第104話

 戻る途中で、ニコラスたちと合流する。

 返り血を浴びたフリクシンに一瞬、驚いていたが後ろにバーサクロコダイルの死体を発見すると安堵の表情を浮かべていた。


「無理はしていないだろうね」

「あぁ、大丈夫だ」


 バーサクロコダイルの死体を見て、フリクシンの一撃によるものだとニコラスは分かっていた。


「この素材は、クエスト参加者への報酬にしてくれ」


 フリクシンがニコラスに言った言葉を聞くと、周りから歓声が上がる。


「まだ。終わっていないですよ」


 ニコラスは、気を緩める冒険者たちを叱咤する。


「俺たちは先に出ているからな」

「そうだね。今日は、そのまま終了でも構わないよ」

「そうだな。まぁ、ギルド会館で待機でも」


 リゼたちはニコラスたちと別れて、地下水路を出てギルド会館へと向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「おいおい、一日に二匹もバーサクロコダイルを解体するのかよ‼」


 解体職人のバーランが驚きながら、バーサクロコダイルの死体を見ていた。

 頭を掻きながら、他の解体職人に指示を出す。

 

「こっちは死体の損傷が激しいから、そんなに高値にはならないぞ」

「分かっている」


 死体を比べた上で発言をしたバーランに、フリクシンは頷いた。

 バーランはギルド会館裏にある作業場へと移動をして早速、作業に取り掛かる。


「とりあえず、休むとするか」


 フリクシンが上を指差す。


「はい」


 サルディたちは返事をする。


「俺は……受付で用事を済ませてから、先に宿へ戻らせてもらう」

「……そうだな。明日、顔出してくれるか?」

「あぁ、分かった」


 リューヘンは落ち込んだ様子で、フリクシンに話していた。

 フリクシンもリューヘンの用事が、ジモロンドとヒューゴルが死亡したことを受付に連絡することや、宿屋に残っている二人の所持品の整理がある。

 常に三人で行動していたが、今回の件でリューヘン一人だけが生き残った。

 今後、冒険者としての活動を考える時間も必要なのだろうし、相談には乗ってやりたいと、フリクシンは考えていた。


 リューヘンを残して、他の者たちは上にある部屋へと移動をする。



「とりあえず、報告書だな」

「えっ、休むんじゃないんですか‼」

「何を言っているんだ。バーサクロコダイルの報告書を、ニコラスが来る前にまとめるぞ」

「そんな……」


 休憩できると思っていたバクーダは項垂れる。


「今のリューヘンに事情を聞くのは酷だからな。先にお前たちから、もう一度事情を聞いて報告書を作成する」

「分かりました」


 コファイが代表して返事をした。

 先程、報告した内容を更に詳細に報告する。

 時折、サルディやバクーダ、リゼも捕捉説明をする。

 報告の途中で、扉を叩く音がに続けて、クリスティーナの声が部屋の外から聞こえた。

 フリクシンが入室許可の返事をすると、クリスティーナが一礼して入室する。


「どうした?」

「バーランより、先に討伐したバーサクロコダイルの解体が完了したので、査定の参考価格が出ましたので、御報告に参りました」

「それで、どれくらいだったんだ?」

「最低白金貨十枚です」


 クリスティーナの言葉に、サルディやコファイは驚きのあまり固まる。

 バクーダは立ち上がり、何かを言おうとしていた。

 リゼは、聞き間違いではないかとサルディたちを見ていた。


「まぁ、それくらいだろうな。大きさで言えば、中の上くらいだったし、背中の皮は殆ど傷付いていない。もっと、高くてもいいと思ったが――」

「バーサクロコダイルって、そんなに高価な素材何ですか⁈」


 立ち上がっていたバクーダが、やっと話し始めた。


「もちろんだ。背中の皮は防具の素材になるし、牙や爪も武器の素材になる。なにより、あれだけの大きさであれば、貴族が一匹買い取って飾ることもあるからな」

「威厳を示すために魔物を飾るなんて……悪趣味な道楽です」


 フリクシンの話にクリスティーナは嫌悪感を露わにする。


「明日に、もう一匹と一緒に商業ギルドに買い取ってもらいます。オーリスでは、あまり前例がないのですが、先程の価格よりも下がることは無いだろうと、バーランが言っていました」


 オーリスで討伐出来る魔物の買い取り価格は、そんなに変動がない。

 しかし、バーサクロコダイルのように、なにかの拍子で討伐した魔物の素材価格は、商業ギルドでも査定して貰う必要がある。

 他の都市との相場なども考慮する必要があるからだ。


「フリクシンさん。白金貨十枚あれば、レアな武器買えますか‼」

「白金貨十枚なら、買えるだろうな」

「バクーダ。皆で平等に分配するのを忘れてませんか?」

「もちろん、覚えている。あくまで参考に聞いただけだ」

「分かっているなら、いいのですが……五人で分配したとして、一人当たり白金貨二枚ですね」


 リゼはコファイの五人という言葉が引っ掛かった。

 星天の誓の三人とリューヘン、そして自分の五人に加えて、死亡したジモロンドとヒューゴルで七人になるはずだからだ。

 しかし、クエスト中に死亡した場合はクエスト失敗となり、報酬を受け取ることは出来ないので、コファイの言う五人に間違いはない。

 リゼが質問しようかと悩んでいると、コファイが話を続けた。


「ジモロンドとヒューゴルは、クエスト失敗扱いなんでしょうか?」

「そうだな……クエスト内容は、地下水路の調査だった。魔物討伐は含まれてはいたが――」


 フリクシンは歯切れが悪かった。

 普段、地下水路に紛れ込む小さな魔物を予想していた。

 まさかバーサクロコダイルがいるとは、予想もしていなかったからだ。

 予想外の魔物による冒険者の死亡――これが事実だ。


「クエストの報酬は支払われません。リューヘンにも先程、説明したところです」

「そうだろな……」


 クリスティーナが、一階に残ったリューヘンのことを教えてくれた。

 今回のクエストは、参加した冒険者一人に対して報酬を支払うクエスト内容だった。

 普通であれば、一つのクエストに対して報酬が決まっているので、参加した冒険者で分配するので、誰かが死亡したとしても支払う報酬に変動はない。

 意図的に仲間を殺して、より高い報酬を手に入れる冒険者もいることも事実だ。

 ジモロンドとヒューゴルはクエストに参加して、予想外の出来事で死亡した。

 バーサクロコダイルの存在を予想しなかったギルドの責任でもある。

 リューヘンとジモロンド、ヒューゴルの三人は”藍漂鳥あいひょうちょう”というクランで、町から町へと移動しながら活動する冒険者だった。

 オーリスには一年程滞在していた。

 このクエストが終了したら、別の町に移動すると言っていたことも知っている。

 不測の事態でも生き残ることが、冒険者を続けていく上で一番重要なことなのだと、リゼは改めて思った。



「私は受付に戻らさせていただきますね」

「あぁ」


 クリスティーナは入室した時と同じように、一礼をして退室した。


 バクーダとフリクシンが会話を再開する。

 名匠の情報を聞けないかと期待をしていたが、その後も名匠に関する話題は無かった。

 バクーダとフリクシンの会話にサルディも加わった。


「リゼは魔物図鑑は、図書館で借りたの?」


 暇そうにしていたと思われたのか、コファイが気を使ってリゼに話し掛ける。


「いいえ。孤児部屋にいる時に、アイリさんがギルド会館にある本を貸してくれたので読んだだけです」

「そうなんだ。僕も魔物について勉強し直すから、明日は図書館にでも行こうかな」

「……図書館があるんですか?」

「うん、オーリス図書館があるよ。ランクBの冒険者であれば入館可能だよ」


 リゼはオーリスに図書館があることに驚く。

 王都などの大きな町や都市には、図書館があることは知っていた。

 しかし、入館出来るのは身分が証明出来る者だけだと以前に聞いた覚えがある。

 図書館に行ってみたいと思っていたが、以前の自分では屋敷から出ることさえ許されていなかったので、叶わぬ夢だった。


「私も一緒に行っていいですか?」

「うん、構わないよ。夕方、バーサクロコダイルの査定が終わっているだろうから、ギルド会館に来るから、それまでになるかな」

「はい、構いません」


 リゼは明日、ギルド会館でコファイと図書館に行くことにした。

 生活のため、クエストを受注する必要もあったが、名匠についての情報が図書館にあるかも知れないことを、リゼは期待していた。



 リゼたちが会話をしているなか、地下水路では首が千切れそうな状態のヒューゴルの遺体が見つかる。

 そして、ジモロンドの体の一部であろうものも見つかった――。

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