第102話

 バーサクロコダイルとの戦闘を終えたリゼたちは、その場に座り込んでいた。


「ヒューゴル、ジモロンド」


 リューヘンは仲間の死を悲しんでいた。


「よく分かりましたね」


 コファイがリゼに話し掛ける。


「……なにがですか?」

「二回目に使用した【フラッシュ】のタイミングです」

「それは、コファイさんが詠唱を始めていたので、推測出来ました」

「マジかよ‼ 俺たちでもタイミング難しくて、何度も失敗したのに……」

「そうだな。それにリゼが、バーサクロコダイルの弱点を教えてくれなければ、倒すことも難しかったしな」

「本当ですね。リゼに言われて思い出しましたけど、よく覚えていましたね」

「……たまたまです」


 星天の誓の三人に褒められる。

 しかし、褒められることに慣れていないリゼは恥ずかしくて俯いていた。

 学習院で学んだ三人よりも、魔物図鑑と初級編の魔物解体新書を、最近読んだから覚えていただけだった。


「僕も、もう一度勉強し直す必要があるね」

「頼りにしてるぜ、コファイ」

「うん……ちょっと、待って‼」


 笑っていたコファイだったが、何かを思い出したのか一瞬で表情が曇った。


「どうした?」

「確か、成長したバーサクロコダイルはつがいで行動を共にするんじゃなかった?」

「そういえば……」


 サルディは、倒れているバーサクロコダイルの下腹部を見る。


「こいつは、オスだ」

「と、いうことは……メスが別の場所でオスの帰りを待っているってことですね」


 リゼたちは瞬時に、戦闘態勢を取る。

 コファイに言われて、リゼは思い出した。

 バーサクロコダイルは本来、群れで行動する。

 しかし、つがいになると暫くは群れから離れて行動する習性がある。

 オスが単独で狩猟をしている時は、メスが産卵の準備に入っていることが多い。

 つまり、バーサクロコダイルのメスが、このオーリスの地下水路の何処かにいるということだ。


「もし、産卵したら面倒なことになるな」

「そうですね。バーサクロコダイルは一度に五十個。多ければ、百個産むとも言われています」

「それが一度に孵化したら、間違いなく町は混乱するな……とりあえず、フリクシンさんに報告だな」


 サルディとコファイは、バーサクロコダイルが絶命しているのを再度、確認をして手足を縛る。


「リューヘン。運ぶのを手伝ってくれ」

「あぁ、分かった」


 バーサクロコダイルは、バクーダとリューヘンで運ぶ。

 警戒しながら、分岐点へと戻ろうとすると向こうから、足音が聞こえて来る。


「大丈夫か‼」


 声の主はフリクシンだった。

 フリクシンと数名の冒険者が、ヒューゴルの声を聞きつけて駆け付けたのだった。

 近付くと、バーサクとリューヘンが担いでいるバーサクロコダイルを見て驚いていた。


「お前たちで倒したのか?」

「そうですよ。俺たち星天の誓とリゼの四人でです」


 自慢気に語るバーサク。


「……そうか。無事でなによりだ。ヒューゴルとジモロンドの姿が見えないが?」


 フリクシンは明らかに少ない人数に気付き、リューヘンに質問をする。

 リューヘンは無言で首を左右に振った。


「そうか」


 フリクシンは悔しそうな表情を浮かべる。


「遺体も回収できなかったのか?」

「……はい。もしかしたら、奥にジモロンドの体の一部があるかもしれませんが――」


 リューヘンが答えられる精神状態では無いと悟ったコファイが、リューヘンの代わりに答えた。


「……ニコラスと相談して、回収するかは判断する」


 仲間だった冒険者の遺体回収は、誰もやりたくはない。

 自然に返すという意味で、その場に放置する場合もある。


「お、俺がジモロンドの遺体回収をします。だから――」


 リューヘンは仲間の遺体回収を申し出る。

 しかし、一人での遺体回収することはギルドとしても許可できない。

 リューヘンも分かっているので、他の冒険者に助けを求めようとしたのだった。


「リューヘン。お前の気持ちは分かった」


 フリクシンは、他の冒険者たちから遺体回収を申し出る者がいないか尋ねてみるが、申し出る者がいなかった。

 サルディは、バクーダとコファイのほうを見ると、二人とも苦笑いをしながら頷く。


「俺たちが、リューヘンに付き合いますよ」


 誰も申し出ないことを、気の毒に思ったサルディが手をあげた。


「そうか、頼む。俺も同行するが一度、水路を出てからでもいいか?」

「……はい」

「あの、私も一緒に行きます」

「リゼ……大丈夫か?」

「はい」


 一緒に行動していたのに、自分だけ遺体回収から逃げるのは、リゼは”卑怯だ”と感じていた。

 冒険者の遺体を間近で見たことは無い。

 しかし、今後のことを考えれば、逃げてはいけないことだとも分かっていた。


「フリクシンさん。そのことなんですが――」


 コファイは調査が完了したと、フリクシンが勘違いしている気がしたので、バーサクロコダイルが単体で襲ってきたことを伝える。

 そしてメスのバーサクロコダイルが、産卵時期に入っている可能性が高いことも――。


「……たしかに、この大きさならつがいになっていても不思議ではないな。産卵時期には、少し早いが……どちらにしろ、それが本当なら早急に対応が必要だな」

「えぇ、オスの帰りが遅いと感じて、メス自らオスを探しに来るかも知れません」

「産卵時期のメスは、二足歩行をすることは無い。それに水中から出ることも殆ど無い」


 コファイとフリクシンの会話を聞いていたリゼは、バーサクロコダイルの弱点である腹部への攻撃がほとんど出来ないのだと知る。


「水属性の魔法を使うしかないな」

「雷属性の魔法も有効かと思います」

「この場所で雷属性の魔法を使うと、仲間への被害も考えられる」

「……確かにそうですね」

「とりあえず一度、水路を出てからニコラスに報告する。もしかしたら、別の場所で、メスのバーサクロコダイルと戦っている可能性もあるからな」


 フリクシンは一旦、冒険者たちを集めて、地位水路から出ることにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 フリクシンの班は、ヒューゴルとジモロンド以外は全員揃っていた。

 全ての班が、突き当りまで進んだが、問題は無かったそうだ。

 もしかしたら、見落としている可能性もある。

 バクーダとヒューヘンは、先にギルド会館に戻る。

 討伐したバーサクロコダイルを、解体してもらうためだ。


 フリクシンの班が、地下水路から出て一時間ほど経つと、ニコラスたちの班も地下水路から出てきた。

 バーサクロコダイルの姿はなかった。


「何か分かりましたか?」


 ニコラスの班は、なにも情報が得られなかったようだった。


「あぁ、実は――」


 フリクシンはニコラスと小声で話し始めた。

 話を聞くと同時に、ニコラスの顔つきが変わる。


「そうですか……」


 二コラスは、自分の班の冒険者何人か呼び寄せて、別の指示を出していた。

 地下水路にバーサクロコダイルがいたことは、バクーダとリューヘンがギルド会館に運んでいる姿を見られているので、町でも噂になっていた。


 サルディとコファイは、他の冒険者たちからバーサクロコダイルを討伐したということで、いろいろと話をしていた。

 リゼは、その会話の輪から気が付くと外れていた。

 待っている間、リゼはバーサクロコダイルとの戦闘を思い返していたのだ。

 バーサクロコダイルへダメージを与えることが出来なかったのは、罰則による力が減少したからなのか?

 それとも小太刀だったからなのか?

 今後も、バーサクロコダイルのような相手と戦う場合、自分一人で勝てるのだろうか?

 一人で悩んでいた。


「ゼ……リゼ‼」


 自分の名を呼ぶ声で、我に返る。


「はい、なんですか?」


 リゼを呼んでいたのはサルディだった。


「お前も一緒に倒したんだから、こっちに来いよ」

「そうそう」


 コファイは手招きをしてリゼを自分たちの所へと呼ぶ。

 俯きながらサルディとコファイの所へと、リゼは移動する。

 すると、他の冒険者たちから質問の嵐だった。

 戸惑うリゼをサルディが守っていた。


「戻ったぞ!」


 丁度、バクーダとリューヘンが戻ってきた。

 リューヘンの姿を見たニコラスが、リューヘンの元へとやってくる。


「残念な結果になってしまい、申し訳ない」

「ギルマスのせいじゃありませんよ。冒険者をやっている以上、死は覚悟してますから……」


 必死で笑顔を作るリューヘンを見て、周りの冒険者たちは複雑な気持ちになっていた。


「今後のことは、相談にのりますから」

「ありがとうございます」


 ニコラスに言葉を返すリューヘンの表情は、何かを決意したかのようだった……。

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