第93話
ホーンラビットを討伐するために、森へと向かうリゼは考え込んでいた。
それは、スキルであるクエストが、なかなか発生しないことだった。
以前のように『デイリークエスト』や『ユニーククエスト』、『ノーマルクエスト』があった時は、クエスト自体が嫌になってた。
しかし突然、クエストの数が少なくなると、一気に不安な気持ちになっていた。
当然、それには報酬を得られないので強くなれない苛立ちも含まれている。
ホーンラビットの生息する森までは、約一時間程度で到着できた。
なぜなら、全力で走ってきたから、普通に歩くよりも全然早く到着したのだった。
「ふぅーーー」
森の手前で、リゼは大きく呼吸をする。
スライム以外の魔物討伐に緊張をしていた。
森に足を踏み入れると、雰囲気が一変する。
陽の光は所々にしか差し込まず、全体的に暗い。
リゼは購入した方位計で方向を確認しながら、少しずつ森の奥へと足を進めた。
背後から草木が揺れる音がするので振り返り、すぐさま戦闘態勢を取る。
しかし、そこには生き物の姿はない。
リゼの呼吸は乱れていた。
(落ち着け‼)
自分を鼓舞するように何度も心の中で呟いた。
ホーンラビットは好戦的な魔物で、人間相手であれば襲い掛かってくる。
自分の姿を発見すれば、間違いなく襲ってくると分かっているリゼは緊張の糸を緩めることが出来なかった。
そして、自分が思っているよりも森の奥へと進んでいることにも気付いていなかった。
(なんで、いないんだろう?)
ホーンラビットを見つけることが出来ないリゼは焦っていた。
そして、周りを見渡すが、自分がどれくらい森に入ったかさえ分かっていないことに、この時点で気付いた。
(一度、戻ろうかな)
リゼは森の入口まで戻り、そこから再度探索することに決める。
不用意に振り返ったリゼは、足に痛みを感じた。
「痛っ――」
痛みの場所を確認すると、出血していた。
(えっ‼)
リゼは突然の攻撃に動揺していた。
しかも、攻撃をした魔物の姿が見当たらない。
見えない恐怖にリゼは包み込まれた。
小太刀を構えたまま、リゼは周囲を確認しながら後退する。
草木が擦れる音がする方向に体を向けると、角を生やした魔物が襲い掛かってきた。
(ホーンラビットだ!)
リゼの頭に言葉が浮かんだが、すぐにそれは違うと分かる。
(アルミラージだ‼)
体の大きさと、角の模様……ホーンラビットの上位種アルミラージだと、リゼは気付く。
アルミラージだと分かったとはいえ、戦闘を回避することは出来ない。
リゼを捕食対象としているアルミラージを倒すしかない。
(運の能力値を上げたのに、運が悪いな――)
リゼは自分の不運に嘆きながら、アルミラージに反撃をする。
アルミラージの攻撃は角だけだと分かっているので、角だけに意識を集中させる。
目で追えない速さではないし、リゼはアルミラージの体の構造は理解していた。
(後ろ足に攻撃を当てることが出来れば‼)
アルミラージの速さは、後ろ足の脚力から来ている。
リゼは、その脚力を封じ込めることにする。
目を凝らして、アルミラージの角を避けると同時に、小太刀でアルミラージの後ろ足を切り付ける。
アルミラージの悲鳴が聞こえると、アルミラージは着地に失敗して、片足を引き摺りながら逃げようとしていた。
リゼは、すぐさまアルミラージに追撃をする。
アルミラージの喉元に小太刀を突き刺して、息の根を止めた。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
自分でも気づかない間に、呼吸を止めていた。
リゼは周囲を確認しながら、他にアルミラージがいないことを確認すると、落ちている木の枝に倒したアルミラージを縄で括り付けて、アルミラージを吊るした。
「血抜きの方法は、これで合っているはずだけど――」
実戦での血抜きは初めてだったので、不安だった。
喉元を切り裂いて血を流れやすいようにした。
解体職人のバーランから、内臓も取り出せば、より新鮮な状態になると教えられていたが、森の中では、他の魔物を呼び寄せる可能性が高くなるのだとも、教えてもらっていた。
方位計で方向を確認しながら、アルミラージを抱えて森の外へと進む。
アルミラージから落ちる血の匂いに反応したのか、ホーンラビット六匹が攻撃を仕掛けてきた。
アルミラージとホーンラビットは、同族同士共食いする魔物でも有名だ。
リゼはアルミラージを一旦、地面に下ろしてから、ホーンラビットを迎え撃つ。
攻撃の方法はアルミラージと同じだ。
速さはアルミラージのほうが速いが、ホーンラビットのほうが体格が小さいので、後ろ足に攻撃を当てるのが難しい。
しかし、リゼは的確に小太刀でホーンラビットの後ろ足を切り付ける。
思っているよりも攻撃が当たることに、リゼは喜びを感じていた。
自分の攻撃が通用しているという実感を得たのだ。
ホーンラビットが六匹いたが、リゼは難なく六匹全て討伐する事に成功した。
「これで、クエスト達成だ」
リザは並べたホーンラビットの死体を見ながら、嬉しそうに呟いた。
そして、すぐに血抜き作業に入る。
「これをギルドまで担いで戻るのは、一苦労だな……」
リゼは枝に吊るしたアルミラージとホーンラビットを見ながら、帰りの苦労を感じていた。
「よいしょっと‼」
リゼはアルミラージと、ホーンラビット六匹を吊るしてある木の枝を抱える。
(やっぱり、重いな)
バランスを取るために、前にホーンラビット五匹、後ろにアルミラージ一匹と、ホーンラビット一匹を吊るし直した。
転倒して討伐した魔物に傷をつけてしまうことを避けるために、リゼは慎重に歩いて、オーリスへと戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「んっ、んーーーー」
アイリは、受付で背伸びをする。
「お疲れ‼」
背伸びを終えたアイリにレベッカが声を掛けた。
「今日の仕事は終わったの?」
「うん、あと十分で受付時間終了だからね。今日、発注したクエストを確認しても、この時間に駆け込んでくる冒険者の人もいないだろうしね」
「そう。そう言えば、リゼちゃ……じゃなかった、リゼがランクBに昇格して初めてのクエストだったんでしょう?」
「うん。ホーンラビットの討伐を発注したの」
「それは最初にしては、難易度高めね」
「そうなの。だけど、ランクB成り立てだろうと、ベテランだろうと条件は同じだからね」
「断る理由にはならない……ってことね」
「うん」
「ところで、リゼは相変わらず
「最初から
「そうか……
「そうなのよ」
「どちらにしろ、明日の午前中には戻ってくるってことね」
「ホーンラビットは、すばしっこいから失敗しなければいいんだけど……」
「そうね。自意識過剰で失敗する冒険者を何人も見てきたしね」
ホーンラビットを下級魔物だと、侮った冒険者たちが陥りやすい。
その速さに攻撃を当てることが出来ずに、討伐を失敗することがあるからだ。
魔物も生き抜くために、それぞれ個性を持っている。
一撃の攻撃が高い魔物や、戦わずにすぐに逃げようとする魔物。
敵対する者がいない場所で生活をする魔物など様々だ。
実戦で初めて分かることが多いからこそ、学べることも沢山ある。
「ちぃーす‼」
もう受付を終えようとしていたところに、ギルド会館の入口から入ってくる冒険者がいた。
「……シトルさん、どうしたんですか?」
シトルの肩にはアルミラージと、ホーンラビットを吊るした枝が乗っていた。
その横には、疲労困憊のリゼが立っていた。
「町の入口でリゼと会ったんだが、辛そうだったんで運ぶのを手伝ってやったんだよ」
シトルは、アイリとレベッカに「俺って、いい人だろう⁈」アピールをしていた。
「……まだ、大丈夫ですか?」
時間を気にしていたリゼが、申し訳なさそうにアイリに尋ねる。
「うん、大丈夫よ」
「ありがとうございます」
アイリの言葉に、リゼは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、ここに置いておくからな」
「シトルさん、ありがとうございました」
「いいってことよ‼」
町の入口でシトルと出会ったこと、そしてシトルが討伐した魔物を運んでくれると言ってくれたことは、リゼにとって幸運だった。
シトルに手伝って貰えなければ、受付に間に合っていなかったからだ。
リゼはシトルに感謝をして、受付でアイリにクエスト達成の報告をする。
「……リゼ、アルミラージも討伐したの?」
「はい、襲い掛かってきたので、つい……」
アイリはシトルが置いていったアルミラージとホーンラビットの死体を見ながら、攻撃痕が全て後ろ足にあることと、血抜きが完璧にされていることを確認する。
しかし、戻って来るのが早すぎる。
リゼに限って、そんなことは無いと思うがアイリは確認する必要があった。
「一人で討伐したの?」
「はい」
アイリはレベッカを見ると、レベッカは何も言わずに奥の部屋へと入って行った。
「リゼ。疑うわけでは無いけど、確認だけさせてもらえるかな?」
「はい」
リゼはアイリが、何を疑っているのか分からなかった。
しかし、やましい気持ちは無かったので、即答する。
すぐに、奥の部屋からレベッカが水晶を運んできた。
真偽が判明する水晶だ。
「ここに手を触れてくれるかな」
「はい」
「私の質問に、正直に答えてね」
「はい、分かりました」
「この魔物の討伐は一人でやった?」
「はい」
「西の森で討伐をした?」
「はい、そうです」
その後も、アイリは幾つかの質問をして、リゼの疑惑は晴れる。
「リゼ、ありがとう」
「いえ……」
アイリの隣にいるレベッカも、少し疑っていた。
ランクBに昇格したばかりのリゼの実力的にも、アイリが疑惑を抱くように、魔物の数と戻ってきた時間が、ランクBの冒険者でも中級クラスだったからだ。
リゼが不正を働くとは考えにくいが、職業柄疑うしかなかった。
「はい、今回のクエスト報酬よ」
アイリはリゼにクエストの報酬を渡す。
「ありがとうございます」
報酬を受け取ったリゼは、今までとは違った喜びを感じていた。
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