第107話
グッダイ道具店に、アイテムバッグの手付金を支払ってから二週間経った。
節約生活を続けるリゼだったが、他の人から疲れているのか、やつれているように見られていた。
何度も心配する声を掛けられていたが、リゼは「大丈夫です」と返事をしていた。
「リゼ!」
その日もいつも通りに、兎の宿を出ようとするとヴェロニカに声を掛けられた。
「おはようございます、ヴェロニカさん」
ヴェロニカはリゼの全身を見ると心配した表情をする。
「リゼ……ちゃんと、食事は取っているのかい?」
「はい、それなりに」
リゼは表情を変えることなく答えた。
「冒険者は体が資本だから、食費を削って命を落とすようなことにならないようにな」
「……はい」
リゼは、表情を一瞬変えたのをヴェロニカは見逃さなかった。
「やっぱり、食費を削っているんだな!」
ヴェロニカは大声をあげる。
そしてヴェロニカの問いに、リゼは俯いたままだった。
何度か心配する言葉を掛けてもらったことはあるが、面と向かって言われたことが無かった。
久しぶりに怒られたことで、リゼは委縮する。
「リゼ。そこに座ってな」
ヴェロニカはリゼを睨む。
リゼは逆らうことなく、ヴェロニカの言葉に従い椅子に座った。
内心、リゼ自身も食費を削ることが、冒険者にとって良い事ではないと分かっていた。
しかし、それ以上にアイテムバッグを購入する思いが強かったのだ。
最初こそ、少しだけ食べる量を減らしただけだったが、徐々にその減らす量が多くなっていった。
リゼ自身は気付いていないが、力が出ないこともスキルの影響だと自分に言い聞かせていた。
そう――自分を納得させる理由が欲しかっただけなのだ。
「ほら、食いな」
リゼの目の前には、ヴェロニカが持ってきた料理が置かれている。
置かれた料理を見たリゼは一向に、食べる仕草をしなかった。
「ん、どうした?」
「その――」
ぐ~~~~~~‼
リゼが話そうとすると、リゼの腹の虫が大きな鳴き声を上げる。
顔を赤らめて俯くリゼを見て、ヴェロニカは少しだけ笑う。
「さぁ、食べな」
躊躇うリゼに反するかのように、置かれた料理の匂いに腹の虫が鳴り止むことは無かった。
「リゼ。あんたが食べ終わるまでは私は、ここから動かないからね」
意地悪そうな笑顔のヴェロニカを見上げたリゼ。
「ありがとうございます」
ヴェロニカの優しさ、そして自分のことで周りの人たちに迷惑を掛けてしまったことにリゼは自己嫌悪を感じていた。
「いただきます」
リゼは料理を口に運ぶ。
一口、又一口と食べ進める。
自分の意思とは関係なく、体が欲しているかのように手が止まらなかった。
リゼの食べる様子をヴェロニカは嬉しそうに見守っていた。
料理を食べ進めながら、リゼは無理をしていたことに改めて気づいた。
そして、自分の過ちにも――。
ヴェロニカはリゼが料理を食べ終えると、我に返ったかのように食べ終えた皿を見つめたままだった。
「満足したかい?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
リゼは立ち上がり、ヴェロニカに礼を言う。
腰にぶら下げている革袋に触ろうとすると、ヴェロニカが止めた。
「代金なら、いらないよ」
「えっ、そんなことは――」
「代わりに明日の夕方、私の用事に付き合ってくれるかい?」
「はい、分かりました」
ヴェロニカの用事が気になったが、食事を無料で食べさせてもらったリゼには拒否権は無かった。
「リゼ、どんなことも命があってこそだからな」
「……はい」
リゼの言葉を聞いたヴェロニカは、安心したのか微笑する。
「じゃあ、頑張って稼いできな‼」
ヴェロニカに背中を叩かれたリゼは前方にふらつく。
リゼは苦笑いをしながら、振り返るとヴェロニカは笑っていた。
「いってきます」
「あぁ、いってらっしゃい」
ヴェロニカに笑顔で送り出される。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リゼは久しぶりに討伐系のクエスト『急募:ワイルドボアの討伐(一体)』を受注した。
久しぶりに体に力が入るので、報酬のいいクエストを受注することにした。
ワイルドボアの討伐は食料が不足気味になる冬に向けて、日持ちのよい燻製に適した食材調達のクエストになる。
普通であれば、ワイルドボアの討伐は三匹以上だ。
三匹以上でないと、パーティーを組んでいる冒険者の報酬が少ないからだ。
極稀に、一匹や二匹といったクエストが発注されるが、パーティーを組んでいる冒険者や、報酬の高さよりも楽をしたい冒険者たちからは見向きもされない。
だからと言って、何日も放置されるクエストでもないので、誰にも受注されることもなく、クエストを発見出来たリゼは運が良かった。
単体討伐のクエスト発注者は、食堂の経営者が特別な客から注文に対応するためだ。
以前にリゼは、ケアリル草採取のクエストの時に遠目で見たが、気付かれないように逃走したことがある。
単体で行動するワイルドボアだ。
不安ながらもクエストボードからクエスト用紙を剥がして、受付に持って行く。
「おはよう、リゼ」
「おはようございます」
朝の挨拶を交わすと、リゼはアイリにクエスト用紙を手渡す。
リゼからクエスト用紙を受け取ったアイリは、リゼの顔をじっと見る。
「今日は顔色がいいみたいね。体調は大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
アイリに不安がられないように、リゼは受け答えする。
「そう、それなら大丈夫ね。リゼの実力なら、ワイルドボア一体なら難しくないと思うけど、数体のワイルドボアと遭遇したら、絶対に戦闘はしないこと。それが条件だけど大丈夫?」
「はい、約束します」
「うん、約束ね」
アイリはリゼへのクエストを発注をする。
そもそも、ワイルドボアは群れで行動はしないので、数体が固まっていることは殆どない。
アイリも分かっているからこそ、リゼに注意をしてクエストを発注したのだった。
「ありがとうございます」
久しぶりの討伐クエストなので、リゼの心は踊っていた。
このまま、討伐に向かおうとした時、ヴェロニカの言葉が頭を過ぎった。
(ヴェロニカさんとの約束もある。きちんと宿に戻らないと‼)
リゼはポーションを購入するため、グッダイ道具店に寄ってから、ワイルドボア討伐へと向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(いた!)
リゼはワイルドボアを発見した。
周囲の様子を伺いながら、他にワイルドボアがいないかを確認する。
他に生き物の気配は無い……!
リゼは鞄から団子を取り出す。
この団子は、ワイルドボアを罠におびき寄せる用に作られた物らしく、グッダイ道具店で進められて購入した。
その時に、風下から近付くことを教えてもらい、すこしずつ距離を縮めながら風上に移動しながら、団子の匂いをワイルドボアに嗅がせるように使う。
リゼは教えてもらった通りに、ゆっくりとワイルドボアに近付いた。
ワイルドボアより風上まで移動をする。
リゼとワイルドボアとの距離は十メートル程だったが、ワイルドボアが団子の匂いに気付いたのか、リゼのほうに顔を向けた。
リゼの存在にも気付いたようだったが、気にすることなくリゼとの距離を縮めながら、ゆっくりと歩いて来た。
緊張しながらもリゼは、持っていた団子をゆっくりと地面に置いて、少しだけ転がした。
そして、右手で小太刀を掴み攻撃態勢を取る。
ワイルドボアも異変を察知したのか、足を止めた。
リゼとワイルドボアとの睨み合いが続く。
先に動いたのはワイルドボアだった。
風で二メートル程転がった団子を目掛けて、勢いよく突進をしてきた。
リゼもワイルドボアに攻撃をしようとする……しかし、ワイルドボアは団子を無視してリゼに進行方向を変えた。
(えっ!)
リゼは一瞬、戸惑った。
その一瞬でワイルドボアの突進を避けることが出来なかった。
幸いにも直撃でなかったので、大きなダメージは無い。
しかし、リゼの体は震えていた。
思うように動かない体。
リゼの意志とは関係なく、恐怖心が植え付けられてしまったのだ。
(どうして……)
ワイルドボアはリゼを格下と認定したのか、反撃を気にすることなく突撃を繰り返す。
避けようとするが、体が硬直して反応が一瞬遅れる。
右に左へと、反撃することなく飛ばされるリゼ。
「……っ‼」
致命傷こそなかったが、ダメージは蓄積されていった。
ワイルドボアは、リゼを玩具のように動かなくなるまで遊び、そして楽しんでいた。
(回復しなくちゃ……)
リゼはポーションを飲もうと鞄に手を掛けると、手に液体の感触を感じた。
驚いて視線をワイルドボアから鞄へと変える。
急いで鞄を開けて中身を確認して、愕然とする。
余分に購入していたポーション三本のうち、二本が割れていた。
つまり、ポーションは一本しか残っていない。
(今は使えない……)
リゼはワイルドボアの突進する音に気付き再び、視線をワイルドボアへと戻す。
絶体絶命……死への恐怖。
リゼの緊張度は一気に上がった。
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