第103話
日を改めることは無く、そのまま水路の調査を行うことになった。
それだけ、バーサクロコダイルを放置しておくことが危険だということだ。
ニコラスが指示を出していた冒険者たちが戻ってきたのだが、彼らはオーリスに入り込む水路の柵の修理が終わったかの確認と、生産系ギルドに水路を清掃する際に製作して貰った清掃器具を、ギルド会館に取りに行ってもらっていた。
ニコラスは班編成を変える。
まず、ジモロンドの遺体回収。
これは、フリクシンとリゼにリューヘン、星天の誓の三人だ。
続いて、清掃器具での水路内の調査。
水路内に潜んでいるバーサクロコダイルを探し出す。
そして、水系魔法の氷魔法が使える魔術師などを同行させて、同時に討伐をするつもりだ。
しかし、清掃器具は全部で三つしかないので、三班での対応となる。
他は、棒で水路を突きながら進む班だ。
地下水路での戦闘が難しいと思った冒険者は、この時点で抜けても良いが、報酬は減らされる。
既に死人が出ているので、無理をすることの危険性を十分に理解したうえで判断するようにと、ニコラスは冒険者に話した。
「フリクシン。頼んだよ」
「そっちこそ、気をつけろよ」
「お互いにね」
ニコラスもフリクシンも剣士だ。
地下水路のように、剣を振り回すと壁に当たってしまうような場所での戦闘には不向きな職業である。
しかし、そこは経験でカバーできることを、お互いが知っていた。
まず、フリクシンたちが地下水路に入る。
その後、清掃器具や棒を使用しながら、各分岐している水路を地道に調査をする。
寒さに弱いバーサクロコダイルなので、水系統魔法の一種で氷魔法を水路に掛けて、水を凍らせることでバーサクロコダイルが顔を出すことも同時に行う。
広い地下水路なので、地道な作業になることは分かっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここだな」
水路の分岐地点を確認する。
この分岐の先に、ジモロンドの遺体がある。
フリクシンを先頭に進むが皆の足取りは重い。
「しかし、冷えますね」
「氷魔法を使っているからだろうな」
水下で使用している氷魔法の冷気が、ここまで伝わってきている。
気付くと先程、バーサクロコダイルと戦った場所まで来ていた。
「とても、さっきまで戦っていたとは思えないな」
地面にはバーサクロコダイルの血が溜まったままだった。
「ちょっと、待って下さい」
「どうした、コファイ⁈」
「戦った時、バーサクロコダイルは、僕たちの進路を塞いでいましたよね」
「うん、そうだが?」
「近くにメスのバーサクロコダイルがいる可能性が高いです」
コファイの言葉に話していたサルディや、フリクシンたちは即座に戦闘態勢を取る。
「コファイ。どうして、そう思う?」
「はい、僕たちと戦ったバーサクロコダイルは二足歩行で倒しました。しかし、そこの血は、明らかに腹を擦りながら水路に戻って行った形跡があります」
フリクシンの問いに、コファイが答えながら指を差す。
コファイが指差す方向には、確かに引きづったかのような跡が残っていた。
「バーサクロコダイルの巣が近くにあり、メスが探しに来たってことか?」
「そう考えるのが、普通かと思います」
警戒しながら進むと、突き当りでジモロンドの遺体を食べているバーサクロコダイルと遭遇する。
「ジモロンド‼」
リューヘンが叫ぶと、食事に気を取られていたバーサクロコダイルが、リゼたちに気付く。
食事の邪魔をされたバーサクロコダイルが俺たちを睨む。
鼻を何度もピクピクさると、咆哮をあげる。
リゼたちが自分の伴侶を殺したのだと分かったのだろう。
食べかけのジモロンドの遺体を水路に吐き出すと、首を左右に振りながらゆっくりと、リゼたちの方向に歩き出す。
二足歩行でなければ、攻撃の手段は口しかない。
「俺に任せろ!」
バクーダはフリクシンに、バーサクロコダイルの皮は固くてダメージが与えにくいことを伝えようとしたが、フリクシンであれば、そのことを知っていると思い、口にするのを止める。
フリクシンが剣を構える。
切先を下に向ける見たことのない構えだった。
フリクシンとバーサクロコダイルとの距離が少しずつ詰まる。
バーサクロコダイルが口を大きく開き、フリクシンに襲い掛かる。
フリクシンは腕を大きく上に振り上げると、バーサクロコダイルの上半身が半分に分かれて、フリクシンの左右で地面に倒れた。
リゼたちは一瞬のことだったので、フリクシンの攻撃が見えなかった。
バーサクロコダイルの返り血を浴びたフリクシンは、バーサクロコダイルを蹴飛ばして、仰向けにする。
「メスだな……それに腹の張り具合……間違いなく産卵前だ」
フリクシンは腹部に剣を突き刺すと、死んだはずのバーサクロコダイルの体が痙攣したかのような反応をしていた。
「なんとか間に合ったようだな」
フリクシンは壁際に、バーサクロコダイルの死体を寄せながら戻ってきた。
「リューヘン。ジモロンドの遺体は……」
「フリクシン。分かっている」
ジモロンドの遺体は殆ど食べられていた。
残っていた部位も、バーサクロコダイルが水路へと投げ込んだので、残っていない。
もしかしたら、水下で見つかる可能性もある。
「じゃあ、戻るか」
「……フリクシンさん」
「なんだ、バクーダ?」
「さっきの攻撃は、剣を振り上げたんですよね?」
「おぉ、そうだ」
剣を振り下ろすよりも、剣を振り上げた方が攻撃力は落ちる。
ましてや、皮の堅いバーサクロコダイルを一刀で仕留めたことに、バクーダは疑問を感じて質問をしていた。
「どんな状況からでも、攻撃を繰り出せるようにするのが基本だ。得意な攻撃ばかりしていると、知らぬうちに攻撃が偏っているからな。お前らも注意しろよ」
「はい」
「まぁ、俺の場合は武器も違うからな」
「フリクシンさんの剣は、レアですよね?」
「あぁ、そうだ。たまたま入った店に飾ってあったのを気に入って購入した。本当なら、名匠の制作した武器を使ってみたいが、俺では到底手が届くような価格じゃないから無理な話だろうがな」
リゼは”名匠”という言葉に、身を乗り出す。
「すいません。名匠って何でしょうか?」
「あぁ、名匠ってのは、武器や防具を製作する人物のことだ。今はカシムとオスカー、それとスミスの三人で三大名匠と言われている」
「そうなんですか……その、簡単に武器の制作はして貰えるのですか?」
「まぁ、無理だな。気難しい職人たちだって聞く……なにより、彼らはドワーフだって噂もある」
「ドワーフ⁈」
リゼもドワーフという人種がいることは知っている。
他にもエルフと呼ばれる種族がいる。
「俺も興味ありますね」
「それは名匠に、武器か防具の製作を依頼するってことか?」
「もちろんですよ! 間違いなく、エピック以上になるんですよね」
目を輝かせながら、バクーダは答えた。
武器や、身に着ける防具やアクセサリーなどのアイテムにもランクがある。
一般的に店に並んでいるのが”ノーマル”と言われる物だ。
魔法付与された武器や、フリクシンのように特注で製作した物が”レア”と呼ばれる。
その上が”エピック”と呼ばれる。
そのエピックと同等もしくは、上とされるのが”ユニーク”になる。
ユニークは誰でも使用できる武器や防具でなく、使用する者によって効果が異なるとさえ言われている。
ランクAの冒険者はエピックかユニークの武器や防具を使用している者がほとんどだ。
そして、最上級といわれる”レジェンダリー”。
多くのレジェンダリーアイテムは、国が国宝等に指定して管理している。
現在の技術では製作不可能と言われている。
太古の昔に製作された未知なるアイテムこそが、レジェンダリーなのだ。
フリクシンの話を聞いて、リゼはクエストを受注したことを後悔する。
名匠に武器の制作をすることは勿論、会うことさえ難しいと知ったからだ。
(早く情報を入手しないと……)
リゼは、クエストを失敗した時の罰則に怯えていた。
「ここで無駄話をしている余裕はないから、さっさと戻って報告するぞ」
フリクシンは剣を鞘に納める。
バクーダとサルディで、バーサクロコダイルを縛り付けて来た道を戻る。
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