第106話

「いらっしゃい……って、サルディか」

「親父! 俺だって、立派な客だぞ」


 リゼは星天の誓の三人と、サルディの実家でもあるグッダイ道具店に来ていた。


「親父さん、どうもです」

「おぉ、バクーダ。サルディから聞いたぞ、バーサクロコダイルを一撃で仕留めたそうだな」

「いやー、それほどでも」


 グッダイに褒められたバクーダは照れていた。


「それで、なにが入り用だい?」

「それはですね。取り置きして貰っているアイテムバッグを購入しに来ました」

「……残りを全て払うってことか?」

「もちろんですよ」


 バクーダはサルディに顔を向けると、サルディがアイテムバッグから白金貨三枚と、金貨五枚を取り出した。


「おぉ、本当に払うんだな。ちょっと待っていろ」


 グッダイは店の奥へと入って行く。


「これで残りは金貨三枚と、銀貨七枚だぜ」

「高いアイテムバッグを買うからだろう」

「買うなら気に入る物のほうがいいだろう?」

「そりゃそうだが、装備を変えたらアイテムバッグも変えるのか?」

「それは、その時に考えるさ。これ以上の防具を揃える余裕もないしな」

「確かにな。まぁ……また、稼げばいいだけだしな」

「そうそう」


 いままで貯めていた通貨が、ほとんど無くなり嘆くバクーダを、サルディとコファイが慰めていた。


「お待たせっと」


 グッダイはバクーダが取り置きしていたアイテムバッグを持って現れる。


「これが契約書だ」


 グッダイはアイテムバッグの説明をする。

 これはアイテムバッグを販売するうえで必要なことらしい。

 一通りの説明を終えると、バクーダの親指の腹をナイフで軽く斬る。

 流れる血を利用して、契約書に親指を押し付ける。


「次は……このプレートに指を押しつけてくれ」


 アイテムバッグに付いているプレートにも、同じように親指を押し付けた。

 するとプレートが一瞬、小さな光を放つとプレートの色が変わった。


「これで契約完了だ。今からこのアイテムバッグは、バクーダのものだ」


 バクーダは親指の傷が光とともに治ったことが不思議だったのか、親指を見つめていた。

 しかし、グッダイの言葉で実感したのか、両手でアイテムバッグを掴んだ。

 喜ぶバクーダとは反対に、リゼは憂鬱な顔をしていた。

 この間、来店した時には置いてあったミルキーチーターのアイテムバッグが、店頭から姿を消して、別のアイテムバッグが二つ飾られていたからだ。

 店頭にないと言うことは、既に誰かに購入されたことを意味する。


「どうした、リゼ?」


 落ち込んだ様子のリゼにサルディが声を掛ける。


「ミルキーチーターのアイテムバッグが無いからか?」

「……はい」


 擦れそうな小声で返事をするリゼ。

 サルディはグッダイのほうを向くと、グッダイは悪そうな表情で笑い返した。


「リゼ!」


 グッダイに呼ばれて顔を向けると、グッダイがカウンターの下からミルキーチーターのアイテムバッグを取り出した。

 リゼの曇っていた表情が一変した。


「どうして……」

「この間、アイテムバッグの話をしていた時に、リゼがミルキーチーターのアイテムバッグが欲しいと言っていただろう?」

「はい、確かに言いました」

「親父たちに、そのことを話したら暫く店頭に置くのを止めるって、言ってくれてな」

「でも、どうして?」

「……さぁな」


 リゼがグッダイのほうを見ると、照れているのか顔を背けた。


「お姉ちゃん!」


 店の奥から、サルディの妹のラリンが駆け寄ってきた。


「全く、何を照れているんだい」


 ラリンを追うようにして、グッダイの妻ミサージュが店の奥から出てきた。


「別に照れていないぞ」

「はいはい」


 目が泳いでいるグッダイを、ミサージュは軽くあしらう。


「前に来た時に私と話したことを覚えている?」

「……なんでしたか?」


 リゼは考えても思い出せなかった。


「私がミルキーチーターのアイテムバッグを、リゼちゃんに売りたいなって話したでしょう」

「あっ!」


 ミサージュに言われて、リゼは思い出した。


「リゼちゃん。以前にゴロウさんの解体場で、下敷きになった人を助けようとしてくれていたでしょう」

「たいして力にはなれませんでした」

「そんなことはいいのよ。怪我人のなかには、私や旦那の知り合いもいたのよ」

「……そうですか」


 リゼはミサージュが言うような立派なことをした覚えがないので、過剰評価だと思い恥ずかしかった。


「リゼちゃんが、うちの店に来てくれた時は本当に嬉しかったのよ」


 笑顔で話すミサージュだったが、リゼは困惑していた。


「それにファースからも、同じ装備だからって、リゼちゃんが欲しそうだったら、売ってやってくれって言われてたしね」

「ファースさんが……」

「今、リゼちゃんが装備しているミルキーチーターよ。ファースやデニスたちに依頼した貴族と同じように制作した物を、うちの店が買い取ったのよ」

「アイテムバッグは人気の商品だからな」


 常に店同士で儲け話を逃さないように、情報を交換している。

 その際、貴族から依頼されて倉庫の片隅に長い間、眠っていたミルキーチーターの防具を売った話をする。

 兄のデニスが先に靴を売ったことも話していた。

 グッダイもリゼが何度か店で品物を納入してくれているので知っていた。


「もし……リゼがグッダイさんの店にある、ミルキーチーターのアイテムバッグを気に入ったら、出来るだけリゼが買えるように融通利かせてもらえると、嬉しいんですけどね」

「まぁ、本人が気に入ればな。それに商売は商売だからな」

「分かっていますよ」


 グッダイは口では厳しいことを言うが、人情深い人だとファースは知っている。

 一方のグッダイもリゼが購入する意思があれば、優先的にするつもりではいた。

 そして、ミサージュからリゼが欲しそうにしていたことや、サルディからもリゼに購入の意思があることを聞いて、店頭に飾るのを止めた。

 ミサージュやサルディにも相談をせずに、グッダイの独断で決めたことだった。

 しかし、グッダイの思いはミサージュとサルディにも伝わっていた。

 取り置きしてもらえる条件として手付金が必要になる。

 購入金額の半分が手付金になると以前に、バクーダから教えてもらったリゼは不安になる。

 店頭に飾ってあった時に見た価格は、白金貨六枚と金貨五枚だった。

 他の店では、安いものでは白金貨五枚のアイテムバッグがあることは知っているが、高くても欲しい――決して、妥協はしたくなかった。

 しかし、先程のサルディの言葉が気になっていた。

 防具を変えたら――。

 皆の好意で揃えてもらった防具を変える気は、リゼには無い。

 心配していたのは、自分の力不足により防具が壊れる事だった。

 それだけ、リゼは自分に自信を持てないでいた。


 リゼの持っている通貨は、白金貨六枚と金貨三枚に、銀貨八枚――。

 暴漢に襲われた時の保障と、今回の地下水路での報酬などで得た全財産だ。

 銀貨だけ残しても手付金はもちろん、購入に近い通貨も支払うことが出来る。


「リゼちゃん、どうする?」

「手付金を支払いますので、取り置き御願い出来ますか?」

「もちろん」


 リゼは大事に握りしめていた袋から、白金貨六枚と金貨二枚を出す。

 金貨を一枚残したのは、今後のクエストに必要な物が購入できなくなる可能性を危惧して、残すことにした。

 ミサージュはリゼから白金貨を受け取ると、グッダイのほうを見ると頷く。


「残りは金貨四枚ね」

「はい」


 金貨四枚であれば、節約した生活をすれば――。

 しかし、ポーションなどを必要以上に使えば、簡単に貯めることは出来ない。

 リゼは不安を感じながらも、自分の思い描いた冒険者に少しずつ近づいている実感を得ていた。

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