第99話
クエストを終えて、ギルド会館に戻って来たのは、夕方だった。
ギルド会館内は、冒険者で溢れかえっていた。
リゼは人混みの間をすり抜けるように、受付へと向かう。
「あっ、リゼ。ご苦労様」
リゼに気付いたアイリが声を掛ける。
そして、クエストを達成したかを確認する。
「人が多いですね」
リゼは何も知らないふりをして、アイリに話しかけた。
「うん。緊急で大きなクエストがあったからね」
「そうですか……」
アイリの口ぶりだと、クエストが終了したと思い、リゼは運が無かったと諦めた。
「リゼも受注の資格はあるから、明日からクエストに参加してみる?」
「えっ‼︎ いいんですか!」
アイリからの思わぬ言葉に、リゼは驚いた。
水路の調査も一日では終わらなかった。
他のクエストを受注していた冒険者などは、参加出来なかった。
なによりも、緊急クエストだったので、思っていたよりも冒険者が集まらなかったことある。
嬉しそうな表情を必死で隠そうとするリゼを横目に、アイリはリゼへのクエスト発注手続きを進めていた。
「はい、内容を確認してね」
アイリは笑顔で発注書を見せる。
今回のような場合、クエストの発注書を渡す事は無い。
クエスト発注者がギルドになるからだ。
正確には領主からの依頼に、ギルドが発注したことになる。
成功したかは、領主から依頼を受けたギルマスのニコラスの判断次第だからだ。
「お願いします。期間は一日なんですか?」
「一応、期限はあるけども、他のクエストを受注したい冒険者もいるので、日単位での発注にしているのよ」
「そうなんですか。分かりました」
「はい、明日は宜しくね」
リゼは頷き、アイリに別れの言葉を言って去って行った。
ギルド会館から出たリゼは、不安で押し潰されそうだった。
冒険者になって、初めて他の冒険者とのクエストになるからだ。
こんな気持ちになることは、自分でも分かっていたので
今回はパーティーではないので、幾分かは楽だと思っていたが、実際の心境は変わらないのだと実感した。
軽く夕食を済ませようと、宿への帰り道に行きつけの店でパンを購入しようとして歩いていると、道中の店でエールを飲みながら食事をしていた冒険者たちの言葉に立ち止まった。
「やっぱりクランに色が無いとな……」
「暴風団のことか?」
「あぁ、いろいろと言われているが、クラン名に色が入っていないと不幸が訪れるっていうのは、本当のようだしな」
「迷信とはいえ、ほとんどのクラン名には色が入っていることは間違いない」
「そうなんだよ! だからと言って、大層な色を入れても名前負けするから難しいよな」
「そうそう、金とか銀な。まぁ、俺たちは新たにクランを作る気もないから関係ないけど」
「間違いない。今、所属している”鉄紺の剣”から抜けるつもりもないしな」
「たしかに。束縛もなく自由に活動できるから不満もない」
冒険者の話していた”鉄紺の剣”はオーリスに数あるクランの一つだ。
オーリスだけで活動するクランで人数でいえば、大きいクランになる。
しかし、基本的にクラン内での情報交換や、パーティーを組む際の人員などをクラン内で調整が出来るし、クランに徴収される通貨も少ない為、オーリスでも人気のクランになる。
リゼは色が入っていないクランは不幸になるということを、初めて知ったので驚いていた。
冒険者は危険を出来るだけ減らしたいので、こういった迷信を信じることもある。
それが迷信と言われているだけで、先人の知恵かも知れないと考える冒険者も多いからだ。
リゼも迷信を軽んじない考えを持っているので、冒険者たちの言葉は有益な情報だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「やっと、終わった‼」
事務作業を終えたレベッカが、腕を上げて背伸びをする。
「私も終わったわ」
向かいの席で作業をしていたアイリも、疲れた表情で自分が受け持った事務作業を終えたことを、レベッカに話した。
隣を見ると他の受付嬢たちも、もう少しで事務作業を終えそうだったので、先に作業が完了したアイリとレベッカは手伝うことにした。
「はい、ご苦労様でした。明日は、もっと忙しくなると思いますが、宜しくお願いしますね」
受付長のクリスティーナが、受付嬢たちに労いの言葉を掛ける。
水路の調査に参加する冒険者への事務処理に加えて、通常のクエストの事務処理もある。
何より、数か月後に控えている毎年恒例の学習院との交流会があるため、忙しさに拍車を掛けている状況だった。
「これから、少しだけ飲みに行かない?」
クリスティーナが部屋から出るのを確認すると、受付嬢の一人がアイリやレベッカたち他の受付嬢たちに飲み会の提案をする。
「いいわね!」
「行きましょう‼ こういう時こそ、飲んで気を晴らさないとね」
受付嬢たちは口々に賛同の言葉を口にする。
「ごめん。ちょっと、用事があるんだ」
そんななか、アイリだけがバツの悪そうな表情で、誘いを断った。
「そう……じゃあ、仕方がないわね。また、今度ね」
「うん。ごめんね」
いつもなら陽気に賛同してくれるアイリが断るくらいなのだから、余程の用事があるのだと、受付嬢は思ったのでアイリに詳しい理由を聞くこともなかった。
(そろそろ、受付嬢たちとの面談の時期だけど……少し、早めてみる必要があるかも知れませんね)
その様子をクリスティーナが部屋の外から、静かに眺めていた。
受付嬢たちが話し終えるのを見届けることなく、気付かれないようにクリスティーナは、その場を立ち去った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
宿に戻ったリゼは両手を広げて、自分の手を見ていた。
今現在、クエストによる罰則が二つある。
身体的成長速度停止(一年)と、特定能力値半減(半年)……。
これ以上の罰則は、冒険者として致命的になると考えていた。
しかし、クエストの成功報酬がなければ、自身の成長も止まってしまう。
リゼの考えを知ってか、目の前に『ユニーククエスト発生』が表示された。
しかも二つだ‼
(どうして……)
戸惑うリゼだったが、迷うことなく『キープ』の表示を押そうとするが、『キープ』の表示がない。
なにかの間違いだとも思い、上下左右に首を振り『キープ』の表示はなかった。
つまり、『受注』『拒否』のどちらかを選択しなければならない。
一つ目のクエスト内容は『アイテムバッグの購入。期限:九十日』『報酬(魅力:二増加)』。
アイテムバッグの購入は考えていたが――。
九十日での購入は金額を考えても難しい。いや、無理に等しかった。
その時、サルディとの会話を思い出した。
取り置き……購入することは出来ないが、気に入っているアイテムバッグを手に入れることは出来るかもしれない。
悩んだ末、リゼは『受注』の表示を押した。
(……これって?)
リゼは次に表示されたクエストも同様に『受注』『拒否』の二択だった。
クエスト内容を確認すると同時に、首を傾げた。
クエストの内容がよく分からなかったからだ。
二つ目のクエスト『名匠による武器の制作。期限:五年』『報酬(万能能力値:八増加)』だった。
(名匠って?)
リゼは、クエストに表示されていた”名匠”の意味が分からなかった。
それに期限が五年と今までのクエストで、最長期限になる。
(明日、アイリさんに聞いてみるしかないけど――)
リゼは『受注』を選択する。
いつもなら、クエスト中に表示されていた残り時間が表示されなかった。
今回のクエストは期限が長いので、忘れてしまわないかが不安だった。
もう一度、ステータスを表示する。
すると、受注したクエストの内容と時間が表示されていた。
リゼは、とりあえず忘れることは無いのだと安心して、ステータスを閉じる
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