第92話

 冒険者ギルドを出たリゼは、道具屋へと向かう。

 方位計を購入するためだった。

 冒険者は、それぞれ行きつけの店を持っている。

 リゼもデニス靴店や、ファース防具店と決まった店を持っている。

 しかし、道具屋に関しては、リゼも自分の行きつけの店が無い。

 ランクBに昇格したら、自分の行きつけの道具屋を決めようと、ランクCの時に何件かの道具屋を回った。

 そのなかで値段も良心的で、アドバイスなどもしてくれる店を気に入っていたので、その店を行きつけの店にしようと、密かに決めていた。

 その店の名は『グッダイ道具店』。

 家族経営している店で一階が店舗、二階が生活空間となっているようで、子供が店番をしている時もある。


「いらっしゃいませ」


 店の扉を開けると、明るい声が聞こえる。

 その声の主は、店主の妻であるミサージュだった。


「あぁ、リゼちゃん。こんにちは」

「こんにちは、ミサージュさん」


 リゼはミサージュにランクBの冒険者になったことと、今からホーンラビットの討伐に向かうことを話す。


「方位計ね。全部で三種類あるけど、どうする? 私的には……お値段も手ごろな、この真ん中のをお勧めするわよ」


 方位計にも種類があった。

 方位計には魔核が使用されている。

 魔核の基となった魔物は『ディレクションバード』という世界を飛び回って生活している鳥型の魔物で、方位に敏感なことで有名だ。

 そのディレクションバードは体格に合わせて、魔核の色が変化する。

 方位計に使用される魔核の色により、方位の正確性が変わるため、値段にも変化があった。

 リゼは値段を見ながら考える。

 方位計は、何度も買い替えるものではない。

 紛失しなければ一生、使用する道具だ。

 安いもので、銀貨二枚。

 ミサージュの選んだもので、銀貨五枚。

 一番高いもので、銀貨八枚だった。

 リゼは受付でアイリから受け取った方位計を取り出す。


「あれ? リゼちゃん、方位計持っているの?」

「これはギルドから借りたものです。これだと、どれと同等品になりますか?」


 時代によりデザインなどが変わるが、使用されている魔核をみれば、同等品の方位計が分かる。


「ちょっと、借りてもいいかしら?」

「はい」


 ミサージュは、リゼから方位計を受け取ると裏の蓋を取り外す。


「これだと、この方位計になるわね」


 ミサージュが指差したのは、一番値段の高い方位計だった。

 命を預けるかもしれない道具だからこそ、妥協しないものを購入しない。


「分かりました。この方位計を下さい」


 リゼは一番高い方位計を指差す。


「ありがとう。他にも何かいる?」

「はい、体力回復薬を三つと、解毒薬を二つ貰えますか」

「体力回復薬三つと、解毒薬二つね。今、用意するから待っていてね」

「……今日、ラリンちゃんは?」

「あぁ、ラリンなら亭主と一緒に買い出しにっているわよ」


 ラリンというのは、店主グッダイとミサージュの、七歳になる子供の名前だ。

 町を歩いているリゼに、自分の店で道具を買って行ってくれ! と、声を掛けられた縁がある。

 それからも、店に来るたびに「リゼお姉ちゃん」と声を掛けてくれていた。


「ラリンには、リゼちゃんが来たことを伝えておくわね」

「いえ、別に……」


 いつも声を掛けてくるラリンが居なかったので、聞いただけだった。

 そこに深い意味は無かったのだ。

 リゼは、視線を店の奥に飾ってあるアイテムバッグに移す。

 値段を見る限り、まだ購入出来ない。

 しかし、デザインなども気に入っているので売れていないかを気にしていた。


「また、見ているわね」

「いえ、そんな……こと」


 リゼは恥ずかしくなり、視線を落とす。


「リゼちゃんの防具と同じミルキーチーターの皮で出来たアイテムバッグだから、気になるわよね」


 ミサージュはリゼの気持ちが分かるかのように話す。


「ランクBに昇格したばかりなので、購入出来たとしても……先の話です」

「そうね。私はリゼちゃんに売りたいと思っているのよ」


 営業的な笑顔なのか、リゼには分からないが、リゼは軽く頭を下げて応えた。


「お勘定はと」


 ミサージュはリゼに購入金額を伝えると、リゼは銀貨と銅貨で支払った。


「これは、おまけね」


 購入した体力回復薬の横に体力回復薬を、もう一瓶置いた。


「ランクBに昇格した御祝いよ」

「そっ、そんな悪いです」

「大丈夫よ。この店に来たってことは、うちを御贔屓にしてくれるってことでしょう。旦那にも言っておくから、受け取ってね」


 優しさになれていないリゼは戸惑っていた。


「ありがとうございます」


 リゼはミサージュに押し切られる形で、体力回復薬を受け取った。


「そうそう、リゼちゃんにも教えておくわね」


 ミサージュは一枚の紙を見せてくれた。

 その紙には、体力回復薬と魔力回復薬の製造方法変更に伴い、現在の半分の量で効果が出ると書かれていた。

 価格も一本当たり銅貨二枚程度上がるらしい。

 それに伴い、体力回復薬と魔力回復薬の名称も変更になると書かれていた。


「体力回復薬をポーション、魔力回復薬をマジックポーションに変更するらしいわよ」

「そうなんですか?」


 名称を変更するのは、製造方法が異なることで別の薬になるということで、区別する意味合いが強い。

 リゼは知らないが、この名称でさえ貴族間の権力争いに利用されている。


「生産系ギルドのほうも、抽出方法が変わるって大騒ぎなの。ギルマスのニコラスも頭を抱えていたわよ」


 冒険者ギルドに生産系ギルド、そして商業ギルドの三つから成り立つのがギルドで、それを統括するのがギルドマスターになる。

 通常はギルマスの下に各ギルドの補佐が付いて、各ギルドをまとめる。

 オーリスの場合は、その補佐役は冒険者ギルドはフリクシン、生産系ギルドはゴードン、商業ギルドはヨイチの三人だ。

 ゴードンは武器職人のため、そっち方面の生産系には疎いため、詳しい生産者を連れて話し合いをしたそうだが、抽出する方法や道具などの準備期間が短いため、ギルド本部から伝えられた切り替え時期までには厳しいという結論に至った。


「だから一時的に、体力回復薬や、魔力回復薬の供給が少なくなるし、ポーションやマジックポーションを製造する目途が立てば、体力回復薬や魔力回復薬は製造されなくなるのよ」

「それって……」

「そう、体力回復薬や魔力回復薬は、在庫限りってことになりそうなの」


 リゼは安い体力回復薬や魔力回復薬で、十分と考えていた。


「冒険者にとっては、いい話と受け取らない人が大勢いるわね。ポーションの価格が上がっても、クエスト報酬は上がらないから当然よね」

「そうですね」

「リゼちゃんも、無理しちゃだめだからね」

「はい、ありがとうございます」


 奥に飾ってあるアイテムバッグが視線に入り、購入出来るのが更に先になったとリゼは思った。

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