言うとおりだ」
デイモンドは確信をつかれたのか、先程まで見せていた怒りの表情は消えて、元気のない表情を浮かべる。
「ふぅ」
溜息をつくと、デイモンドは
ヴェロニカは先程、自分が発した言葉でデイモンドが傷付いたことを悔やみ、何度も謝罪の言葉を口にする。
売り言葉に買い言葉。
デイモンドもヴェロニカの気持ちが分かっているのか、謝罪されるたびに「分かった」と言い返していた。
リゼは二人の間に入ることが出来ずに、見守るだけだった。
デイモンドもヴェロニカが、自分のことを気に掛けてくれていることが分かっている。
だからこそ、ヴェロニカの言葉が本心ではないことも理解しているのだろう。
「俺も感情的になりすぎた……」
デイモンドも、自分のことで悩んでいた。
片足を失って既に二年以上は経った――。
冒険者時代に貯めた通貨も、既に底をついている。
しかし、冒険者だった頃のことを思い出し、無くなった右足を見るたびに苛立ちを隠せずにいた。
ヴェロニカやゴロウたちが、何度も訪れるのは自分のことを心配してくれていることも分かっていた。
しかし、優しくされるたびに惨めな気持ちになり、次第に人を遠ざけるようになる。
人に哀れみをかけてもらうような人生など、想像さえしていなかった。
ヴェロニカはデイモンドに全てを話させて、自分と向き合ってもらいたかった。
相手が普通の冒険者であれば、デイモンドは話す気にならないかも知れないが、リゼならデイモンドも話をしてくれるのではないか? と少しだけだが期待をしていた。
それにリゼにも――。
「お前が来たってことは、次はゴロウか、デニスの奴が来るんだろう」
「そうだな」
「あいつらよりは、ヴェロニカのほうが話が通じるだろうしな……お前らも座れ」
ヴェロニカの視線に気づいたリゼは、先に座ったヴェロニカの横に移動して座る。
「リゼと言ったか?」
「はい」
「いつから冒険者になった?」
「数か月前です」
「……冒険者の詮索は禁止だと知ったうえで聞くが、学習院卒だよな?」
「いいえ。私は孤児部屋から冒険者になりました」
リゼは恥じることなく、しっかりとした口調でデイモンドに答えた。
デイモンドもリゼの視線に強い意思を感じたのか、黙って頷いた。
「リゼはヨイチの爺さんのお気に入りでもあるんだぞ」
「たしかに、ヨイチの爺さんが好きそうな雰囲気だな。それで、何を聞きたいんだ?」
「……デイモンドの最後のクエストだ」
ヴェロニカの言葉にリゼは、デイモンドが又、怒るのではないかと思い、二人の顔色を見る。
「そうだな。きちんと話をした事がなかった……な」
デイモンドは思い出したくない記憶を呼び起こしながら、ゆっくりと話を始めた。
当時のデイモンドは、別の町で冒険者をしていた。
しかし、その名はオーリスでも知られる程の冒険者だった。
所属していたクランは『蒼月』。
中規模のクランだが、多くの難関クエストを成功させていた新進気鋭のクランだった。
デイモンドもクラン内では主戦力として活躍をしていた。
名を上げたい蒼月は、他のクランが躊躇するようなクエストも、即決で受注していた。
今回のクエストも、今まで通り。自分たちなら成功できると確信していた。
一度成功している『ワイバーンの討伐』だった。
群れで行動するワイバーンだが、極稀に群れからはぐれたワイバーンが、餌場を求めて村や森を襲うことがある。
今回は二体のワイバーンが目撃されている。
近隣の村を襲っていたため、早急な討伐が必要だった。
以前に二体を倒した実績のある蒼月のメンバーたちは、今回も簡単に倒すことが出来ると、軽い気持ちで考えていた。
蒼月の名を上げれば、冒険者としての地位も上がり、名誉も手に入れることも出来る。
蒼月のメンバーは全員で十六人。
全員が同世代で、冒険者としての経験も同じくらいだ。
リーダーはいるが、全てを多数決で決めるのが絶対的な規則になる。
不満はあれど、メンバーたちは納得していた。
彼らに冒険者としての失敗や、怖さを教えようとした冒険者もいたが、自分たちへの妬みだと、聞く耳を持つことは無かった。
実力に裏付けられた自信。
自分たちなら当然、成功できると信じて疑っていなかった。
そのため、念入りな準備もせずに討伐へと向かった。
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